シンセカイ吸血鬼の戦い方 その1

「……っ、っ、早く出なさいよ、なにダラダラ寝てんのよあのバカッ!」


 あたしの力になりたい、なんて言ってくれた矢先に、昼夜逆転していることも忘れてぐっすりと寝てるなんてオチじゃないでしょうね!?


 コール音はまだ続く……、ぶちっと切れないだけまだマシだけど、長く続くとそれはそれで期待だけ膨らんでいくから胃に悪いのよ……ッ。


 ただでさえこっちは『ヤツら』の動向を気にしてピリピリしてるのに――。



『……うぁ、あー、これアラームじゃなくて……あれ、アケビさんですか?』


「ええそうよ。その様子じゃ、案の定、気持ち良さそうに寝てたみたいね……、

 約束の時間を完ッ全に忘れてるみたいだけど……、どう言い訳するつもり!?」


『あ、れ……? でもアラーム、ちゃんと……。設定した時間よりも一時間以上も経ってる……、いつの間にか解除されてて……、すやー』


「それよそれ! そうやって一度覚醒してからベッドに横になるから寝るんでしょ!

 ……あれ!? ねえ聞いてる!?

 あなたがあたしの手伝いをしたいって言ったんじゃなかったっけ!?!?」


 しつこく食い下がってきたのは彼の方だ……、あたしが無理やり引き込んで利用しているわけじゃない。……そもそも手伝いなんていらないのよ。あたしだけでどうにかなる……。


 昨日のはあれよ、不注意で怪我をしていたから、動きが鈍っていて……、人の血を吸って完治させれば問題なくヤツらと戦える。眷属でもない人間の手なんか借りる必要なんかない――。


『——はい。昨日のお願いは、嘘じゃないです。……初日で遅刻していたら、疑われるのも無理ないですけど……、おれはアケビさんの力になりたい。

 どうぞ、どんどん血を吸ってくれて構いません。おれを餌に、敵を誘き寄せても構わないです――アケビさんが楽になるなら、この体、どんな風に雑に使われても構いませんので』


「…………昨日の衝動的な行動からしばらく経つけど、冷静になれたんじゃないの? いいけど、別に。言ったことを『やっぱりなしで!』ってことにしても。

 ……裏切ったからと言って、夜中に襲って血を吸ったりしないから――」


『あ、そうですか? じゃあ――』


「うぅ……っっ」


『……昨日もそうやって道の端っこで塞ぎ込んで、泣いていたじゃないですか。放っておけますか? おれが声をかけたら、乱暴に袖で涙を拭って強がって……で、見えないところではひたすらがまんして……苦しんで。

 美人なくせに、人を利用する発想が出ないなんて、生きづらそうな人ですね……。だからこそ助けてあげたいと思ったんです。

 それに、一目惚れですし。可愛いアケビさんに意識してもらいたい――その報酬があれば、命なんて簡単に懸けられますよ』


「…………泣いてないし。別に一人でも戦えるもん」


『ああそうですか……いや、違いますよ!? 突き離したつもりなんかなくて……ッ。

 分かりました、すぐに駆けつけますから――どこにいるんですか!?』


「駅前」


『はいはい、すぐに向かいますので、不安な声を出さないでくださいね――』


 彼が準備して、家を出るまでの音を聞く。これはあたしから通話を切らないだけで――だから彼が通話を切らない以上、ずっと繋がったままだ。


「ねえ、イルマくん……切ってもいいのよ?」


『え、はい? なにか言いました? ――ああ、電話を切らないのか? ってことですか?

 すぐにアケビさんの声が聞けるので……すみません、おれのわがままに付き合ってくれて』


「べ、べっつにー? 

 あたしから通話を切りたくないだけだし……、なんか負けた気分になるからね」


『ふっ』


「ちょっ、笑ったでしょ今!!」


 笑ってませんよ。

 いーえ笑ってました! なんてやり取りをしている間に、夜景が見渡せる屋上にいるあたしは、隣のビル、下の階に見える『ヤツら』の動きに気が付いた。


 膠着状態が続いていたから、都合が良かったのだけど……、やっぱり長いこと動きがないと、攻撃されることを覚悟で動き出すわよね……ッ。

 一度見失うと厄介なのよ――イルマくんを待ちたかったけど、ここで逃がすのは痛いわ。


 だから追いかける。吸血鬼としての高い戦闘能力はまだ使えるはず……、こんなことならもっと多めに血を吸っておくんだったわ!


 周辺にいる人間から血を吸ってもいいけど、できるだけ痕跡は残したくない……、あっちもあっちで迷惑な生物だけど、こっちもこっちで人間社会からは嫌われているからね――。


 一部の人間から理解があるとは言え、一部、だ。

 社会全体を見ればまだまだ嫌われ者である。


 そりゃ当然か……、吸血行為が人間の死に繋がる以上、あたしたち吸血鬼は牙を立て人間を捕食しているのと同じだ。

 獰猛な肉食の猛獣が町にいれば、駆除するのが当たり前……。

 だからあたしたちは溶け込むか、痕跡を残さず闇の中で生きることを強いられている。


 吸血鬼と分かっても好きになってくれる物好きにしか、頼れない。


「早くきて、イルマくん……」


 ……あたしもあたしで、彼に頼り切りだなあ……。




 吸血鬼が一部の人間に認められているのは、ようは利用価値があるからだ。好意で認めてくれたわけじゃない。

 個人の意見で吸血鬼全体の人権が守られるほど、人間社会は緩い体制ではないのだ……。

 それが、仕方のないことだと分かってはいるけどね……。


 いざとなれば人間を滅ぼせる……とは、できるだろうけど、労力を考えればやりたくない。

 それに、あたしたちは餌を殺すことにもなるわけだし。


 今後も増え続けてもらわなければ、いずれあたしたちも餓死する……。

 人間以外の血でもいいけど、あの美味しさを知ってしまうとね……、殺すのはもったいない。


 ……他の生物って、意外と強いから、できるだけ戦いたくないのよ。



 ――人間は多い。でも、世界中の吸血鬼が狩り出したらすぐにでも絶滅してしまうだろう……。だから血を吸っても、ギリギリ死なない程度でやめる。

 そうすることで、一人の人間から(時間差はあるが)何度も食事ができる、というわけだ。


 その時に気づいた――人間の特殊な体質は、意外と使えるということを知った。


 それが人間の性質なのか、それともあたしたち吸血鬼の影響なのかは分からないけど……。



「やば、見失っちゃった!?」


 頭を抱えてうずくまる……、ちょー厄介なんですけど!


 あたしは屋上から隣のビルへ移動し、建物の中へ侵入した……、夜でもビル内は明かりが点いている……。つまり、まだ人がいるということだ。


 残業している人が多いのかな……でも、深夜零時を回ってるんだけどなあ。

 働き過ぎじゃない? そういう人の血って、だいたい不味いから嫌なのよ。


 その点、イルマくんは美味しかったなあ……。


「…………また、食べたいな」


 なんて、うっとりと頬を緩めていたのが失敗だった。

 真後ろから――、

 壁をすり抜け、音もなく近づいてきていた【アクマ】に、首の裏の死角を突かれ、


「っっ、いっ!?」


 咄嗟に、屈んだまま回転し、相手の足を払って転ばせる。

 転ぶと同時、アクマは床をすり抜け、下の階へ移動した。


 ——これが厄介なのよ。どんな障害物もすり抜け、壁も天井も床も関係なく、どこからでも仕掛けてくる制限されない戦い方。


 しかもあっちはなぜか、あたしの居場所を特定しているみたいだし……、絶対に負ける『かくれんぼ』ね。



「セーラー服……、女子中学生を乗っ取ったアクマ――」

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