ガラパゴス・バージョンアウト

「――お前はモテなさそうだよな」


「そりゃそうだろ、俺はモテるための努力を一切してこなかったんだ。——異性とのコミュニケーション、知識を蓄え、知恵を鍛える……。異性を養える経済力の入手、人を不快にさせないルックス……、最低限の清潔感……、他はなんだ? 他人に親切にする気持ちか? 気遣いと常識、その全てを高い水準で持ち合わせた人間がモテるってことだろう?」


 モテるということは報酬である。

 これまで頑張ってきたからこそ得られる快楽——、それが当然であるべきなのだ。


 努力をしてもどうしてもモテない人間は一定数いるとは思うが、それは単に報酬を得られるほどの高い水準まで、自身の魅力が到達していなかっただけの話だ。


 だからと言って、積み重ねてきたものが無駄かと言えばそうではない。

 足りないだけで、なにもないわけじゃない――俺とは違って。


 不足分を補えば、今の失敗が嘘のように、成功体験をすぐに得られるだろう。


 比べて、小さな頃から俺はなにもしていない……、ただ漠然と異性とお付き合いをしてみたい、という興味だけでここまで生きてきた人間だ。


 努力をしてこなかった人間が、欲しいものをあっさりと手に入れられるとでも? おいおい、それは頑張っている人間からすれば死体を蹴られているようなものじゃないか? 頑張った人間に報酬があるべきなら、頑張らなかった人間には――罰があるべき、とまでは言わないが、急に空から報酬が落ちてくるような奇跡はあるべきではない。


 勘違いするだろう。


 なにもしていなくともなんとかなる、という希望を期待するような前例を作るべきではない。


 難しい話じゃない。

 努力をすれば得られる、努力を怠ればなにも得られない――それだけだ。


 そして。


 モテない人間は、『なにもしてこなかった人間』であるが、ここは二種類に分けられる。


 動けなかった人間と、動かなかった人間だ。……まあ、面倒だから、という理由で動かなかった人間の判断は曖昧だが、動けなかった、ということにしよう。


 求めていながらも体が動かないのは、怠惰であり、同時に罰でもある気がするし……、だから『動かなかった人間』は、異性を必要としていない人生を選んだ人間のことを指す。


 最初から求めていないのだ。だから自力で、するべき努力を選別し、ある分野を先鋭化させた。異性とお付き合いをするということは、人生のリソースをそこに割く、ということだ。


 中途半端は互いに迷惑になる。

 器用に両立させている人もいるにはいるが……それも努力があってこそだろう。


 お付き合いを経て結婚、子供を作り、後世に繋ぐ……もちろん、その道を選んだことを非難するつもりはない。というよりは、それこそが人間がするべきことだ。

 世界に娯楽がなければ、全世界の人間が『恋愛』――『繁殖』に集中していたはずだ。

 一極化……、努力をせざるを得ない世界。


 人間が生み出した娯楽よりも優先される、義務に近いことではあるが……、繁殖しないことにも理由がある人間だっているわけだ。


 育てるために産む……、当たり前だが、理想である。これを義務化してしまうと、産んだ、というポーズを取るために、殺すために産んだ、という選択肢も出てきてしまう。

 誰もが一人の子供を大人になるまで育てられる経済力と教育力があるわけではないのだから。


 よし、いっちょやってみるか、と言って挑戦するにはリスクが大き過ぎる。


 一か八か、通販で商品を買うのとはわけが違うのだ。買い物に失敗し、不要なものを抱えるのは自分が困るだけだが、結婚は違う……出産もだ。

 パートナーと子供に迷惑がかかる……そしてここで終わりではなく、まだ先があるのだ。


 お試しで産んでみたが、やっぱり育てるのは無理でしたので俺はここで降ります――なんてことはできないのだから、最後まで足掻いて面倒を見る気がないなら、最初から求めるべきではなかった。——結婚なんて、子供なんて、望むべきではなかったのだ。


 分かっていた。だから俺は早めに人生のリソースを他に割り振ったのだ。

 モテないなら、モテないなりの生き方がある。他人とコミュニケーションを取るのはどうしてだ? 寂しさを埋めるため? 人脈? その繋がりは自分が困った時に助けてくれるという見返りを望んで? ……社交辞令で付き合うくらいなら最初から遮断してしまおう。


 人と関わるということは、最低限の気遣いと常識、清潔感を維持しなければいけない。人に好かれるためには魅力を磨く必要がある……、相手が異性であれ同姓であれ……。

 異性に『気に入られる』ためにするべきこととなんら変わらない。


 なら、モテるためにすることと同じじゃないか?


 だったら、異性を切り捨てたのなら、人そのものとの繋がりもいらないだろう。見栄を張る必要だってないのだ……、いらない手間である。


 人は一人では生きられないかもしれないが、友人ゼロでもやっていける。無関心という繋がりで、大多数の人間とは上手くやっていけているのだから。


 人と関わらない、一人でいられる……一人でできることを人生の全てにしてしまえば、これまでの全ての選択が目的に集約されるだろう……、無駄がない、と言えた。


 こうして今、俺がカメラに話しかけているようにな。


 ――動画。まあ文章でもいいのだが、自身の発想を発表し続けることは、誰の手助けもいらない。……動画配信サービスなり、文章投稿サイトは人間が管理しているものだから、手助けされていると言えばそうなのだが……、人間は一人では生きられないとはこのことだ。


 だけど友達はいない……ゼロである。


 でも生きていける。それが答えだろう?


 大金を稼ぐ必要がなければ、最低限のアルバイトとその稼ぎで生きていける。頭の中を外部に出力する生活は、人間関係が不要であり、先人が残したものを吸収し続け、俺という今世代に生まれた人間の——そんな俺が育った環境により、思考が他人とは違う、オンリーワンになる。


 ……思考を出力し続けることに――出来上がったものに価値がなくとも、意味はある。



 ——今世代に響かなくとも、


 人間という種が繁栄し続ける限り、この思考は後世に伝わっていく。



 たとえば二十年後……五十年後……百年後——千年後でもいい。


 その時を生きる子供が、この俺の思考を読み、良し悪しを決めることに意味がある。

 評価などどちらでもいい……、良し悪しを分別することに意味があると考えているのだから。


 まあ、この映像なり文章が、その時まで管理され、サービスが残っていれば、の話だけどな。



「――モテなさそうだよな、という指摘に俺はこう意見するぜ――って、どうした?」

「いや、モテなさそう、と言っただけで、別にモテないと断言したわけじゃねえけど……」


 人が言う『臭そう』は、別に『臭いわけじゃない』ってことか?

 目の前の男が、ぼそっと「……オレは友達じゃないのか……」とショックを受けている様子だったが――悪いな、友達って言えるほど親密になったとは思っていない。

 まあ、動画を撮影する仲間ってところか?


「モテない? そうか? だが、モテないはずだぞ。努力をしてこなかった男が、異性に好意を抱かれるわけがない。

 仮に好意を寄せてくれるとして、まさか同じ墓に入ってくれるまで先を見てくれる異性がいるとは思えねえよ。頑張っているやつは他にごまんといる、そいつらが報酬を得るべきだ」


「一定数、いるんだよ。お前みたいなまったく恋を知らない男を好む女の子だってさ。オレたち男だって、恋も何も、東京の右も左も知らないような、田舎から出てきた女の子に色々と教えたいと思って近づいたりするだろ? ……首を傾げるな、いいからするんだよ。

 もちろん、その時は今後一生、傍にいる気なんかはねえが、だが人間関係ってのは身に付けた技術の総量で維持されるものじゃない。

 努力をしていなかったとしても、居心地が良ければ一緒にいてしまうものなんだよ。お前みたいに長々と自論を吐き出す男が好きな女だっているはずだ。お前のガチガチに固まった考えを自分色に染めたいって思って近づいてくるかもしれないな――努力をしてこなくても、好意を寄せられることの証明をしたいがために。

 お前が言う奇跡がこれだ。そして案外、奇跡ってのはそのへんに転がっているもので、誰もが手に入れることができる――奇跡こそがオーソドックスになる時代がくるかもしれねえな――」


 俺みたいなガラパゴスな男の自論が、オーソドックスになる……? はっ、バカか。

 それじゃあ、努力をしてきたやつが報われないじゃねえか。


「報われ方は努力をしたやつが決めるもんだ。

 お前が勝手に決めつけて、幸せと不幸を押し付けるなよ」


「……でも、そんなバカなことが、」


「あり得ないとは言えない。この世に、否定できることなんか一つもねえだろう?」



 ―――


 ――


 ―



 数百年前のディスクに記録されていた過去の映像。


 それは、一人の男が展開した、ある一つの自論である。



 食い入るように見る少年たちは、聞いた後、気になる女の子の顔を思い浮かべた。……思い返せば、なにもしていなかった。努力なんて一つも。

 ただ傍にいるだけで、毎日顔を合わせるだけで自分のものにできるなら楽だった――、世界に二人だけなら、他者と比べようがないのだから、あとは『手に取る』か『どうか』である。


 競合がいるのなら……、なにもしていない人間に振り向くことはない。


 ――努力をしなければ。


 きっと、他の少年に持っていかれる。


 だけど――。


 映像の中の男が言っていた……、彼はモテている側の人間だった。


 努力をしながら奇跡を得た体験者は、こう言った。



「……当事者の努力を嘲笑うのは、

 いつだって意中の女の子の『好み』だってことだよ」



 努力が報われるとは限らない。


 努力も結果を選ぶのだ――

 妥協という形で、最高ではないが最低でもない範囲を狙って。

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