再会

 クエルたちがアイラに指示された方へ進むと、尖塔を持つ立派な建物が見えてきた。そのレンガ造りの壁は蔦で覆われ、重厚なだけでなく、歴史的重みも感じさせる。


 建物の入口へ進もうとしたクエルの前で、フリーダが不意に足を止めた。そしてセシルの方を振り返ると、怪訝そうな顔をする


「さっきムーグリィさんを見て思ったんだけど、セシルちゃんの制服はどうしたの? もしかして、間に合わなかった?」


 フリーダの指摘通り、選抜が終わってすぐに仕立てを頼んでも、閥族の子弟の予約が一杯で、クエルの制服が届いたのは入学式の直前だった。クエルとしてはセシルの制服も、その時に一緒に頼んだつもりだ。


 なので、セシルも一緒に制服を受け取ったとばかり思っていたのだが、どうして着ていないのだろう。無言で首をひねるクエルに、フリーダが眉をひそめる。


「まさか、制服代を出さなかったんじゃないでしょうね?」


「そんなことはない。セシル、制服はどうしたんだ?」


「今頃そんな事を聞いているの?」


「フリーダ様、ご心配には及びません。私の服はこれでよいと、学校に許可をいただいております」


「えっ!」「なんで!」


 クエルとフリーダの口から、同時に驚きの声が上がった。


「入学に当たって、クエル様の付き人の申請もさせて頂きました。付き人としてふさわしい服装をしていれば、制服の着用は免除とのことです。お屋敷と同様に、これからもクエル様のお世話をさせていただきます」


 それを聞いたフリーダが、呆気にとられた顔でクエルを見る。次の瞬間、フリーダの拳がわなわなと震え出した。


「ク、クエル、どういう事!」


「そ、そんなの僕だって――」


 クエルが「聞いていない!」と叫ぶより早く、フリーダの手が、クエルの制服のネクタイを締め上げた。


「同じ部屋に寝泊まりするだなんて、セシルちゃんに何をするつもりなの!」


 クエルは必死に、そんなつもりはないと答えようとしたが、喉が締まって声が出ない。それに頭がぼーっとして、意識が遠くなっていく。


「フリーダ様、そのように首をしめますと、答えるのは難しいかと思います」


「そ、そうね」


 セシルの冷静な声に、フリーダのネクタイを締める手が緩んだ。クエルの頭にやっと血が巡り始める。しかし体を支えることが出来ず、そのまま前へ倒れ込む。


「ちょっとクエル、大丈夫!」


 前のめりになった顔が、とてつもなく柔らかい何かに包みこまれた。それに頭の上から、フリーダの声が聞こえてくる。この柔らかいものは……。それを認識する前に、クエルの体が背後へと、思いっきり引っ張られた。


「クエル様、大丈夫ですか?」


 背後からクエルを引っ張ったセシルが、心配そうな表情でクエルを見上げる。だがその目は決して笑ってなどいない。とてつもなく冷たい目でクエルを眺めている。


「少し首を絞められたぐらいでふらつくだなんて、クエルは軟弱過ぎよ」


「はい、フリーダ様のおっしゃる通りです」


「もう少し体を鍛えた方がいいんじゃないの?」


 そう問いかけたフリーダが、クエルへ手を差し出す。その手をクエルが掴んだ時だ。


「あら、ずいぶんと仲がいいのね?」


 講堂の入り口の方から声がした。見れば王都守護隊の制服を着た女性士官が立っている。


「イフゲニアさん!」


 その姿に、クエルの口から思わず声が出た。


「クエル!」


 敬礼をしたフリーダが、未だに半腰のクエルの手を引っ張る。


「申し訳ありません!」


 クエルは慌てて姿勢を正すと敬礼をした。選抜でクエルの案内役だったイフゲニアも、クエルたちへ敬礼を返す。だがすぐに手をおろすと、にっこりと笑みを浮かべて見せた。


「三人とも手をおろして頂戴。アイラと違って、堅苦しいのは苦手なの。選抜からは一か月ぶりかしら?」


「はい。またお会いできて光栄です」


 そう答えつつ、クエルは心の中で首をひねった。クエルたちが入学する国家人形師養成学校こくがくは、人形省の管轄で軍ではない。先ほどの女性アイラといい、王都守護隊の士官が、どうしてここにいるのだろう?


「あら、どうしてここにいるの、と言う顔をしているわね。気になる?」


 どうやら、顔に思いっきり出ていたらしい。


「い、いえ……」


 不意の問いかけにクエルは焦った。確か軍では上官の返事に「いいえ」はなかったはずだ。


「あの、はい、いえ……」


 しどろもどろになったクエルを見て、イフゲニアが苦笑いをして見せる。


「まだ軍人ではないのだから、無理しなくていいわよ。ほら、選抜では色々とあったでしょう。それで偉い人たちに怒られて、副団長のアイラと一緒に、ここへ出向になったの」


 そう告げると、イフゲニアはクエルの隣で敬礼する、フリーダの方へちらりと視線を向けた。イフゲニアはその原因が自分たち、とくにムーグリィとフリーダにあると告げている。


 それを聞いたフリーダの顔が真っ赤になった。クエルも背中に冷たい汗が流れるのを感じる。選抜みたいなことをやらかし続けていては、とても卒業などおぼつかない。


「でも私的には、ここへ移動できてうれしかったかな。クエル君にもまた会えたし」


 イフゲニアはそう告げると、おもむろにクエルの首筋へ手を添えた。そしてフリーダによって捻じ曲げられたネクタイを整え始める。


 目の前にあるイフゲニアのオレンジ色の瞳と、鼻孔にただよってくる微かな香水の香りに、クエルの心臓は太鼓みたいな音を立て始めた。それだけではない。フリーダたちの前だと言うのに、自分のオスとしての本能まで反応しそうになる。


「これでよし」


 イフゲニアはそう告げると、クエルのネクタイから手を離した。そしてクエルの瞳をじっと見つめる。


「せっかくかわいい顔をしているのだから、身だしなみには気を付けてね。そうそう、これがあなたの席の番号よ」


 渡された札には、62番と書いてある。


「それと、これがフリーダさんに、セシルさんの分ね」


 イフゲニアは呆気に取られた顔をする、フリーダとセシルへも札を渡した。


「誰かに呼ばれたからって、別の席へ座ってはだめよ。やらかすのは選抜で最後にしてね」


 そう告げたイフゲニアが、クエルたちへ講堂の入り口を指す。


「失礼します」


 フンとクエルから顔をそむけたフリーダが、先に講堂へ入った。セシルもその後に続く。ちらりとクエルの方を眺めたその目には、殺気のようなものまで宿している。


 国家人形師養成学校へ入学できたこの晴れの日が、自分の命日になるのかもしれない。クエルはそんな事を考えながら、重厚な扉の先へと足を進めた。

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