意向

「お前たちも一杯やるか?」


 アルマイヤーは、校長室に置かれた皮張りの長椅子に体を沈めつつ、琥珀色の酒が入ったグラスを片手に、部屋にいる二人の部下を眺めた。


「まだ仕事中です」


 書類挟みを手にしたアイラが、にべもなく答える。


「今日は忙しかったから、一杯ぐらい頂いても、いいんじゃないの?」


 もう一人の部下のイフゲニアが、酒のボトルに手を伸ばしつつ、アイラへ告げた。


「飲みたかったら、お二人でどうぞ。私は遠慮させて頂きます」


「相変わらず、お堅いのね……」


「あんたが、いい加減すぎなだけでしょう?」


「別に飲む必要はないし、飲みたかったら、好きにやってくれ。それで、こんな夜遅くに何の用なんだ?」


「クラス分け並びに、班分けに関して、人形省から提案書が届いています」


 イフゲニアがボトルからグラスへ酒を注ぐ横で、アイラはアルマイヤーへ、数枚の書類を差し出した。


「提案書?」


 書類を眺めたアルマイヤーが、呆れた顔をする。


「そんなものまで、こちらへ指示を出してくるのか?」


「各家の意向を、人形省で取りまとめた様です。もっとも、いつもはもっと早い段階で、決まっているらしいですけど」


「なるほどね。選抜前に、もう決まっているという事か……」


 アドマイヤーのつぶやきに、アイラが小さく頷いて見せる。


「今年は色々と予定が変更になって、大変だったみたいですよ。一部の家からは、選抜自体をやり直せ、という要請もあったそうです」


 空になったグラスへ手酌で酒を注ぎつつ、イフゲニアが言葉を続けた。


「でも、次官のローレンツ卿が、全て拒否したと聞いています」


「正論よ。流石は若手の筆頭官僚で、次期ローレンツ家当主ね」


 納得顔で答えたアイラへ、イフゲニアが首を傾げて見せる。


「そうかしら? その方が都合がいい。それだけな気もするけど」


ニアイフゲニア、あんたは私の言うこと全てに、突っかからないと、気が済まない訳?」


「まあ、色々と思惑があるのだろうが、こちらとしてはうっとうしいだけだな」


 そうぼやきつつ、二人のやり取りを無視して、書類を眺めていたアドマイヤーの指が止まった。


「この特別班と言うのは何だ?」


「こちらは、王女様アイリスのご希望との事です」


「あの坊主、あんな奥手そうな顔をしていながら、やたらとモテモテだな。あの赤毛のお嬢さんといい、坊主クエルのどこがいいんだ?」


「あら、健気でかわいいじゃないですか?」


「あんたも、ちょっかいを出しているものね」


 アイラの台詞に、イフゲニアが赤く染まった唇の端を、僅かに上げて見せる。


「健気ね……。いずれにせよ、これではこちらは楽しめない。拒否だ。いや、参考にさせていただきますだな」


 それを聞いたアイラの顔色が変わった。


「団長、もとい校長先生。また左遷されるおつもりですか!?」


 アイラの叫びに、イフゲニアがカラカラと笑って見せる。


「違うわよ。もっとさぼりたいだけ」


「ニア、もう酔っぱらっているの?」


「えー、まだまだこれからよ。アイラも一緒に飲みましょう!」


「酔っぱらいは黙ってなさい!」


「大体こんな事をやっているから、東領の連中に足元をすくわれるんだ」


 アドマイヤーが、いつしか空になったボトルを振りつつ、ぼやいて見せる。


「では、いかがいたしましょうか?」


「こんなつまらん組分けなどくそくらえだ。生徒たちの自主性にまかせよう」


「自主性ですか!?」


 思わず声を上げたアイラへ、アルマイヤーがニヤリと笑って見せる。


「生き残ることを優先するのか、それとも各家のあれやこれやを優先させるのかも含めて、自分たちで考えさせる。それに一部の生徒たちは、間違いなく、この組分けに文句を言ってくるぞ」


「ですが、人形省の方はどうしますか?」


「それについては、俺の方でジークと交渉する。それと成績規定は、一切の温情を考慮せず、厳格に適用するとも言っておけ」


 アルマイヤーは、少し心配そうな顔をするイフゲニアへ、そう答えると、名簿をアイラへ戻そうとした。だがすぐにその手を止める。


「待て。人形省の連中が徹夜で作ったやつだ。せっかくだから、これはこれで使わせてもらおう。アイラ、二年生の名簿は持っているか?」


「はい。こちらです」


 アルマイヤーは渡された名簿へ目を走らせた。


「確か、士官候補生組で、俺が来る前にやらかした連中がいたな?」


「この者たちでしょうか?」


「なるほど。成績を見る限り、中身は優秀らしい。どちらかと言えば、前にいた教官たちの方が、腐ったやつらばかりで、問題ありありだったしな。この連中が単なるやんちゃなやつらか、それとも骨のある者たちなのかも、ついでに確かめてみる事にしよう」


 アルマイヤーは二人に、近くへ寄るように合図した。


「アイラ、ニアイフゲニア、今回の班分けについては、以下の方針で臨むことにする」


 アルマイヤーが二人に小声で何かを告げる。それを聞いた二人は、互いに顔を見合わせた。


「団長、もとい校長先生、本気で言っているんですか?」


 アイラの言葉に、アルマイヤーが頷く。


「もちろん本気だ。それにこれは、間違いなく楽しくなる奴だぞ」


 そう告げると、アルマイヤーはさも楽し気に、背後の棚から、新しいボトルを取り出して見せた。

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