第16話 変えたい世界

 ブレイクの言葉は、昔から私が抱いてきた夢だった。


『第二皇女』としてではなく『ただのアモル』として私を見て欲しかった。


どんなに恋焦がれたとしても

決して手に入れることの出来ないモノだと諦めていたもの。


それが今私の周囲にある。


ちっぽけな、知力も権力も持たないただの少女の私に

ただ純粋に親愛を向けてくれる人たち。


喉から手が出る程に欲したそれを無に帰してまで

自分の命を捨ててまで

この王位争いを捨てることを選ばないといけないのか


答えは出なかった。


「……まぁ、姫さんがどう思おうがそれは自由だ。

でもな、一言くらいは相談するべきだと思うぞ」


そう言ってブレイクは重く閉まったはずの扉を一瞥する。


そこには


唇を固く結んだヴァールハイトと

悲壮の顔をして、今にも涙を流しそうなリューゲの姿があった。


(あぁ、また悲しませてしまった)


言葉に出来ない思いは風にさらわれる事もなく頭の中で反響し

そこの乗せるべきだった思いは増幅される。


「ごめん、なさい」


口に出来たのはたったの一言。


それも込み上げる思いと涙に邪魔されて

うまく紡げたとも思えない震えた声しか出なかった。


死が怖かった訳じゃない。


生きたくなかった訳じゃない。


でも

世界が、運命が

私の命を早々に見放してくれればと願った事もあった。


それでも

私の手を、心を掴んで離さない友がいる。


幼い頃から願い続けた数少ない友人という存在。


それを、何度も悲しませてしまう自分が

嫌でたまらなくて


どんな方法で償えばいいのか

どうすれば笑ってくれるのか

それが分からない自分が不甲斐なくて


やはり王になるべきではないという思いと

王になることを願う友人の思いを叶えたい衝動とで


私の心は酷く揺れている。


だから、一度溢れた涙は留めることが出来ず

震え出した手もまた止まらないのだ。


「アモル!」


リューゲが悲壮な顔のままこちらへ向かってくる。


そして


手を広げた彼女はそのまま私に飛びついて

それとほぼ同時に、身体全体が沈み込むんでいく感覚に襲われる。


ドスっと響く音と背中に感じる鈍い痛み。


「リューゲ!!やめないか!!」


そう叫ぶヴァールハイトの表情は全く見えなかったけれど

その声が少しだけ震えていた。


涙で滲んだ世界では

目の前にあるはずのリューゲの顔すらまともに認識出来なくて


遠くの視界に映るのは暗い空に瞬く星々だけで

 

2人が怒っているのか、それとも悲しんでいるのか

ブレイクはどんな思いでここに居るのか


何ひとつ理解出来ないまま

やはり私はこの世界に生きている。


 涙しか浮かべることができない私が皇になどなれるのだろうか。

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