第22話 須藤、怒る。
多摩川沿いの会社工場が点在する住宅街の中を白のインプレッサは徐行している。運転しているのは冬子だ。
須藤の足の銃創内にはマイクロセンサーが埋め込んである。
イスラエル製の優れもので体液の塩分に反応して5日間電力は供給されるが難点は発信電波出力が微弱のため受信範囲は良くて3㎞が精いっぱいである。
従って追跡範囲は限られ絶えず距離を保った追従を要求される。
距離をとりすぎると見失うリスクがあり使い勝手は良いほうではないが今回は問題は無かった。
ピュア・ブルーの隠し場所の特定はこれでできた。
川崎市内のありきたりな貸倉庫であった。
あとはどう処分するかだが住宅街の中なので現場で燃やすのはNGだ。
須藤を排除して匿名で警察に通報するのが現実的選択であろう。倉庫内の状況は予測不能で武器が隠されている可能性もあり須藤は再武装していると考えていい。
冬子はダッシュボードから銃をだして確認した。
船橋で奪ったダイヤモンドバックである。
コルトパイソンの弟分の6発リボルバーでパイソンの357マグナムに対し下位のダイヤモンドバックは低威力の38スペシャル弾を使用する。
見た目はパイソンによく似ており銃身の放熱リブと反動抑制のアンダーラグが特徴だ。
この無意味な豪華装備が災いして重量配分が悪く先重になって狙い辛い。
加えて後付けのラバーグリップが小ぶりなため手中で暴れやすく反動制御に難がある。ただし女性の冬子が握るには手頃な大きさかもしれない。
弾は転がっている死体からかき集めた。
弾倉には6発、予備のスピードローダーに6発の計12発あるから大抵のことは何とかなる。
その時、倉庫のシャッターが開き中からのバイクを押した須藤が出てきた。
バイクにまたがり須藤は考えた。
やはり嫌な予感がする。自分が木下の立場ならどうするか?
間違いなくみゆきを攫って拷問にかけるだろう。
みゆきは何も知らない女だ。叩いたところで埃も出て来やしない。
しかし小堺に追い込まれてテンパっている木下にはそんな理屈は通用しない。
言われた通り逃げてくれていれば良いが、バカだからあの部屋でひたすら帰りを待っている可能性もある。
公衆電話ボックスの受話器から聞こえた声は、
「須藤か?」
木下の声だった。
悪い予感は必ず的中するものだ。
「その女は何も知らんぞ、いたぶったところで無駄だ。」
「そのようだな、この俺様が直々に可愛がったが何一つ知らんかったよ。可哀そうになぁ、お前みたいなクズの女になったばかりにヒデェ目にあっちまって、助けてやりたいとは思わんか?だったら、今すぐ事務所まで来い。」
「可哀そう?ちっとも思わんな。何か勘違いしてないか?女の代わりなんざ幾らでもいる。そいつがどうなろうが俺の知ったこっちゃねえ、勝手にしろ。」
「無理すんなよ。強がっているのがバレバレだぞ。家見たぜ、お前には似つかわしくない随分と家庭的な雰囲気のファンシーな部屋だな。凶犬須藤と恐れられたお前がえらくにやけた顔で女と写真に写ってるじゃねえか。それも一枚や二枚じゃねえ、見てるこっちが恥ずかしくなるくらいだぞ。俺を甘く見るんじゃねぇ! 来ないと女を殺すぞ!」
ガラスにヤスリをかけたような耳障りな声で木下は怒鳴った。須藤は何も言わず受話器を叩きつけるとバイクにまたがりセルを回した。
口では何と言おうとも、みゆきを生かして返す気など無いと考えられる。
ここに至っては交渉や駆け引きなど意味はなく真正面から力押しで助け出すしか手はない。
須藤の見立てとしては、事務所に召集されているのは多くて20人といったところ、そのうち腕が立つのは5人ほどで残りは根性なしの戦力外、相手はピュア・ブルーのありかを聞き出さなければならないので簡単に須藤を殺すことはできない。
反面、須藤は遠慮なく相手を殺すことができるので勝機が無い訳ではない。
「みゆきだけは必ず救い出す。」
アクセルを煽るKTMの前輪が浮き上がった。
後方で距離を開けて白のインプが追ってくるのに気が付く。
須藤はメーターを見るKTMのデジタルメーターは150㎞を超えている。
先行車両を右へ左へとかわして抜いて行く。
交差点左折でバンクさせた際、後輪がアウトに流れカウンターステアで立て直した。インプはしつこく食らいついてくる。
「…警察か? ちがう サイレンは鳴っていない。」
自分が今まで大森冬子の掌の上にいたことを悟った。
「この化け物女が、いくらお前でもこいつにまたがった俺を捕まえることは絶対に出来ねぇ。」
フルスロットルで飛ばした。
バイクは大師橋をありえない速度で爆走し左折して環八通りに入ったときに冬子は追跡をあきらめた。傍から見ても尋常ならざるライディングだ。
手配中の身の上で目立ってはならない者があそこまで無茶をするのは背景によほどの事情があってのことだ。
走り去った方向から察するに行先はおそらく西蒲田の迅馬組本部と推察できる
組織の庇護に入るためではないことは確かだ。それならばわざわざ川崎の倉庫に潜伏せずダイレクトに逃げ込めばいいはずである。
バイクのすっ飛ばし方から見てもただ事ではなく、おそらくは須藤にとっては良くない話であろう。
西蒲田の迅馬組本部は鉄筋5階建て構造で四方を高いコンクリート塀に囲まれた要塞である。
「来たぞ、開けろ。」
カメラ付きインターホンに語り掛けると何の返事もなく重々しい音を立ててオートロックがはずれる。広いエントランスにはこの前まで顔なじみの若い連中4人がどうにも気まずそうな面持ちで立っていた。
ついこの前まで須藤のことを『アニキ』と慕っていたのだからばつが悪い。
「アニキ、申し訳ありませんが身体検査をさせてもらいます。」
4人の中では一番年かさの井上が恐縮した様子で口を開いた。
「みゆきは?」
眼光鋭く井上を睨みつけ尋ねた。
「すみません。無事とは言えませんが死んではいません。代行の命令です。わかってください。」
「それを聞いて安心した。心置きなく殺れる。」
鋭く乾いた発射音が響く、井上は眉間を撃ち抜かれてその場で崩れ落ちた。
つかさず三連射、他の3人の頭も瞬く間に撃ち抜かれる。
「甘いぞ、お前ら!一旦敵に回ったのなら絶対に気を許すな」
物言わぬ4人の骸に最後の助言を与える。
ケンカは先手、イニシアティブ、気合である。今回のような多勢に無勢の場合こちらのペースに持ち込み撹乱しなければ勝ち目はない。膠着は敗北を意味する。
斃れた井上のベルトにはマカロフがはさんであったのでそれを奪いそのまま突進する。
撃たれることは覚悟のうえで奥に侵入するとホールには7人の知った顔があんぐり口を開けていた。
須藤が思った通り、全員現実を認識できず目を白黒させている。それぞれが思い描いた自分に都合の良い予想とは違った展開に戸惑っている様子だ。
構わずホールの中央に飛び込む。ろくすっぽ狙わず目に見えるものすべてに乱射する。
たちまちツァスタバのマガジンは空になり、奪ったマカロフの8発も撃ち尽くした。
連中の不幸は日頃肩で風を切って歩いていても本当の意味での実戦を知らないことだ。
銃を使った荒仕事の経験がない者は銃口を向けられると例外なく反射的に目を背け身を捻って避けようとする。要は敵から目を離してしまい訳も解らぬ内に撃たれてしまう。
『冷静』これは修羅場で必須の能力だ。
人間テンパるとはわずか3メートル先の相手にも弾を当てることはできない。
短時間で決着はつく、須藤の勝利である。
7人のうち3人は辛うじて持っていた銃で応戦したが相当焦っていたようで同士討ちをする者、うっかり自分のつま先を撃ち抜く者もいた。
つま先に穴をあけたドジな男は佐藤という幹部だ。佐藤は右足の甲を両手で押さえながらカラスみたいな声を上げて転げまわる。
佐藤が落としたワルサーP5(ルパンのP38の後継銃)を拾いまだ息のある者の3人のうち2人の頭を抜いて止めを刺す。
腹に弾を喰らって蹲っている男は米津といいまだ息はある。
須藤はうつ伏せで呻く米津に馬乗りになって佐藤の目を見据えながら床に寝転ぶ佐藤の右腿を撃つ。
大袈裟な悲鳴を上げて佐藤は身をよじる。お構いなく今度は左ひざを撃つ。
「ごめんなさい。ごめんなさい。許してください。」
子供のように泣きじゃくる佐藤の目を見据えながら銃口を米須の後頭部に押し当て止めを刺した。
米津の死にざまを見た佐藤の目は飛び出しかねないほど見開かされた。
「死にたくなければ答えろ、みゆきはどこにいる? 上にはあと何人だ?」
「女は枝川の倉庫です。上にはあと3人。」
枝川の倉庫は迅馬組のアジトの一つで須藤もよく知っている。
「倉庫には誰がいる、人数は?」
「代行です。本間や澁谷達4人とそこにいます。」
本間、澁谷は荒仕事専門の手練れでこの場に残っていたら須藤は苦戦したかもしれない。ここにもう用はないので上の3人は捨て置くことにする。
その時、右わき腹が妙に熱く感じた。
手を当ててみるとべっとり血がついていたので一発喰らっていたことに初めて気が付く。弾は抜けていない様子だが治療している暇はない。
サラシが欲しいところだが、タペストリーをはがして代用品として胴に巻き固めた。
吐いた言葉は守ることを矜持とする須藤は宣言どおり佐藤を殺すことはせずに襟首をつかんで立たせてから鳩尾にパンチをお見舞いした。佐藤は口から噴水みたいに胃液をまき散らして気絶する。
エントランスから表に出るとそこには銃を構えた冬子が立っていた。
「殺さないの? まだ敵は残っているわよ。」
「俺はお前と違って殺人狂じゃねぇんだ。用が済めば無用の殺しはしない。で、どうする? 撃つのか?隠し場所ならどうせわかってんだろう。いいぞ 全部くれてやる。俺を殺したかったら殺してもいい。だが少し待ってくれないか? どうしても助けなきゃならない女がいるんだ。」
冬子は3発撃った。
須藤の後ろで銃を持った3人の男達が血しぶきを吹いて倒れた。二階にいた残党どもである。
「甘いわね。いきなさい。」
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