第13話 軟禁と攻撃
子供を抱え、震えながら出口の見えない日々を過ごしていた。
姑の姉夫婦も時々様子を見に来てくれたが、その優しさに触れる度に私は惨めな思いと後ろめたさを感じた。それと同時に、自分の居場所が失くなる不安を抱くようになった。
いつか追い出されるかもしれない。
私は、両親がしていることはそれ相応の事だとわかっていた。
それとも自分からこの家を出て行くべきだろうか?
子供は絶対手放したくない。実家へも帰りたくない。自分一人で子供と生きていくべきだろうか?
でも、これ程夫の家族に迷惑をかけて自分だけ逃げる事など出来ない。
いっそ死んでしまいたい...
そんなことばかり考えて毎日が過ぎていく。
ある夜、暗い玄関の電灯の下、仕事から帰った夫の姿に衝撃を受けた。
左目の脇のこめかみが赤く腫れている。頬には切り傷、腕や手の甲にも複数の切り傷。
夫は眉間にシワを寄せて険しい顔つきで私を見ていった。
「お前のお母さん!会社に来て暴れて行ったぞ!ほらここ!ここも!殴ったり引っ掻いたり!わかるか!?引っ掻かれて血だらけだ!」
「え...」
息を飲んで私は固まった。
もう、この世からいなくなりたい...
夫は食品の卸売販売会社に営業として勤めていた。
この日の昼過ぎ、午後に廻る営業先への段取りを進めていた頃、突然、私の母親が会社へ現れた。
受付に呼ばれ、渋々面会へ向かった夫の目に写った私の母親は、顔は青白く、窪んだ目にくまが広がり、眉間に深いシワが刻まれ、上目使いで私の夫をギッと睨んでいる姿だった。
驚いてる夫をよそに、母親は夫を連れ出した。そして駐車場へ向かい自分の車に乗るよう命令した。
車の中で母親は興奮した口調で、自分は夫の母に蔑まれ、馬鹿にされ、ひどい侮辱の数々に大いに傷つき、悲しんでると訴えてきた。
勿論それはかなり歪曲された内容で、被害妄想が激しく進行しているのではないかと疑う程だった。
「あなたのお母さんのせいで、私はこんなに酷い目にあって毎日辛い思いしてる!」
「面と向かって来ないで逃げたのは自分に非があることが分かっているからだ!」
「向こうが逃げてる以上、もうあなたに謝ってもらいたい!」
「私に謝れー!!」
夫は目の前にいる自分の女房の母親がおかしくなっているのでは?と疑った。
母親の中で誇大した妄想が『真実』となり、記憶が上書きされたのだろうか?と。
夫は母親に言いたいだけ言わせて、その後で一つ一つ訂正していった。
私の言ったこと、自分の母親が言ったこと、それに対して私の母親の言うことの相違点。それを客観的に見た場合、自分の妻と自分の母親の言ったことが『真実』だろうと言うことを。
"逃げた" と私の母親が語る、父親が怒鳴り込もうと電話をかけてきた際、家を空けたことについては
「俺のカミさんであるお義母さんの娘と、俺の息子であるお義母さんの孫に、もし万が一、身の危険があってはならないと "二人を守るために" とった行動であり、その上で自分の母の行動は理解できるし正しかったと思います」
と、答えた。
私の母親の頭に益々血が上っていく。
「違う!そんなの嘘!うちのお父さんがそんなことするわけないじゃない!ただ話し合うつもりだったのに!嘘を聞かされてるんだ!」
「私に言ったこと謝って欲しい!謝ればそれで終わりにしてやる!謝りなさい!謝れー!!」
私の夫は折れなかった。
毅然として自分の意思を告げた。
「間違ってると思わないので謝りません!」
その瞬間、母親は血相を変え憤怒の形相となり叫んだ。
「このぉー!よくもー!!」
半狂乱になった私の母親は、力の限り私の夫を殴り、防御されると掌を広げ指先を立てて思いっきり引っ掻いた。
何度も、何度も....
攻撃を止まない、節だった土気色のその手は、まるで魔女のような骨の浮き出た冷たい手だった。
およそ三時間、母親の車に軟禁状態で夫は耐えた。
母親は何かに取り憑かれたかのように、もはや理性も自制心も無くしていた。
夫は、恐怖心より不気味さを強く感じたのだった。
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