第15話 覚悟
夫はその日、オフィスの一角で同じ部署の数人と上司とでミーティングをしていた。
その時、夫の姿を見つけ脇目も降らず迫ってくる人物がいた。
私の父親である。
受付の女子社員が大きな声で止めようとするも最早手遅れ。
一目散に夫だけを見定め、鬼の形相でズカズカと奥へ踏み込んで行き、あっという間に夫と部署の仲間の目の前に現れた。
夫は驚いて勢いよく立ち上がった。
父親は怒りで焦点があっていないような目つきで、体の両脇に握った拳を震わせながら夫に向かって大声で叫んだ。
「おめぇ!話がある!今夜家に来い!仕事忙しいって言っても駄目だぞ!こうやってただ話してるだけじゃねぇか!絶対だぞ!必ずだ!逃げるなよ!」
父親は言いたいことだけ大声で喚いて帰って行った。
夫はしばらく頭が真っ白になり呆然とその場に立ちすくんだ。
またしても母親は自分の都合の良いように父親に "言い聞かせた" のだろう。
既に私には我が子の幸せを願う父母などいなかったのだ。
夫は周りの声でぼんやりと正気を取り戻した。その後は周囲の白い目を感じながら、まず上司に詫び、そしてその場にいた社員一人一人に詫びた。
夫は社内で居場所を失う不安にかられた。
これが続くようなら、もうお仕舞いだ。
帰宅した夫は、この日の出来事を一部始終私に話した。
夫はどこか物静かで落ち着いていた。
「これから行こう」
「えっ!?」
夫はもう限界だった。
生活の基盤である仕事場に私の両親が代わる代わる現れ、常識では考えられない行動をとり騒ぎを起こす。そして自分本意に責められ追い詰められる。
それなのに私は自分の思いに駆られて、夫の本当の辛さに気付かなかった。夫は電気をつけない薄暗い部屋の中で、すっかり痩せて頬がこけた顔で私を見つめている。
「お前の両親が自制心を少しでも保てるように子供も連れて行こう。孫の顔を見れば少しは冷静になれるかもしれない」
夫はこの期に及んでも、まだ修復を考えている。
このまま避けていても両親の怒りは落ち着くどころかヒートアップするのみだ。
次は私が覚悟する番だ。
何を覚悟する?
それは今まで従うことしかできなかった親に対して、正面からぶつかり強い気持ちで自分の夫と子供と生活を守るための覚悟である。
正直、不安はかなりある。私も今まで父親同様母親の都合の良いように "言い聞かせ" られて育ってきた。反逆することでどんなことになるか見当もつかない。が、ここが正念場と気をしっかり持たなければ。
時刻は19時になろうとしている。
実家までは30分もかからない。
私達は不安そうな姑に見送られ、私の実家へ向かい車を走らせた。
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