第8話 前兆
実家を離れ、夫と姑と暮らす家に帰ってからの生活は慌ただしかった。
2時間毎のミルクにオムツ替え、寝ている間に炊事、洗濯、掃除に姑の事務仕事の手伝いと、目まぐるしい日々を一生懸命こなしていた。
子供の首がまだ座っていないこともあり、外出は食料品の買い物すらままならなかった。
実家から戻り、3週間程過ぎたある日の夕方、居間で息子にミルクをあげた後、ふと顔を上げると庭の方に人の気配を感じた。
この時、この家には私独りきりだった。姑は仕事で外出中、夫はまだ帰宅していない。
私は立ち上がり、窓越しに庭に近づき目を凝らした。
母親だ...!
私は息を飲んだ。
母親が木の影からこちらを覗いている。
というか、睨んでいる?
嫌な感じがした。
明らかに母親の表情がおかしい。
何故、表の玄関を通りすぎて庭に入ってきてるのか?
私は気が進まないが玄関へ向かった。
そのままにできないだろう。姑に見られたら大変だ。
「何やってんの?こっちから来なよ」
玄関を開け、普通を装い声をかけた。
「...誰もいないの?いいの?」
目は窪み、眉間には深くシワが寄り、目が...普通ではない。
私は母親を居間に通したのだが、危険を感じ、母親に抱かれる前にと、咄嗟に息子に駆け寄り抱いて座った。
「ああ、しばらく見ない間にこんなに大きくなって...!ああ、私の孫!」
息子を抱く腕に力が入った。
「 "しばらく" ってそんなに経ってないじゃない!」
私がそう言った途端、母親は憤怒の形相になった。
「何週間たったと思ってるの?帰ってから何の連絡もない!こっちは心配してるのに誰も何も言ってこない!何でたまには孫を連れてこないの!?電話も掛けてこないのは何なんだ!」
母親が怒鳴り出して止まらなくなった。
実家から帰ってきて1ヶ月も経ってない。私は電話をしなかったことは謝ったが、今の生活の状況を説明し、首の座ってない息子を連れ歩く不安を説明した。
それでも母親はヒートアップしていった。
「それは実家に帰らない理由にならない!こっちの親に『実家に行くな』って言われてるのか!」
「そんなこと言ってない!」
「そんなら何でだ!こっちのお母さんにいいように使われて!あんたをこっちのお母さんの "お手伝い" にするために嫁にやったんじゃない!」
私も段々と興奮していく。"嫁とはこうしなくてはならない" ということを散々私に説いてきた母親が、実践している私を、してもらってる姑を、否定し始めている。
母親の言う "嫁" とはいわゆる昭和の "嫁いだ家のため身を粉にして尽くす嫁" の事である。私は幼い頃から、母親が恥をかかないようにと "嫁の心得" を散々いい聞かせられてきた。
だが今になって、私にそうしてもらってる姑に嫉妬しているのだ。
なんとか理解してもらおうとするが、母親の怒りは私が考えるものとズレていた。
「近所の人や友達に『娘さん孫を連れてこないの?』って言われるの。皆、孫自慢するのにお母さん何も言えないのよ。あんたはこっちの親の言いなりになってばっかり!私が悔しいのわからないの?何でお母さんの気持ちわからないの?『娘が孫を連れてこないんだって』って、世間に笑われてるのよ!」
私は言葉に詰まった。
「何で自分の親の言うこと聞けないの!?」
私の目から涙が溢れ、止まらなくなった。
この人は、どこまで私を支配すれば気が済むんだ。
結婚して、夫の家族と暮らして子供を産んで親になった。
それでもなお、
「親の言うことを聞け?」
何を言っているんだこの人は。どこまで私を苦しめるつもりなんだ。
ガチャ...
玄関の開く音がした。
姑が...帰ってきた。
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