第24話 月あかり
佐藤からの本部壊滅の連絡を受けてから代行の木下は機嫌が悪い。
「何のために戦力の大半を本部に置いたと思う、どいつもこいつも使えない連中だ、たった一人に全員やられおって。」
15人ほど配置すれば相手が須藤でも負けることはないと踏んでいたのがまさかの大敗である。
「こともあろうにこの場を吐くとは言語道断だ。佐藤め、指を全部飛ばすくらいじゃ済まさんからな。お前ら、須藤はもうすぐここに来る、なめて掛かるなよ。だが絶対に殺すな、何としても生け捕りにしろ。本間、澁谷、お前らにかかっている期待しているぞ。」
本間と澁谷は組織子飼いの殺し屋でコンビを組んで仕事をしている。こんな時の為に普段から遊ばせ無駄飯を食わせてきた。
倉庫には殺し屋コンビの他、若中の宮崎がいるがこの若造は頼りにならない。
「女は殺さなくて正解だった、こんなやつでも切り札になるぜ。」
みゆきは全裸にされ椅子に縛り付けられ体中傷だらけである。左手の人差し指と中指があらぬ方向へ折れ曲がっていた。激痛のあまり失神している。
上着のポケットのスマホが鳴る。
「代行、来ました。須藤です。」
見張りに行かせた石井からの連絡であるが、すぐに受話器から鋭い銃声が聞こえた。ドサッと人の倒れる音と、カツンというスマホがアスファルトに落ちる音がスピーカー越しに聞こえてしばらく静寂が続いたがやがて、
「木下、首洗って待っていろ。」
須藤の声に変っていた。
「てめぇ、裏切り者はどうなるかわかっているのか、女の命はないぞ。」
「笑わせるな、はなっから生かして帰す気なんか無いくせに、勘違いするなよ俺は女を助けに来たわけじゃない、殺しにきたんだよ。お前をな、」
電話は切れた。
みゆきを見捨てたわけではない。小心で打算的な木下の性格はよくわかっている、何よりも保身を最優先させる男だ、人質を無意味に殺すはずはないと踏んでいた。
須藤のツァスタバの残弾は銃に9発、予備マガジン1ラウンド9発ある。鹵獲したマカロフは中国製の59式だ。8発入りマガジンを2ラウンド手に入れたので弾数は充分である。
須藤にとっての脅威は本間と澁谷で一度に二人相手では勝算はない。一人なら辛うじて競り勝てる。だが今の須藤は満身創痍で片方相手でも勝敗の行方は微妙である。
路肩のフォークリフトの陰に隠れて倉庫方向を見るが暗闇で何も見えない。
銃火が瞬いた。乾いた銃声とともにフォークリフトにカンカンカンと音を立てて着弾する。こちらの位置は丸わかりのようだ。
二人は米軍払い下げのノクトビジョン(暗視装置)をかけていた、相手が放つ赤外線を可視化させることにより闇でもその動向を見ることが出来る優れものだ。
本間はキャリコM110というアメリカ製のSFチックな外観の珍銃を持っている。ヘリカルフィードマガジンという螺旋型弾倉は何と100発の装弾数を誇る。弾は22リムファイアと低威力だがその分反動は少なくストレスフリーの連射ができる、一気に弾幕を張ることができるが欠点は機構が複雑で弾薬の装填にやたらと手間がかかることだ、もっとも100発撃ち尽くす前には仕事は終わるので問題はない、援護射撃向きの銃である。
澁谷の銃はクーナン357マグナムオートというアメリカ製ハンドガンだ。コルトM1911タイプのオーソドックスなオートだがその名の通りリボルバー用357マグナム弾が専用カートリッジである。製造元のキャッチフレーズは「対ゾンビ用」というふざけた内容だが高威力であることは間違いない。一撃必殺向きの銃である。
フォークリフトに牽制の射撃をしたのはキャリコの本間だ。
銃火の位置は50メートル程先であるが暗すぎて須藤の視力では閃光しか見えない、だが敵の作戦はみえていた、牽制でフォークリフトに須藤を縛り付ける本間と、静かに近寄り仕留める近接戦の澁谷のコンビネーションプレイである。
須藤は陽動の為にフォークリフトの左手側からマカロフだけを出して適当に乱射した、敵に当てる必要はない、マカロフは左手で握っている。右手にはツァスタバを持っていた、こちらが須藤のメインウェポンだ。
呼応するように敵も撃ち返してくる。何発も車体に着弾する。
眩暈に襲われた、腹からの大量失血のせいであろう、残り時間はさほどない。少しでも体力を温存するためボディにもたれかける。倉庫方面に背を向ける形となったが問題はない、今は本間を放っておいても構わない。
むしろ倉庫とは反対側、すなわち須藤が身を晒している方角の方が本命である。そちらから実行役の澁谷が来ると予想していた、その姿をこちらが先に見つけだし仕留めなければならない。
闇が深すぎて視界は不良である。加えて著しく体力が低下した今目も霞んでいる。旗色は限りなく悪かった。
何故か闇の奥からから声が聞こえた。須藤は幻聴を疑う。
「警察だ。銃を捨てろ。」
幻聴ではなく間違いなく肉声である。ハスキーだが女の声だ。
多恵は慎重に歩く、スニーカーなのでさして足音は出ないが、自分では一歩一歩が鳴り響いているような錯覚を覚える、先の方で閃光が瞬き銃声がしていた。その音量は近づくたびに上がってゆく。
誰と誰が撃ちあっているか見当はつかないが、手前側の閃光が光る度に地面に腰を下ろしてフォークリフトのボディにもたれかかっている人のシルエットが浮かぶ。
ドレッドヘアーであることからそれが須藤だと分かった。銃を撃っているがろくすっぽ狙っている様子はない。
その須藤に近づく後姿があった。銃を構えた姿勢を取りながらゆっくりと近づいているのが分かる。須藤を撃つ気なのであろう。
多恵は叫んだ。
「警察だ、銃を捨てろ」。
振り向いた男は顔面にカメラのようなものを張り付けている、手にはオートが握られている。轟音とともに多恵は腹に強烈なボディブローのような衝撃を受けたが、同時に自分も撃っていた。
男はその場で斃れた、シグの32ACPはビジョンを砕き右目から入って頭蓋の中を暴れまわり小脳で留まっていた、即死である。
多恵は激しく咳き込む、強烈な痛みであった。幸い多恵のボディアーマーは44マグナムまでは耐えられるレベル3‐A仕様なので肉体への被弾は免れた。だがボクサーのパンチと同程度の衝撃は避けられない。
多恵は気を取り直してフォークリフトに近づく銃を構えたままだ。須藤は銃を握っているが両手とも力が入らないのか地面につけて動かそうともしない。
「須藤鋭二ね、殺人で逮捕状が出てるわ、立てそう?」
「ああ、アンタ知ってるぞ、箱舟に来ていた女刑事だろ、あんときゃ仕留めそこなったが、おかげでこうして今助けられたわけだ、だがそれも無駄なようだな、腹に一発喰らっていてもう長くない。」
「死ぬかどうかなんてまだわからないわ、とりあえずこの場から逃げるわよ。」
「いんや、そういうわけにはいかねぇ、先の倉庫に俺の女が捕まって人質にされている。みゆきという女だ、お人好しのバカだが助けてやってくれ、俺はもうだめだ。倉庫の中には木下という外道がいるがヘタレのクズだ。それより問題は倉庫前にいる本間という男だ、腕が立つがあんたなら仕留められる。頼むぞ姉ちゃん。」
そう言うと須藤は最後の力を振り絞って立ち上がりフォークリフトの陰から躍り出て咆哮を上げながら両手の拳銃を乱射する。
本間の放った反撃の22リムファイアは次々と体に食い込むが須藤は構わず二丁拳銃を前に突き出し乱射しながら歩く。
多恵は須藤の意図を理解し倉庫前で瞬く銃火を狙ってシグを撃つ、機銃の如きラピッドファイアだ、たちまち弾倉は空になったが同時に倉庫前の銃火はおさまった。
「最近の女ってやるなぁ、大森もすげぇが、アンタも凄い。」
仰向けの須藤は血だらけで虫の息だ。
「しゃべるな、すぐに病院に運ぶ。」
「ブツは川崎にある。俺のスマホの位置情報のデータを調べりゃわかるはずだ。みゆきを頼んだぞ。」
須藤はそこで息絶えた。
倉庫は亜鉛メッキ鋼板で造られたありがちな中規模の港湾倉庫で看板は無い。大型のスチール引き戸がある。
慎重に近寄ると頭や胸から血を流して倒れている男がいた。息は無く傍らには壊れたノクトビジョンとキャリコが転がっていた、アニメやゲームではおなじみの銃だが実銃は初めて目にする、ガンヲタとしては触りたい欲求にかられるが現場の証拠品に触れるのは警察としてご法度だ。あの距離で銃火をたよりによく当てたものだと自分で感心した。
倉庫内は灯りが付いているらしく鉄扉の隙間から光が漏れていた、多恵は勢いよくスチールの引き戸を開けるが中には入らない、スチールドアの陰に身を隠して様子を窺う。
「お、おい、どっちだ?本間か?須藤はどうした?」
か細く上ずった声が聞こえてきた。木下である。
「おい、返事をしろ。誰だ須藤か?おい宮崎、お前が見に行ってこい」
「いやですよ、勘弁してください。俺もう足洗って堅気になります。」
若い男の泣き言が聞こえてくる。中の戦力は二人と確定した。
「てめぇ、撃ち殺すぞ、とっとと行け。」
宮崎と呼ばれた男は「ひぃ」と泣きながら出口に近づく、ガサツな足音が響き索敵の意味をなしていない。
「誰だぁ、出てこい。」
凄みのかけらも感じられない情けない声が聞こえ、出入り口からリボルバーが突き出される。多恵は弾倉を鷲づかみで握りこみ引き寄せた。釣り上げられた魚みたく若い男がたたらを踏んで現れる。宮崎は慌てて引き金を絞るがダブルアクションのリボルバーは回転弾倉を固定されると引き金は動かない。
多恵は手首を返して銃をねじると宮崎の指は音を立てて折れた。続いて左の裏拳で顔面を殴ると頬骨が砕けて昏倒した。
銃はフィリピン製スカイヤーズビンガムのリボルバーだった。コルトディテクティブのコピーである。多恵はビンガムを遠くに投げ捨てた。
「なんだ、宮崎、どうした?」
中から木下の情けない声が聞こえる多恵はサクラを構えながら無言で倉庫に入った。
木下は椅子に座る全裸の女後ろに立ち銃を向けている。上等な背広を着ているが小狡そうな顔つきである。
「誰だてめぇ、俺は迅馬組の組長木下だぞ。」
と精一杯凄む、
「ヤクザってのは弱い奴ほど組織の看板を出したがるな、それにお前は代行だろ勝手に組長を名乗るなよ、須藤は死んだよ。表にいた二人もアタシが片付けた。ミヤザキってガキは外でオネンネしてるぜ、残るはお前だけだ。観念しろ木下。」
「まさか、本間と澁谷がやられるはずが、お前は何者だ。」
「ケーサツだよケ・イ・サ・ツ、須藤をパクリにきたけど間に合わなかった。まぁお前で我慢しておくから銃を捨てて大人しく捕まれ、今ならサービスで命は助けてやる。」
「近づくな、この女を殺すぞ。もうすぐ本家から応援が来る。お前がいくら手練れでも一人で何ができる、嬲り殺しだ。」
木下は多恵に向けていた銃口をみゆきの頭頂に押し当てる。
「おい、その女須藤の女だろう。ちゃんと生きてんのか?ピクリとも動かんぞ、死体は人質になんねーぞ、」
「うるせー生きとるわ、こら、お前、起きろ」
木下はみゆきの髪をつかみ乱暴にゆすり銃把で小突いた。視線を目の前の憐れな女に落とし、銃口も頭からそれている、その隙を多恵は見逃さない。
サクラを二連射する、二発の38スペシャルは二の腕の内側の腱を切断して肘関節を粉砕した。木下は赤子の泣き声みたいな悲鳴を上げてうずくまった。銃は床に落ちているS&WM39の9ミリオートマティックだ。多恵はうずくまる木下の腹を蹴りとばす、つま先が鳩尾にめり込み木下は悶絶し白目をむきながら気絶した。
みゆきの縄を解き床に寝かせる、ひどいケガだが息はある。木下の上着を脱がしてみゆきを包む、改めてみるとみゆきは行きつけの弁当屋さんの女の人であることが分かった。木下は後ろ手錠でそこらへんに転がしておく。
みゆきのような普通の女性がなぜ須藤みたいな極道とくっつくのか男女とは不思議なものだと多恵は思ったがよく考えれば自分も済む世界が違う伸郎が気になりだしている。
伸郎は応援と合流できたかその安否が気になり確認のためスマホを取り出したその刹那、倉庫の入り口から二人の人影が乱入してきだ。
増援のSATではなかった。身なりがチンピラ風でいきなり撃ってくる、警察の応援は来ずに逆に敵の増援が来たのだ、
床を転がりながら伏射で応戦する、内一人の頭は撃ち抜いて斃したがもう一人は肩に当たり仕留めそこなう、男は早々に倉庫から退散した。本家鳳凰一家の応援など木下のブラフと高を括っていただけに予想外の展開で絶望感は大きい。
折しもサクラの弾倉は空になる、もし襲撃者が退却せずに踏ん張れば多恵の命がなかったところだ。木下のM39を拾う9ミリパラベラムが八発、今斃した男の銃も拾った。USSRマカロフであるが二発消費済みで残弾六発であった。やむを得ない場合を除き証拠物に触れるのはご法度だが今は生き残ることが先決だ。本部の応援が来るまではこの戦力で持ちこたえるしかない。
取り合えずみゆきを一番奥の隅に寝かせておいて鉄扉のかげから外をうかがうと三〇メートル先にセダンが四台二列ハの字でとまっているのが見えた、おそらくその向こうに増援組がいるのであろう。多恵はマカロフを一発外へ向けて撃ってみる。
大多数の銃声とカカカカカンという鉄扉への着弾で敵の数は「大勢いる」ことしかわからなかった。今突入されたらひとたまりもない。完全に詰みの状況だ。
野太い号砲が遠くから聞こえる、セダンの位置からではない。もっと遠くからだ。悲鳴とざわめきが聞こえてくる。増援組の連中に何かが起こったのだ。再び野太い銃声が轟く、またもやどよめきが起きる。
「あっちだ、あっちのビルだ」
そんな叫びとともに一斉射撃が始まる。なぜか倉庫に着弾は無い、奴らは逆方向にある建物に向けて銃を撃っている。捜査本部からの応援が来た訳ではなさそうだ、パトライトなど何処にも無い。
彼方の建物の屋上で閃光が走る、多恵からでもよく見える、青白くて長い閃光だ。轟きとともに空気が震える、増援の連中は次々とセダンのこちら側に回り込んでしゃがみだした。多恵のいる倉庫に背を向けた状態でもう多恵のことなど気にもかけていない様子だ。反対の建物の屋上からの攻撃に備えている。
多恵は慎重に数える、その数11人、肚を決めた。鉄扉のかげから躍り出てM39の9パラをラピッドファイアで浴びせる。すぐに弾倉は空になったがそれで5人が倒れた。
予期せぬ挟撃に慌てて残りの6人は振り向き立ち上がって多恵に応射する、腹や顔に重い衝撃が走り顔面の防弾ライナーに蜘蛛の巣みたいなヒビが入る。6人の内3人の頭が次々と破裂して消失した。遅れて轟音が鳴り響く、多恵は残弾五発のマカロフを掃射して3人の頭を撃ち抜く、鳳凰一家の襲撃者たちは全滅した。セダン周辺には多くの死体が転がりあたりは血の海になっている。
曇り空が晴れて月が出る。建物の屋上には細身の人影が照らされる。それが誰であるかは言うまでもない。
「待ってろ、そこを動くな。サシで勝負だ。」
マカロフを投げ捨てるとボディアーマーとヘルメットを脱ぎ多恵は駆け出した。
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