第13話.仕事場に乗り込んで
翌日のこと。
袖や裾が短めな、動きやすいドレスをまとうセシリーは、王城の一角を訪れていた。
貴族令嬢たちは、よくここで開かれるサロンに集まっている。かく言う王都住まいのセシリーも、今まで多くの茶会に参加してきた。
しかし今日の目的はサロンでの交流ではない。
(とにかくジーク様……ジークの動向を探って、惚れ薬を解毒するためのヒントを得ないと!)
ボンネットを深めに被り、頭上に日傘を差したセシリーはズンズンと突き進む。
惚れ薬――と一口に言っても、レシピを見て作り出しただけのセシリーにとっては未知の薬である。
具体的な効果や、効果が現れる期間についてもレシピには書かれていなかったが、ジークを解き放つ方法は何かしらあるはずだ。
作った薬はぜんぶジークに飲ませてしまったので、彼の様子を見て策を練ろうと思っていた。
(そうよ! これからどうするかは、解毒してから考えればいいことよ!)
借金を肩代わりしてもらったし、もう婚約してしまったし、いろいろ後戻りできない状況ではあるが。
だけれど、ジークの意志を無視して事を進めてはいけない。彼にとっては、一生を棒に振ることになってしまうのだから。
(私にも、まだ見ぬ白馬の王子様が待っているのだから!)
セシリーは決意を新たに突き進む。
次第にすれ違う人は少なくなっていく。飛竜の厩舎は王城外れにあるのだ。
婚約者になったのだから、セシリーが仕事場に挨拶に訪れるのは不自然ではあるまい。なのでセシリーはとにかく胸を張って、やましいことなど何もありませんという顔で石畳を歩いている。ここでびくびくしていると、逆に不審がられてしまうだろう。
(飛竜の厩舎近くには、通してもらえないだろうけど)
扱いが非常に難儀な魔法生物である飛竜。
彼らにとって馴染みがないセシリーが現れれば、驚いて暴れたり、最悪な場合は飛び去ってしまう場合もある。
飛竜一体の育成費用で王都に屋敷のひとつや二つ建つと言われている。セシリーとしても、絶対にそんな失敗を犯すわけにはいかなかった。とてもじゃないがランプス家で補填できない。
やがて、いくつも並ぶ飛竜の厩舎が遠目に見えてきた。
芝生には、飛竜の大きな姿はないので、今は特に外に出ていない時間帯のようだ。
敷地は注意を促すために、申し訳程度の生け垣に囲まれている。飛竜はその名のとおり空を飛ぶので、どんな囲いがあろうと無意味なのだろう。
受付代わりに兵の詰め所がおかれているので、セシリーはそこで声をかけようとしたのだが――。
「こんにちは。君、どうしたの? 迷子?」
それより早く、後ろから声をかけられた。
誰だろうかと振り向くと、肩まで流れる金髪をした男が立っている。
んまぁ、とセシリーは目を見張る。
(ハンサムだわ)
青い騎士服を着た男は、整った顔立ちをしていた。
甘めの瞳。整った鼻筋。柔和な笑みを刻む唇。口元のほくろは色っぽくて、色気がある。
(足も長いわ)
もちろん足の長さも、セシリーにとって重要なファクターである。
(でもこの顔――、物語の中盤で「俺にしとけよ」ってヒロインを誘惑してくるけど最終的に振られる当て馬タイプの顔だわ!)
セシリーは、失礼なことを考えていた。
「迷子ではありません。聖空騎士団長に少し用事がありまして」
セシリーが淡々と答えると、男が首を傾げる。
「あれ? 君ってもしかして、団長の婚約者の……?」
「初めまして、セシリー・ランプスと申します。私の婚約者がいつもお世話になってま」
(私ーー!!)
言いかけたセシリーは大慌てで口元を覆う。
(何を言おうとしてるの私ーー!!!)
「……初めまして、セシリー・ランプスと申します」
何事もなかったように二度目の名乗りを上げるセシリーを、若い男は少しおもしろそうな顔で見ている。
「俺はアルフォンス。アルフォンス・ニアだよ、よろしくね、セシリーちゃん」
「はぁ……」
(チャラッ)
セシリーは一瞬にしてアルフォンスを「チャラ男」と名づけた。セシリーに話しかけてくる口調や態度からして、いかにも貴族の遊び人らしい雰囲気だったのだ。
そして、青い制服には見覚えがある。ジークが着ていたのと同じ服だ。ということはこのアルフォンスも聖空騎士団の一員なのだろう。
飛竜乗りというだけあり、アクセサリーの類いはつけていないようだが、それにしても全身からチャラチャラな雰囲気を醸し出している。
「チャラッ」という目をするセシリーに気づいているのかいないのか、アルフォンスがセシリーの背後に目をしばたたかせる。
「あ、ジーク」
「えっ?」
振り返ると、門扉から出てきたばかりらしいジークが、そこに息を切らして立っていた。
荒く息を吐きながら、睨むようにしてセシリーを見つめる。その視線の鋭さにセシリーは驚くと同時に淡い期待を抱く。
(もしかして、惚れ薬の効果が……切れたの?)
期待した直後、強い恐怖を抱く。
惚れ薬に操られていたと気がついたジークに記憶が残っていたら、やっぱりぶん殴られるかもしれない。セシリーが身を震わせたときだった。
「きゃっ」
ジークが立ち尽くすセシリーの手を、強引に引っ張ると。
アルフォンスに向かって言い放ったのだ。
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