第12話.セシリー、我に返る
「わ、わ、わわわ私ったら……!!」
その日の夜。
ベッドで薄い毛布を被り、膝を抱えたセシリーはぷるぷると震えていた。
というのもセシリーが我に返ったときには、手遅れだったのだ。
セシリーはジークとスウェルと共にジークの実家に挨拶に行った。ジークの両親はとても明るく優しげな人たちで、子爵と娘の急な訪問にしきりに恐縮していたが、温かく出迎えてくれた。
二人の婚約は大歓迎されて、あれよあれよという間に婚約関連書類の提出を終え、すべてがトントン拍子に進んでいき、気がつけば後戻りできないところまで来ている。
なんだかジークと一緒に居ると頭がふわふわして、まともに物が考えられないのだが。
部屋でひとりになり、冷静になった今、昼間の自分の挙動を思い出すと――。
「いやあああああっ」
ばんばんばん!! とセシリーは力任せに枕を叩く。
恥ずかしい。恥ずかしすぎる。思い出すだけで顔から火を吹きそうだ。
(『しゅき♡』やら『食べて♡』やら、ば、ばばば、ばかじゃないの!?!?)
嫁入り前の娘が、なんてはしたないことばかり口走っているのか。
しかも一秒でも離れては死ぬと言わんばかりに、セシリーはジークにずーっとくっついていた。
移動するときは腕を組み、馬車でもひっつき、両親に挨拶する際も隙あらばジークとイチャイチャしていた。
あまりにもあまりにもジークが熱っぽい睦言ばかり唱えるものだから、途中、興奮しすぎて涎も出してしまった気がする。
ジークはきれいなハンカチで、そっとセシリーの濡れた口元を吹いて、『仕方のない子だ』と微笑んでくれたけれど――と思い出すとまた、彼への愛おしさが湧き上がるように溢れ出そうになって、セシリーは叫んで誤魔化してしまう。
「もうやだあああああああっっ」
ぼすぼすぼす!! とセシリーは枕をぶん殴る。
(だってだって、これじゃ!)
これではまるで、セシリーがものすごい尻軽でちょろい女のようではないか!
自分を愛してくれる男なら誰でも良かったみたいな感じになるではないか!
「違う! 私は尻軽でもちょろくもないわ!」
ぜーはー言いながら、セシリーはブチ殺した枕を放り投げる。
部屋の中を、枕に詰められていた大量の羽が舞う。
「ちょっと、ちょーっと耐性がないだけ! そう! 慣れればあんな男、大したことないんだから!」
だが、耐性なく流された結果、気がつけば婚約に至ったのが本日の結果である。
セシリーは半ば没落しているとは言っても貴族の娘だ。
今さら、婚約を解消することなどできない。家同士の契約とも言えるそれを、セシリーだけの都合でどうにかする術はない。
「……というかジークにも、好きな人が居たのかもしれないのに」
本当は、ジークはセシリーのことなどなんとも思っていない。
むしろ睨みつけてくるあの冷たい視線からして、嫌われていたはずだ。そんなジークの心を、セシリーは惚れ薬で好き勝手に操っている。
これでは、グレタと同じだ。スウェルの心を操り結婚して子を授かったという魔女のグレタと、まったく同じ……。
今さらながらに、手が震える。
なんて大層な真似をしでかしてしまったのだろうか。
「あの人は、私を助けてくれたのに……私、ひどいことをしたわ」
――セシリーは、運命の赤い糸というものを信じている。
セシリーにもどこかで草原に白馬を走って「今行くよ、セシリー!」と叫んでいる運命の王子様が居るように、ジークにもやはりそういう相手が居たはずなのだ。女子には逃げられるばかりだというから、今のところは決まった相手は居なかったようだが……。
それを思うと、セシリーは責任を感じずにはいられない。
セシリーは、誰かの運命を引き裂く魔女になりたかったわけではないのだから。
ジークは惚れ薬により、セシリーを愛していると信じ込んでいる。
であれば、この事態をどうにかするのはセシリーの役目だ。彼を巻き込んだセシリーがやるべきことだ。
「……惚れ薬の効果を切らす方法を、見つけなきゃ!」
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