第9話 発火
廊下からスリッパを履いたパタパタ歩く音がして、居間の扉がスッと開き、姑が入ってきた。
姑は、一瞬驚いたように立ち止まったが、気を取り直して静かに近づいてきた。
平静に、母親の顔を覗き込むように声をかけた。
「あら、お母さん。いらしてたんですか?」
明るい声でそう言った途端、姑はただならぬ雰囲気に気付き、スッと真顔になり私の母親と向き合って座った。
「いったいどうしたんですか?」
母親はキッと私を睨むと
「親の言うこと聞かないんだから!」
と、姑の問いに答えず、挨拶もせず、私に向かって言い放った。
まるで "他人が口を挟むな" と態度で示しているかのように。
姑はイラつきを抑えながら平静を保ちた続けた。
「お母さん、何もここでそう目をつり上げて怒ることないじゃありませんか?何があったかわかりませんが、可愛そうに、泣いてるじゃありませんか。こんなに泣かせるまで怒ることないんじゃありませんか?うちの家の中でやめてくださいよ。もう、うちの家族なんですから」
そう言って姑は私に視線を移し、母親に私が子供を抱えて泣いてる姿を落ち着いて見るよう促した。
しかし母親は相手に対して怒りと憎らしい感情をもろにその顔に写し出し、姑に言葉を発した。
「私の顔、目がつり上がってますか?」
「えぇ、それほどに見えますよ」
姑の返しより、母親の言葉に違和感を感じた。
そして、次々に自分の不満を口から溢れさせていった。
電話をかけてこない、孫を連れてこない、産後の面倒を見てあげたのに知らんぷりだ、等々。
姑は呆れたような顔で
「孫に会いたいならどうぞうちに来てください。電話がしたいならどうぞかけてきてください。そうそう毎日でなければ構いませんから」
そう言うと姑は時計を見た。柱時計は午後4時40分を指していた。
「私もまだ仕事がありますから、今日のところはこの辺にしておきましょう。ねぇ?」
と、母親にひとまず帰るよう促した。
母親は唇を噛み、ハンカチを持つ手に力を込め、抵抗するようにモジモジしている。
そしてゆっくり、私を睨みながら立ち上がった。
納得がいってない様子で、なかなか玄関へ進もうとしない。私も立ち上がり何も言わずにいると、ようやく少しずつ歩を進め、玄関のドアが閉まる最後まで私から目を離さなかった。
それでも、ようやく帰っていった。
とにかく母親がこの家から出ていってくれて、私は安堵した。
1時間半後、電話が鳴った。
実家からだ。少し戸惑ったが私が電話を取ると、突然、
「うちの女房に何言いやがった!ちきょう!今から行ってやるからな!待ってろよ!このやろう!」
父親である。
母親に良からぬ事を吹き込まれた父親が怒鳴り込んでくる。
受話器越しの娘の声すらわからないほど興奮している。
心臓がざわめき始める。
なのに頭から血の気が引いていく。
私は急いで姑に危険を知らせた。
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