第29話 昭和49年新城市

 自宅にてケースから出したものは銃身と機関部だ。雨宮が県警本部の保管庫から取り外し持ち帰ったものである。

 本部保管庫の名古屋5号はウッド部分のみとなったがそこには別の銃身と機関を組みつけた。

 雨宮は自己保有として同型のゴールデン・ベアを所持していたのだ。その銃身と機関を取り外して本部の5号に組み込んだわけである。



 2年前から装備課にて銃器管理を担当していた。

新型銃豊和M1500の導入に伴いゴールデン・ベアの廃銃処分が決定した。

昨日で5号は溶解処分済みとなり、書類上はこの世に存在しない銃となった。


 名古屋5号に限ればともいえる精度を誇る。

量産銃の中には稀にこのような傑作が生まれる。

この世から消し去るのはあまりに憾悔でありこのような無法な手段を尽くしてでも残すことにした。



 最大難関は、打刻番号の確認だ。

作業前に一度打刻番号の照らし合わせをする、その時にすり替えが露見する危険があるのだ。

 だが雨宮には秘策がある。


 通常、切断処分前に担当官が打刻番号を読み上げ、同時に委託先の民間作業担当者が目視により適合確認してから切断する。このときにトリックを仕掛けた。

 幸い担当官は雨宮である。命令書を広げ打刻番号を大きな声で読み上げた。作業担当者は

「まちがいありません。」

 と応答して名古屋5号を三分割して切断処理完了報告書に署名した。

これでこの世から5号は無くなった。



 しかし実際は違っていた。

命令書の記載番号は本来の5号であるが、作業担当者が受け取った銃は別の番号が打刻された同型のフレームであった。当然5号の打刻とは違う。


 雨宮はその番号を記憶していた。目の前の書類は広げているだけである。実際には記憶の番号を唱えたのだ。

武蔵坊弁慶のと同じ要領である。


 子供だましのような手だが、現実の廃棄作業は半ば形骸化しており、数さえ合っていれば誰も疑問を持つことなど無かった。

 まして機関のすり替えを疑う者などいない。


 すでに雨宮の心は壊れていた、いつ壊れたのかわからない。

 伊勢湾の事件からなのか マニラ市街地で大勢殺したときからなのか

 ゴールデン・ベアを丁寧に組み上げた。クロームモリブデンの銃身は黒く鈍く光った。


「この銃は俺だ。」

「竜造!俺は銃となって。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る