人形工房
「胸甲にヒビが入っているだって? どう言うことだ。こいつは堅牢属性を付与した上に、ミスリルの粉末を限界まで混ぜて作った、アガマイ鋼だぞ!」
表に飛び出してきた男性は、額に手を当てて叫ぶと、傍にいた運の悪い弟子の胸ぐらを掴んだ。
「おい、これを割る方法を俺に教えろ!」
「そう言われましても……」
弟子は持ち上げられた足をバタつかせながら答えた。クエルはその姿にため息をつく。工房の親方である、アルツ師に胸ぐらを掴まれているのは、クエルの数少ない友人のスヴェンだ。
クエルも運のなさについては自信があるが、スヴェンと比べたらと言われたら言葉に詰まる。スヴェンは友人であると同時に、運の悪さでもクエルと似たもの同士だ。
「こいつは硬いだけじゃない。粘りがあるんだ。溶かされたり、削られたりして穴を開けられたのならまだ分かる。どうしてこれにヒビが入るんだ?」
「俺にはさっぱりです」
スヴェンが首を横に振りつつアルツに答えた。
「お前に頭はついているのか? 人形技師だろう。少しは頭を使って考えろ!」
アルツはそう言うと、スヴェンの体を地面へ降ろす。その降ろし方は怒鳴り方に比べてとても丁寧だ。
それでもスヴェンは地面に尻餅をついている。少しとろいところも、クエルとスヴェンは似たもの同士だった。
「ともかくさっさと降ろして中へ運べ。何がどうなっているか調べないことには……」
「アルツおじさん、ごめんなさい!」
いつの間にか前に進み出たフリーダが、アルツに深々と頭を下げた。
「ギガンティスを壊したのは私なんです」
「フリーダお嬢ちゃん!?」
いきなり飛び出してきたフリーダに、アルツは目を白黒させた。
「ちょっと待ってください。ギュスターブじゃなくて、お嬢ちゃんがこいつと結合したんですか?」
「はい。お父さんが私の誕生日プレゼントだと……」
「なんですって! やつがお嬢ちゃんの誕生日に間に合わせろと言っていたのは、そう言う事だったのですね!」
アルツは再び額へ手を当てると、いきなり大声で笑い始めた。
「ガハハハハハハ!」
大笑いするアルツを、弟子たちが呆気に取られて見ている。
「本当にごめんなさい」
「こんなものは、その、全然たいした事はないです。傷のうちにも入りません。お前たち、そうだろう!」
アルツは周りにいる弟子たちをジロリと睨んだ。
「はい。親方!」
弟子達全員が背筋を伸ばして答える。
「すぐに直して送り届けます。俺の最高傑作をお嬢ちゃんに繰ってもらえるだなんて、人形技師としてこれほど嬉しいことはありません。明日死んでも本望ですよ」
先ほどの剣幕はどこへやら、アルツの目尻は下がりまくっている。
「アルツおじさんたら、大袈裟すぎですよ! それに死んでもいいだなんて、物騒すぎです!」
「いきなりこいつを動かせるなんてのは、只者じゃありません。並の人形師じゃ、こいつはピクリとも動きませんよ。動かせる代物じゃないんです」
「もしかして私、少しは才能とかあります?」
アルツの言葉を真に受けたのか、フリーダはアルツの大きな手を握ると、嬉しそうに飛び跳ねて見せた。ポニーテールにしている少し癖毛の赤毛も、ぴょんぴょんと一緒に跳ねる。
それだけではない。最近成長著しい胸も、まるでゴム毬の様に弾んだ。アルツの弟子達が、その姿を目を見開いてガン見している。
「もちろんですよ。流石は赤毛のお嬢さんだ!」
アルツはギガンティスの方を振り向くと、今度は真剣な表情をして見せた。
「それで動かしてすぐに、親父さんとでもやり合ったんですか?」
「父とですか? いえ、それはないです」
「もしかしてギュスターブの野郎が、失礼。お父上が動かす前に、何か試したりしたとか?」
「いえ、違います」
「まさかですけど、お嬢さんが動かしている間に、これを開けたんですか?」
「は、はい。お恥ずかしい限りですが、流民の人形師とやり合う事になりまして……」
そう言うと、フリーダはチラリとクエルの方を見た。その目はクエルに対して、全てあんたのせいだと告げている。
「流民? もしかして、東領からの流民ですか!?」
「本当にごめんなさい」
フリーダはアルツに対して再び頭を下げた。だがアルツは何かを考えているらしく、それに気づいていない。
しかしすぐにハッとした表情をすると、頭を下げているフリーダに声をかけた。
「お嬢さんが謝る事ではありませんよ。ともかく無事で何よりでした。エンリケのところの坊主も一緒だったのか? なんだその腕は?」
アルツは初めてクエルの腕に気がついたらしく、怪訝そうな顔をする。
「こ、これは……」
口ごもったクエルに、アルツは首を横に振った。
「そう言えば立ち話もなんですね。おい、お前ら! すぐにそれを工房の修理台まで運べ。ただし丁寧にだ。運んだらすぐに傷の模写を頼む。ヒビの入り方、傷口、方向から深さまで何も漏らすな」
そう弟子たちに声をかけると、アルツはクエルたちを工房の奥へと招き入れた。
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