第5話 傷つくプライド
父親が帰港してから、私はよく父親と衝突するようになった。
嫁ぐ娘の父的心境からナーバスになっているのかと思ったが、父親の怒りのスイッチが理解できない状況で入ってしまうのに辟易していた。
母親はよく父親のことを
「お父さんは小さい頃から両親がいないし、ずっと船の上でしょう?常識がわからないのは仕方ないの。これでもお母さんが長年いろいろ言って聞かせてきたのよ」
と言っていた。
私は母親のこの
"言い聞かせる"
という台詞が子供の頃から嫌いだ。
「あなたに言い聞かせて育ててきたのよ」
と、私に対してもよく使う台詞だった。
私はどうしても
「私の意のままにコントロールしてきた」
と聞こえるのだ。
口数が少なく、お酒の力を借りないとまともに話せない父親は、学歴コンプレックスが影響してか、それとも親がいなくても兄弟に頼らず、自分一人で生きてきたという自負からか、少しでも
"バカにされた"
と感じると発狂してしまう。
それは相手にその気が無くても関係ない。
その日の夜も父親は突然私に怒鳴り出した。
居間で結婚式の招待状と来賓の名簿を照らし合わせていた私は、怒鳴られる理由も何も身に覚えがない。
にもかかわらず、怒鳴り散らす父親に腹が立ったが、あえて冷静に、私は私の行動と言動の意味を淡々と説明した。
すると、今度はその私の態度が気に入らないと、さらに怒りを増していった。
そんな父親にさっさと見切りをつけて自分の部屋に戻った私を、母親がバタバタと急いで追ってきた。
「お父さんに謝って!」
「謝るようなことはしていない」
私は目を合わさず答えた。
「お母さんが困るの!お父さんに"お前の育て方が悪いんだ"って、お母さんが怒られるの!とにかくお父さんに謝りなさい!あなたが謝れば収まるから!」
そうだ。いつもそう。
母親は自分のために私を利用する。
自分の価値を上げるも下げるも私に起因するかのように。
私は
"結婚式を挙げるまで"
と自分に言い聞かせ、必死に感情を抑えて母親に従った。
母親は満足そうに父親をなだめた。
結婚式を間近に控えたある日曜日、仲人夫妻が訪ねてきた。
細身で黒髪のオールバックの建設会社社長は腰が低く、ふくよかで目元がパッチリしている社長婦人は愛想のいい笑顔が好印象だ。
肩書きに弱い両親は、"会社社長"の肩書きを持つ仲人夫妻の不意の訪問を大歓迎した。
ご機嫌で話が止まらない母親に、仲人夫妻は戸惑っているようだった。
母親がお茶のお代わりを差し出し、座り直すタイミングで一瞬、間が空いたその時、
「あの、今日はお話がありまして」
社長の言葉にやっと母親は落ち着いた。
両親が話を聞く態勢に入ったのを確認し、社長は続けた。
「大変申し上げにくいのですが、この度の仲人の件、お断りさせて頂きたいのです」
母親の顔から血の気が引いた。
「...え?」
「式を目前にして大変申し訳ないのですが、どうか...」
仲人夫妻は揃って深々と頭を下げた。
父親は終始何も語らなかった。
夫婦はただただ誠心誠意謝罪した。
母親は青ざめたまま呆然としていた。
母親は代わりの仲人を強く要望したが、日も差し迫っていたこともあり、結婚式に仲人はそのまま立てないこととした。
ホテル側から
「今の時代、仲人のいない結婚式も珍しくないですよ」
となだめられても母親は納得いかない様子で、終いには彼の母親を悪者にし、恨み節が続いた。
「親戚や他の来賓が何て言うか!あっちの親はなぜ平気なの?仲人がいないなんておかしいと思われるじゃない!世間に笑われてしまう!」
結婚披露宴当日
沢山の祝福を受け、彼と私は夫婦となった。そして、皆が笑顔で過ごした。
ただ一人納得してない人物がいた。母親だ。
親戚の何気ない
「仲人、立てなかったのね」
という言葉を耳にする度に、母親は唇を噛みしめ、ハンカチを強く握りしめた。
恨めしい目付きで。
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