第2話

「僕は真実の愛に目覚めたんだ。すまないが、君との婚約は破棄する」


 ハデス様がわたくしに頭を下げて謝罪した。

 彼は王位継承権、第一位の持ち主。

 ホワイトポプラン王国、第一王子である彼とわたくしは、幼馴染だった。

 国王と、その一族に連なる者たちが月に一度、大聖堂に訪れなければならない、そのようなシキタリがあった。


 わたくしの家系はこの国の大神官でもあり、生まれた女性は、神の花嫁として崇拝され、100年に一度、ある儀式を行うことになっていた。のちに親同士が話し合った結果、わたくしと彼は正式に婚約を交わすことになった。


 わたくしは、何の不満もなかった。

 心の底から彼を愛していた。

 たとえ、あなたが次期国王でなくても……

 だけど……

 わたくしの幸せは、足元から崩れ去った。


「君にはすまないと思っている。僕はこれからの人生をメンテ―と共に歩むつもりだ。僕たちは愛し合っている。もう、この気持ちを抑えることはできないんだ」


「ごめんなさい、レウケー様」


 メンテ―は謝罪の言葉を述べたあと、ハデス様に見えないように笑みを浮かべ、舌をペロリと出した。


 ……許せない。わたくしのハデス様を奪うだけでなく、わたくしを蔑むさけすむなんて、こ、コロシテヤル。


 ぷちん、と何かの糸が切れてしまった。

 わたくしの感情は悲しみを通り越して、この女に対する怒りへと変わった。


「ハデス様を、あなたなんかに! 絶対に、渡さない、渡してなるものか!!」


 わたくしはメンテーを罵倒し、彼女に向かって勢いよく飛びかかった。

 彼女の上にかぶさりマウントを取った。

 

「うぐぐっ……!?」


 仰向けに倒れていた彼女の首を両手で力強く握りしめた。


「しね、死んでしまえええええ!!」


 わたくしは子供の頃から、ハデス様をお慕いしていた。なのに、なのに、


「や、やめて……」


 立派な王妃になるため、あらゆるレディの作法はもちろんのこと、近隣諸国の情勢、王妃として必要なことを全て学んだ。他の子どもたちのように遊ぶこともなかった。彼のためを思って毎日、毎日、勉強に明け暮れた。なのに、なのに、どうして……


 絶対にゆるせない!!


「た、たすけて……ハデ……す」


 わたくしの視界に壺の置物が目に入り、その壺を手に取って、彼女の頭部めがけて振り下ろそうとした、そのときだった――


「……ぐふっ!!」


 グサッ、と鈍い音が聞こえた。


 わたくしの胸に何かが突き刺さってる?


 よく見ると、それは、ハデス様の剣だった。


「……え?」


 彼のために仕立てたドレスが血の色に染まっていく。


「……あっ……そん、な」


 剣を引き抜かれ、刃先からポタリと血が流れ落ちていく。


 わたくしはよろめき、崩れ落ちるようにして、その場に倒れた。


 灼けつくような、激しい痛みが走ってくる。


「ど、どう……して……」


「き、きみが、わるいんだ、僕の、メンテ―を殺そうとするから!」


 彼らが愛し合っていたベッドのシーツににわたくしの血が広がっていく。


 ああ、せっかくのドレスが……


「は、で、す、さま……」


 わたくしが最期にみたものは、満面の笑みを浮かべたメンテ―だった。


「うふふ、ざまぁEND、乙」


 その言葉を最期にわたくしはそっと目を閉じた。

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