第15話 蔑まれる姫

 屋上へ出た私は、その端へと歩みを進める。

空はまだ暗く、星々が輝くそれはまるで祝福の火のように

爛々と煌めいている。


ここはその昔、レ・ワイズ様が転落死した場所。

そこでまた、命を落としたとなれば

なんと噂が立つのだろうか。


でも、それでも

こうでもしなければこの国に未来はない。

 

「お前がそこから飛んでその命を投げ出して

王位継承権を放棄したところで誰も喜ばんがな。」


 低くハッキリとした声が聞こえる。

誰もいないと思った場所、邪魔など入らないと思った屋上に。


「ブレイク…」

振り向いた先、私が開けた扉の裏にいたのは

服の上からでもわかる鍛えられた肉体、そして人々を見下ろすほどの長身


拳での戦いを得意とする騎士ブレイクだった。


カムラ姉上の騎士だ。

 

「おや、籠の姫様は俺のことを知っていたんだな」


意外だ、とでも言いたげな表情で言葉を紡ぐブレイク。

 

[籠の姫]

 

それが私の蔑称。

 

幼い頃から外交や視察など

様々な場所へ赴いていたセレナーデ姉様と真逆で


生を受けてからというもの

一年の殆どを王宮内で過ごし

姿を現すのも王女、国王の誕生祭くらいなもの。

あとは王宮より発行される王宮時報紙に掲載される程度。


その露出の少なさ故についた名が


[籠の姫]


王の寵愛を受け

民の姿も

民の心も知らずに育った姫

 

それが周囲に映る私の姿。


「カムラ姉上の大切な騎士様ですもの」

 

そう一言だけ返す。


[籠の姫]はもう聞き慣れた言葉だが、確実に私の胸に刺さる。


今まで誰の力にもなれず、誰かの助けを呼ぶ声も聞かず

生きてきた私の心には深く残る。


「…カムラが言う通りか。」

 

深いため息を付きながらブレイクはそう呟いた。


「…悪かった。俺は口が悪い。

つい、試すようなことを言った。」


後頭部を右手で掻きながらブレイクは続けた。

 

「…籠の姫だとしても

その心までは檻には囚われていない…か。」

 

 先程までとは違う

相手を威圧する声ではなく

風に拐われて消えてしまいそうな声でブレイクは紡いだ。


そんなことを姉様が話していたのか

そんな風に思ってくれていたのか


知りたいことも、聞きたいことも


胸に秘めたまま口から出ることはなかった。


「…まぁ、お前はお前なりに生きて

生き抜いた上で王位を放棄するならその方法を探すんだな。」


私の沈黙を何ととったのか


ブレイクは話を続ける。

 

「死んだところで……悲しみを生むだけで何の解決にもならん。」


少し俯き加減で紡ぐ言葉。


彼は確か、カムラ姉上の騎士になる前に

家族を失っていると聞いている。


自らの手で、家族の縁を断ち切ったとも噂されていたはずだ。


「世界の真実は1つだ。

だが人の言葉がそれを複雑にし、1つを幾つにも増幅させるんだ」


「お前には、お前を大切に思ってくれる人がいるだろう?

そいつの為に、もう少しだけ生きてみると言うことは思わないのか?」

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