第3話 親のメンツ

 私が結婚したのは24才の頃。夫は会社勤めの29才だった。

私は仕事を辞め、夫の母との同居を了承し、その母の仕事を手伝う事を承諾した。


 私の母親は気に入らなかった。


母親は彼が片親であることに不満があった。そして何より、私の姑になるだろう彼の母親が気に食わなかった。

 私の母親にとって離婚は結婚生活の脱落者。その上、化粧品の訪問販売を手掛けているという仕事、メイクや服装、マニキュア...

その一つ一つが娘の姑として、母親として、女として、認めることができなかったのである。


 だが父親の

「駆け落ちされるよりマシ」

という言葉で渋々承諾した。


 それでも彼には

「銀行員だもの。もっといい人と結婚できたけど仕方ないから」

と、皮肉を忘れなかった。


 当初、私達は結婚式を挙げるつもりはなかった。結婚式にお金を使うより今後のため、将来のためにと考えていた。


「それは困ります!うちにとって一人娘の結婚です!キチンと世間に恥ずかしくないよう式は挙げてもらわないと!」


 母親は戦闘体勢に入った。


 彼の親戚のつてでお世話してくれるという人に仲人をお願いし、町一番のホテルで結婚式を挙げることになった。

その人は町で名の通った建設会社を経営しており、母親にとって納得のできる仲人となった。


「神奈川の伯父さんと、福島の義兄さんも招待しなくちゃ。それと、あなたの銀行の方は今の支店長と入社したときの支店長は必ずね」


母親は浮かれ、はしゃいでいた。


 ある日の午後、式場であるホテルの担当者が自宅を訪れた。

小柄で猫背のその男は、一見、愛想は良いが私は何となく警戒心を持ってみていた。

 母親は町一番のホテルマンが現れたことにご機嫌である。

ひとしきり、挨拶やら世間話で和んだ頃、

「来賓の席数の件でちょっと...ご相談がありまして...」

と、ホテルマンが本題に入ってきた。

 ホテルの担当者が言うには、新郎側の来賓より新婦側の来賓の方がかなり人数が多いので、バランスをとる上で新郎側に人数を合わせてくれないか、ということだった。


 母親は一瞬で冷たい顔つきになった。


背筋をスッと伸ばし目の前の小柄な男を見下ろした。

ホテルの男は目を大きくし、身構えた。


「こう言ってはなんですが、あちらは母子家庭ですから親類は母方だけでしょうけど、うちは両親揃ってるんです。その分、親類が多いのは当たり前じゃないですか?あちらがうちに減らすように言ってきたのですか?」


母親の変貌の早さと威圧感に、ホテルの男はたじろぎながら


「あの、実は費用の面でも新郎様側からご相談がありまして...」


母親の顔がみるみる紅潮し、テーブルの上で握り拳が震えてる。


「結婚式代を値切るなんて...そんな恥ずかしいことを!うちはそのままの費用を支払いしますから何も減らさないでください!親の務めとして当たり前じゃないですか!娘にかかる費用も全部こちらでお支払いするんですから!」


 一気に不安が募った。

この先、どうなるのだろうか。私は無事に結婚できるのだろうか。


 その夜、私は必死で訴えた。

彼の側は元々式を挙げるつもりがないにもかかわらず、こちら側の希望を聞いてくれたこと。彼も自分の母親を気遣い、ホテル側と交渉しただけなのだということ、それでも精一杯こちら側に配慮してくれてるのだということを懸命に訴えた。

が、何を言っても母親には何も通じなかった。


ただひとつ、費用は親のメンツから私が負担しなくていいことがわかった。






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