シンセカイ吸血鬼の戦い方 その2

 恐らく、本体の体はどこかで放置されていて……もう見つかっているのかな? 魂がない本体は、やがて肉体の機能を停止させていき……完全な死体となる。

 そうなる前に、

 彼女の魂を媒介にして現実に降りてきたアクマから、彼女の魂を取り戻さないと……ッ。


 あたしたち吸血鬼が、人間社会で見逃されている理由は、これなのだ。


 ――アクマ退治。


 人間社会に溶け込めるようになる【魂】を、アクマに与えるわけにはいかない。

 悪魔のような人間がいたとすれば、その人の正体はアクマなのかもしれない――。



「あっ、痛っ!?」


 地面から手が伸びてきて、あたしの足首を掴んだ。そのまま後ろへ引き倒される。


 立ち上がろうとするが、間に合わず――、あたしの目の前で、障害物なんて関係なく階下から跳躍して飛び出してきたセーラー服のアクマが、あたしに飛びかかってきた。


 着地と同時に両手を彼女の両足で踏まれ、彼女の細い両手があたしの首を絞める……。

 アクマと魂が上手く繋がっていないからこそ実現しているすり抜けだ――。だからこそ腕力はそこまで強くはない、はずなんだけど……。

 やばい、かも……定着してきている……。


 時間をかけ過ぎた?

 魂とアクマが一致し始めたことで、動きに違和感がなくなってきたのかもしれない……。

 繊細な動きまで再現されたら、こっちの『自分の体』というアドバンテージはなくなったも同然だった――このままじゃ……。


「イル、マ、くn……」


 あたしは残った力を振り絞り、地面を叩く――。アクマのようなスマートなやり方ではないけれど、これはこれで障害物を通り抜けているのと同じことでしょう?


 砕けた床、割れたガラス――斜面を滑ったあたしは空中に投げ出され……、


 夜景が見渡せる空中を回転しながら落下し――、



「うぃぎがっ」


 テナントビルから突き出ている看板に何度か当たって威力を殺し、着地する。


 ……腕とか折れてるだろうなあ、と感じながら。そう言えば着地した衝撃がなかったけど……——なんて考えていたら――あれ? 目の前に王子様がいるんだけど?


「十階以上の高さから飛び降りるなんて……無茶し過ぎです、アケビさん……」

「……、遅刻、でしょ、イルマくん……」


 すいません、と微笑む彼に――軽い力でおでこを小突く……バカ。

 駆け付けるのが遅いのよ。


 そこで、お姫様抱っこをされていることに気づき、かぁ、と顔が赤くなる……、それを誤魔化すように、彼をキッと睨みつけた。


「守るって言ったのに――手伝うって言ってくれたのに……、嘘つき」


「アケビさんが先に出ちゃうところも悪いとは思いま、」


「時間との勝負なんだから、現場に遅れたら問答無用で置いていくに決まってるでしょ!

 あなたのせいでこっちは血液不足で、痛みだってぜんぜん引いてくれないし……」


「そういうことなら、アケビさん。おれの血、吸ってください」


「……ん。ちょっと遠いわね、持ち上げてくれる?」


 降りてくれますか? と言わなかったところは褒めてあげる。

 イルマくんはあたしを持ち上げ、首筋に噛みつきやすいようにその体勢を維持してくれた。


「痛かったら言ってね」

「い、言っても、アケビさんはやめたり、しないでしょう……?」

「まあね」


 ちゅー。


 ちゅぱ、ちゅー、と、彼の血を吸って味わう…………やっぱり、美味しい。


 今まで吸ってきたどんな人間よりも、彼が一番、あたしの好みの味だった。


 どさ、とあたしが落下したのは、彼があたしを腕の中から落としたから、ではない。

 血を吸われたら、例外なく人間はこうなってしまうのだから、仕方のないことだった。


 ぺらぺらの体。


 伸縮性がある——まるでゴムだった。


 血がなくなるだけで、骨まで柔らかくなるのは分からないけど……、あたしたち吸血鬼の牙から、そういう成分でも混ぜられているのかな……?

 ともあれ、血液の全てを抜かない限り、血を多量に吸われた人間は誰もがこうなり、仮死状態になる。

 一応、意識はあるようだけど、イルマくんがこのまま自立できるわけもなく、自由もない……、やりたい放題である。


 道具として利用できる。


 ぺらぺらになった伸縮性能抜群の彼の使い道は、多岐に渡る。



 たとえば――、


「アクマ、見つけた。

 こっちの様子を上から窺ってるみたいだけど――顔を出しているならこっちの射程範囲内ね」


 こっちは地上で、相手はビルの高層階にいる。

 射程範囲内であるわけがないのだけど……。


 不可能を可能にする術がある。


 あたしとイルマくんなら、ね。


「巨大なスリングショットだと思えば――利便性が高い、即席の砲台に早変わりでしょ?」


 お店の前の、設置型の看板を借りて、イルマくんのお腹にセットする。

 左右で結んでぴんと伸ばした彼の体を、後ろにうんと引っ張って――それから離す……と。


 お腹の上に乗せた四角い看板が、アクマめがけて飛んでいくッ!


 ゴッ、バァゴォッッ!!


 と、ビルのガラスを割って、四角い砲弾看板が突き刺さった。……アクマよりちょっと右にずれたのは、仕方ないでしょう……、だって想像通りに上手く当てられるわけないじゃん!!


「アケビさん……あとでちゃんと謝りましょうね……」


 ぱちん、と、左右の結びがはずれ、地面を滑っていたイルマくんがそんなことを言った。


「夜中にね。昼間は太陽光がきつくて、あたし、動けないから……」


 謝るって……でも、それはビルに?

 それとも看板を勝手に拝借したから……お店に?


「どっちもです! まあ、アクマ退治の時に出た仕方がない犠牲、としておけば、後の対処は警察がしてくれますか――」


「そうそう、面倒なことは警察に任せておけば――あ、ごめんなさい。……そうよね、気持ちが大事なんだよね……、犠牲が出るのは仕方ないけど、犠牲前提で行動しちゃダメ……」


「分かってるならいいですけど」


 あたしも、望んで犠牲を出したいわけじゃない。

 アクマを退治するために人間を殺していたら、本末転倒でしょ?


「アケビさんっ、アクマは!?」

「待って――あっ、逃げた!」


「そりゃ逃げるでしょっ、当たってないんですからっ!!」


 あたしの砲弾を危惧して、ビルの内部へ逃げたっぽい……。

 あーもう、相手は壁をすり抜けられる、あたしは障害物という制限がかかる――、まるでジャングルジムの中で戦っているみたいに身動きが取りにくいわね。

 イルマくんのゴムの体があるとは言え、こっちが有利に戦うのは難しい……。


「イルマくん……、どこまで伸ばしたら体、引き千切れるのかな?」


「怖いこと聞きますね……たぶん大丈夫ですよ。どこまでも伸びる気がしますけど……」


 真に受けたりしないからね。

 あたしのために大げさに言っているようだし――でも。


 今は、信じるよ?


 ちょっと、試したいことがあるの。




 アクマは壁、天井、地面……、あらゆる物体をすり抜けることができる。

 だから密室に意味はないし、複雑な道も真っ直ぐに進むことができる。


 あたしがアクマを見失っても、アクマはあたしを捕捉できるし、最短距離で突っ込んでこれる――だけど、すり抜けられるのは障害物だけだ。


 つまり、


 うんと引き伸ばしたイルマくんの体を、アクマはすり抜けることができない。


「アケビさん、反応があったよ」


 ゴムのように伸縮する、限界まで血を抜いたイルマくんの体……。

 あたしの手元に彼の顔があるので、意思疎通はできている。


「じゃあ、手、離しても……いいよね?」

「最初からそのつもりだったなら――文句はないですよ」


 ビルの各フロア、全体に伸びたイルマくんの体……。一階に足を結んで、そこから伸ばしに伸ばして最上階まで上ってきている。

 ここで彼を離せば、全てのフロアを駆け抜け、渦中にいるアクマを巻き込んで、一階まで引きずり下ろすことができる。


 夜中だからこそできたこと……。

 残業していた人も、ビルの壁が壊されたと分かれば避難するだろうしね。


 だからビルの中にはあたしとイルマくんとあのアクマだけ……、一般人の被害は出ない。


「…………」

「アケビさん? もしかして、おれと離れるの、怖いですか?」


「誰がっ、イルマくんがいなくても、あたしは吸血鬼として――」

「ですよね! なら早く――アクマを退治しましょう!」


 彼に誘導されて、手離すしかなくなってしまった……。

 イルマくんは分かっていたのだ、あたしが手離しやすい、やり方を。


「…………バカ」

「はい?」


「さっさといきなさい。一階で待ってるから!」


 手を離すと、猛スピードで彼の体が遠ざかっていく。縮む力が各フロアを席巻していき、間にいたアクマを巻き込んで、一階まで連れていってくれるはず……。


 あとはあたしが魂に噛みつき、

 血のようにアクマを吸ってしまえば、仕事は終わりだ。


 夜景が見えるビルの最上階から飛び降り、イルマくんの血を吸ったことで回復した身体能力で地面に着地する。

 合流は同時だった。縮み終えたイルマくんの体に持っていかれたアクマが、その勢いに乗ってあたしの足下に転がってきた。


 立ち上がろうとするセーラー服のアクマを踏みつけ、


「――さて、地面をすり抜けられる前に掴んで逃げられないようにしないとね。

 血よりは好きじゃないけど、アクマも食べると美味しいのよ?」


 かぷ、と魂に噛みつき、少女に憑りついたアクマを吸い取る。


 黒い靄がなくなったように――綺麗な魂が上空へ舞い上がった。

 あの子の、元の身体へ戻っていったのだろう……。



「……ケビ、さーん――――アケビさーんっ」


「あ、イルマくん!

 まだぺらぺらのままだったね――ごめん、すぐに膨らませるから!」


 失った血液を輸血することで、元に戻す方法もある……、

 他には、血液を作る料理を食べるなど。


 息を吹きかけて元に戻るような、風船のような構造ではないのだ……ひと手間はかかる。


 うんと引っ張ったから、だらーっと伸びているかと思えば、そんなことはなかった。

 イルマくんの元の体の大きさで、ただぺらぺらなだけだった。


 ビニールシートのように軽い彼を背負って……どうしよう。ひとまず警察かな?

 あたしを頼ってくれている刑事にお願いすれば、大量のレバーくらい用意してくれるだろうし……、それとも輸血の方が早い?



「アケビさん……おれ、役に立てました?」

「うん、助かったよ……ありがとう、イルマくん」


「じゃ、じゃあっ、このままご飯、食べにいきましょうっ。お腹、ぺこぺこなんですよ!」


「え、その状態でよく……あ、じゃあちょうどいいね。大量のレバーを食べにいこっか」


 あたしもお腹が空いた……。

 今夜は血じゃなくて、ちゃんとした料理が食べたいな。

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