第16話 衝突

 駐車場に弟の車はなかった。

今日は残業なのか、それともあえて避けたのか。

 実家では両親が私達が来るのを今か今かと手ぐすねを引いて待っていた。


 玄関のチャイムを鳴らし中へ入る。廊下を僅かばかり歩き居間へ入ると、父と母は既に戦闘モードであった。天井の電気が煌々と二人を照らしている。

 素面ではまともに話せない父親は、上座というテーブルの端っこで、もう酒を飲んでいた。

 母親は私達を捩じ込む気満々といった感じでテーブルの中央で背筋を伸ばし、まるで自分がこの家の主かのように大きな態度でどっしりと座っていた。


 夫と子供を抱いた私は、共に並んで母親の前に座った。

母親が子供を抱こうと手を伸ばしたが、私は拒否して体を捻った。そして、決して奪われまいと息子をしっかり抱き直した。


 父親が口火を切った。

母親が事前に父親から話をすよう言い聞かせていたのだろう。

そう、片親の私の夫に父親という存在を見せつけ、威圧するために。

 

 話の内容は相変わらず、母親が私の夫を監禁して喚き散らしたものと同じだった。

そして父親は夫に、そういう自身の母親をどう思うかと詰め寄った。逆に、母親と父親が私の夫にとった行動には何の疑問も持たないらしい。夫は監禁された時に母親に返答した通りに答えた。


「お義母さんにも話しましたけど、自分のお袋が悪いことをしたようには思えません」


そうすると、母親が父親にけしかけた。

「お父さんに向かって何てこと!ほら見なさい!私の言った通りでしょう?私にもこうやって口答えしてきたのよ!」


父親の頭に徐々に血が昇っていく様子が、まるでメーターでも見ているかのようにわかった。

すると今度は、私の産後に夫が共に実家で過ごした事を恩に着せ、責めてきた。


「ご飯を食べさせ、洗濯してやり、一通りの世話してやったのは誰だと思ってるんだ!やってもらったくせに恩を仇で返すのか!」


そして夫の人間性を酷く攻め、罵った。

「それでも何も悪くないって言うのか!男のくせに自分の女房子供を守れないのか!」


どう言っても自分達の言う通りに、夫が手を付き頭を下げ謝罪しないのが腹立たしいのだろう。

女房子供を守るということは、女房の親にへりくだり、付き従うことでは決してない。


 私は怒りで脈打つ音が周りに聞こえるのではと思う程、全身に血が廻っていくのを感じた。

 この人達の記憶には、その後謝礼を受けた事など微塵も残っていない。いや、それどころか "やってもらって当たり前" と思っている。それを証拠に同じことを繰り返し叫び、夫に謝罪するよう迫っている。


「お世話になったことは感謝してますし、だからこそ自分のお袋もお礼に来たはずです。でもそれと今の問題は違います。それに、今ここで悪いことをしてないのに謝るのは家族を守ることと矛盾していると思うので謝れません!」


 夫の返答に二人は各々怒りの声をあげ、母親は握った右の拳で目の前のテーブルを叩いた。父親は目の前の焼酎をぐいっと飲み、眉尻をグッと上げ般若の形相となった。


私は自分の言葉でこれまでのことは謝罪に当たらないと主張し、更に父母のする事なす事全ておかしいだろうと反論した。すると、


「何でお前はお母さんを庇わないんだ!」

そう言う父親の言葉に私は面食らった。

"庇う?"

そうか、『何故親の味方にならず敵陣側にいるのか?』と問いただしてるのか。


「女に顔のこと言うなんて、なんて常識ないの!それなのに目の前で貶められてるお母さんを、娘なのに何で庇わないの!だからこの結婚は反対だったんだ!こんなことになるんじゃないかって思ってた!」

母親が吠えた。

「仲人さえいれば、こんな時仲裁に入ってもらえたのに仲人さえいない!情けない!」

ついに私達の結婚にまで言及してくる有り様だ。


「お母さんの顔の事言ってないじゃない!こっちのお義母さんは私のことを思って "そんなに目を吊り上げて怒ることないじゃないですか?" って言っただけでしょう?普通だよ!怒りすぎの人に普通に言う言葉だよ!」


私はイライラしていた。この人達の耳には何を言っても一切届かない。

「だいたい自分達の事ばっかりで、そのせいで私がどれだけ辛い思いしてるかわかんないの?自分の親が揉め事起こして、どれだけ肩身が狭いかわかんないの?娘の旦那の会社にまで行って何やってるかわかんないの!?」


感情が高ぶっていた。とにかく自分の思いを訴えるしかなかった。しかし母親も応戦する。

「じゃあこっちの気持ちは?そっちが謝れば許してやったのに!親の気持ちも考えなさい!」


「親だって言うなら娘にこんな辛い思いさせないでよ!」


「あっちの家で何か言われてるのか!?だったら帰ってきなさい!子供と一緒に返してもらう!!」


頭に凄い勢いで血が昇る。首筋の血管がドクドクと波打つかのようだ。

「何言ってるの?私は物じゃない!一人の人間なの!私は私の家族の傍で暮らす!この家には戻らない!」


「落ち着け!」

夫が私を制するように言う。

すると母親が

「私達、親子で話してるの!親子の会話に入らないで!そうやってお宅のお母さんも親子の会話に入ってきたからこうなったのよ!常識のある人だったら親子の会話に介入しないわ!」


私は即座に反応した。

「常識ないのはどっちよ、代わる代わる会社に乗り込んで騒いで!常識知らずもいいとこだ!あんなことされてこっちの事何も考えなかったの?怪我させられたうえに会社クビになったらどうしてくれんの!?私達を路頭に迷わす気なの!?」

私は自分の体温が上昇していくのを感じた。


 天井の電気がとても眩しく、憤怒の母親の形相が煌々と照らされていた。









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