第14話.恋の鞘当て
「アルフォンス。俺の婚約者に何してやがる?」
開口一番。
セシリーを抱き寄せたジークが、アルフォンスに攻撃的な一言を放つ。
その瞬間、セシリーは感動のあまり叫びそうになった。
(こ、これって――恋の鞘当て!!!)
ヒロインを巡っての三角関係――あるいは四角関係、五角関係、多いと十角関係くらいの場合もあるが……これもまた、恋愛小説の醍醐味である。
恋夢少女(恋に夢見る可憐な少女)であるセシリーも、自分を争って白馬の王子様と隣国の王子様が争う場面を何度も想像したものだ。「やめて! 私のために争わないで!」を言い出すタイミングの練習など、何百回も、喉が嗄れるほどに繰り返したものである。
セシリーは思わず、期待の目でジークとアルフォンスを見守ってしまう。
するとアルフォンスが肩までの長髪をかき上げ、からかい混じりの一言!
「ただ話してただけだけど……あれ? もしかしてジーク、その子に本気なの?」
(チャラ男……! なんていい仕事をするの!)
ジークが放ったのが強力なスパイクならば、これは完璧なレシーブである。
「お前に話す義理はないな」
そして――弓なりに返ってきた球を、ジークはあっさりと止めてみせた。
好戦的な様子を見せていたアルフォンスも、これには引くしかない。
そう、口元にちょっとした薄笑いを浮かべて、小首を傾げて!
「ふぅん……?」
(二人とも、パーフェクツ…………!!)
何も初回から激しい火花を散らす必要はないのだ。
まだ物語は始まったばかり。まずは様子見のワンツーだ。
(そう。それでいいんです。ジークもアルフォンス様も、さすがね!)
心の中で拍手喝采を送るセシリーに気がついたわけではないだろうが。
未だ引き寄せたままのセシリーの耳に、ジークが内緒話をするように唇を寄せる。
「セシリー」
「んっ」
セシリーの全身を溶かしてしまいそうなほど、甘い声音。
呼ばれるだけで、ぞくぞく、とセシリーの背筋が痺れる。
なんということだろうか。身体は、たった一日で覚え込んでしまったのだ。ジークに与えられる、甘美な感覚を……。
「俺以外の男に笑顔を向けるなんて、いけない子だな」
(ふわあああああっっ……!!)
掠れた低音ボイスに、セシリーの背筋はもう、ぞくぞくぞくぅっ! である。
そう、ジークは、声が良すぎる。顔は野獣系イケメン、身体は八頭身、そして声は三銃士だ。この魅力を知ってしまえば、逆らえる女子など居るはずもない。
惚れ薬の効果まだ続いてる~! とか考えかけていたセシリーの理性は、一瞬で消し飛び灰となる。
とろとろセシリーは口の横に両手を当てると、ジークの耳にこしょこしょと囁きかけた。
「いけないせしりーに、お仕置きして♡」
なんと、自分から仕置きをねだるはしたなさを発揮!
――が、これもまたジークにとっては可愛すぎるおねだりである。
しかしジークは歯を食いしばり、鋼の精神でこれに耐える。聖空騎士団長の座は、伊達ではないのだ。
「今は駄目だ」
「な、なんで?」
「俺は聖空騎士団の団長だからな。団員たちの前で、甘い顔を見せるわけにはいかないんだ」
「え~……」
頬を膨らませるセシリー。
膨らんだ頬をつつきながら、ジークはまた彼女にそっと囁いた。
「二人きりになったら――また可愛がってやるから」
(ひゃうううううっっ!!!)
セシリーは、叫びそうになるのを必死に耐えた。
なんということなのか。昨日よりもジークが好きで好きで仕方がない。
人前でもこれなのに、もしも、もしもまた二人きりになってしまったら……想像だけでセシリーは堪らない気持ちにさせられる。
――そう、未だ人前である。
アルフォンスは二人の間で「ねぇ、さっきからどうしたの?」と不思議そうな顔をしているのだが、今やジークとセシリーにとって、彼の視線は恋愛のスパイス以外の何者でもなくなっている。鞘を当てていたこととか、レシーブトススパイクしていたこととか、忘れ去っている。
「セシリー、大丈夫か? 目は潤んで、鼻はすんすんしてて……可愛い唇は震えてる」
「え、ぁ、だいじょ……」
なんとかセシリーは言葉を返そうとしたのだが。
ジークは獰猛にすら感じられる笑みを浮かべる。そうしてセシリーの柔い耳朶さえ噛み千切ってしまいそうな声音で、言い放つのだ。
「ついてこれるか? セシリー。俺の溺愛は――――――“加速”するぞ」
ビクンッッッ!!! とセシリーの全身が大きく震える。
「はわ、わ。はわわ……」
(だ、だめ。だめなのに、こんなの、こんなのぉっ、だめなのにぃいいっ!!)
灰から再生した理性と、恋に恋する本能とがセシリーの中でせめぎ合う。
惚れ薬など間違っている vs 結果的に二人とも幸せならOKです が激しいバトルをしている。
その結果――――。
「……………………しゅき♡」
セシリーは、かんらくした!
セシリーは、ジークへのすきが10000上がった!
「ジーク、しゅき。早くセシリー、食べて。いっぱいあいして」
「それは、嫁にもらってからだ」
「じゃあ味見、して」
ジークはまだ、その唇でセシリーに触れてくれない。それがセシリーには不満だった。
するとジークはセシリーの髪を一房、手に取り……そこにちゅっ、と音を立てて口づけた。
「ったく、おませな猫ちゃんだぜ」
「ふ、ふぇ、ええ……」
とろとろとろ~~!! とセシリーの瞳は潤むばかりである。
アルフォンスは「なんなんだこいつら」という顔で、延々と内緒話をする二人を眺めていたのだった。
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