第23話 埠頭

 伸郎と多恵はアーマーベストと防弾ヘルメットで身を固めてSAT先導で迅馬組本部に突入した。

 死者13人生存者1人、佐藤と言う幹部が生き残っていた。

 救急車の中で何を聞いても佐藤は知らぬ存ぜぬの繰り返しで語ろうとはしなかった。


「ちょっとこれ見てもらっていい?」


「うるせぇ、なんだ?」

 伸郎は佐藤の顔の前にスマホをかざした。


「ありがとう。」

 動けない佐藤の傍らに落ちていたスマートフォンを拾い顔認証システムでロックを解除した


「あっ、てめえ勝手に人の携帯を、」

 発信履歴を確認すると最終は1時間半前で発信先は携帯電話番号だった。


「この番号は誰? 時間から考えても撃たれた後だよね、大けがしたのに救急車も呼ばずに誰にかけたの? 何の話をしたの?」


「誰が言うか!」


「もういいよ。こっちで調べるから、」




 それから40分後、二人は科学捜査研究所にいた。


 当直分析官の桃井は超不機嫌な様子で、

「もう、何時だと思ってんだよ。ほら、この端末をつかってその番号に電話かけて、つながりさえすれば位置特定はできるけど、できれば10秒ぐらいは持たせろよ。その方が確度が上がるから、」


「私に任せて、」

 多恵がテンキーで番号を叩いた。呼び出し音が鳴る。どうか出てくれと祈る


「誰だ?」

 しわがれた男の声だ。


「誰って失礼ね! あたしよっ、れいこ。スギちゃん今日来てくれるって言ってたじゃない! ずっと待ってたんだから!」

 中々の演技派だ。


「スギちゃん? 間違い電話だ、誰にかけてんだ、このボケ。」


 激怒の様子だが多恵はしれっとした態度で続ける。

「その声は絶対スギちゃんよ! それよりさぁ、今日すごかったんだから、ほら、あたしンちの近く、西蒲田のところ、帰ってみたらすごい数のパトカーがとまってんの。何があったんだろうねー?」


「とっ、とにかく、間違い電話だ。切るぞ、」

 電話は切れた。


「上出来だ。位置特定ができたぞ、江東区だ。」

 桃井は地図をプリントアウトして伸郎に手渡す。


 多恵が口にした「西蒲田」と「パトカー」のワードで明らかに電話の主の反応が変わった。事件の関係者に間違いない。


 二人は覆面パトカーの旧型スカイラインに乗り込んだ。

「あの、僕らだけで行くのかい?」


「…仕方ねぇだろ、お前も男なら腹をくくれ。」


 一応応援は要請した。しかし、迅馬組本部の事件で現場は混乱して人手は全く足りていない。捜査本部も暴力団幹部佐藤の通話先というだけの場所に増援を送る余禄はないのだ。

 結局は二人だけでいくしかなかった。嫌な予感しかしないが大抵そういう予感は当たるものだ。



 枝川の目的地まであと2~300メートルの時点でパーン!パンパン!と言う炸裂音が車内にも届いてきた。

 どうやら銃撃戦の模様らしい。


「主任! ストップ、ストップ! ちょっと待って、ヤバいってこれは、突っ込むのは待ってよ。」


 伸郎は悲鳴にも似た懇願を口にしたがスカイラインは止まらない、多恵は運転しながらも思案した。危険なのは百も承知だがこれはチャンスなのだ。

 そこに冬子がいるのか須藤がいるのか、はたまたその両方か、兎にも角にも今を逃したら次に奴らにたどり着けるのはいつになるか分かったものではない。今しかないのだ。



 多恵は埠頭の入口でスカイラインを急停車させると、

「おい、お前のチャカよこせ」

 と押し殺した声でつぶやいた。


「え、それって規定違反じゃ…」


「バかヤロウ、規定もへったくれもあるか、私の方が扱い慣れている。お前が持っていたところで宝の持ち腐れだ。つべこべ言わずによこせ、今は非常時だぞ。」


 伸郎はショルダーホルスターからサクラを抜き手渡した。

 サクラは警察の主力銃で五連発のリボルバーだ。38スペシャル弾を使用する。

 ミネベアの刻印がなされているが実際はS&W製でM36ベースの小型銃である。

 銃使用に消極的な当局の意向によりトリガープルを極端に重く設定してあり実戦には向かない仕様となっている。


 サクラを受け取ると多恵は小声でつぶやく、

「おい、メ、…をつぶれ」

 伸郎にはよく聞こえない。

「え、ナニ? 何て言ったの?」


「目をつぶれって言ってんだよ!お前みたいな軟弱もんは一発張り手をかましてやる。目ェつぶって歯ァくいしばれぃ!」


 すごい剣幕でどなられ、思わず伸郎は言われた通りにした。衝撃に備え全身に力を込める。しかし、両頬は打たれることはなく優しく手のひらで包まれた。


 ツリメの女はそのまま覆いかぶさり、真一文字に固く結ばれた童貞の口に自分の唇を重ねる。伸郎は石化魔法にかかった。


 唇を離すと多恵はゆっくりと話した、いつになく優しい声だ。

「ここで応援を待っていろ、ヤバいと思ったら逃げろ。もし生きて帰れたらお前の童貞をもらうからな、わかったな。」

 そう言い残すと多恵はスカイラインから降りた。

 

 シグには八発、サクラには五発、これがすべての戦力である。

 胴体はボディアーマー、頭は防弾ヘル、顔面は耐弾グレードのポリカーボネートのライナーでおおわれているので拳銃弾なら何とか耐えられる。

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