第20話 女装趣味2

 133号事件は新宿区歌舞伎町、静岡県浜松市、群馬県利根群、千葉県船橋市の一都三県にわたり死者11人の大事件に発展した。

 被疑者として浮上しているのは利根郡警察官殺害事件の須藤鋭二と藤岡武則の二人だが藤岡は船橋で既に殺害されている。


 須藤達が所属する迅馬組とその上位団体武蔵鳳凰一家に対して一斉捜索が行われたが事件解決につながる資料は見つからなかった。須藤の行方は依然つかめていない。


「船橋の事件は相当派手みたいだったね。」

 餃子をほおばりながら多恵は言った。

 工場街で深夜人が少ないとはいえかなりの銃声が鳴り響き町は大混乱となった。

 3時間後SATが突入した時には倉庫内は8人の死体が転がっている地獄絵図であった。


「8人中6人は心臓か脳を一撃で破壊されて即死だったらしいが、二人は嬲り殺しの痕跡があったそうだ。うち一人は指名手配中の藤岡で、下腹部に2発撃って苦しめた後に背骨を折られ後頭部を撃たれている…ってゆうか、何で勝手に僕の餃子食ってビールを飲んでんだよ。」

 ここは中野の職員宿舎、伸郎の部屋である。


「あっ、『姉です。』って言ったら管理棟の職員さんが合鍵貸してくれたよ。いい人だね。お腹が空いていたから勝手に冷蔵庫の中の物もらっちゃった。ごめんネ。」

 伸郎は多恵の無遠慮にうんざりしながら警察運営の施設でありながらも希薄な防犯意識に驚愕した。


「今回殺されたのは全員迅馬組の構成員だから対立抗争事件と見られている様子だけどまるで違う。これは1対9の銃撃戦だよ。大森冬子の仕業だと僕は見ている。」


「で、その根拠は?」


「現場はまさに血の海だった。それだけに痕跡はしっかりと残っていたよ。足痕跡がバッチリついていてね、複数の大柄な男の足跡の中に一つだけ24・5センチのランニングシューズの足跡が混ざっていたんだよ。その動線たるやまさに縦横無尽、倉庫内を運動会かってくらい靴跡がついていた。壁にまで靴跡が残っていたくらいだ。現場に残っていた被害者以外の靴跡は一種類だけで28㎝あったから男と考えていいけどそれ程動いていない。多分、これは須藤の足跡と考えていいと思う。倉庫内の出来事は須藤達ヒットマンチーム対大森一人の対戦だったと考えられるね。そして大森の一方的な勝利で6人を瞬殺して二人を拷問にかけて須藤を拉致したのだよ。現場には刺殺された人間が3人いるにもかかわらず刃物は残っていなかったから大森は自分の使った凶器は持ち帰ったと思う、僕の推察は多分はずれていない。」


「じゃあ、須藤はもう」


「ピュア・ブルーのありかを吐かせるためにどこかで拷問にかけられていると考えるのが妥当だろうね。ところで、主任は何用で僕んちに来たのだ?」


 多恵はビールを飲みながらドヤ顔で一枚の写真を差しだす。

「SP時代の先輩から面白い資料を手に入れたの、これを見てよ。」

 日本外相とフィリピン大統領の会談中を撮影したスナップであった。


「この写真をくれた先輩はSPで外相付けなの。写真は一昨年フィリピン開催のASEAN外相会議の際に大統領府に表敬訪問した岸本外相の一コマだけど、もうわかるよね。」

 写真はマラカニアン・パレス内を仲良く歩きながら雑談する二人を切り取ったスナップだが後方に立つ若い女はまごうことなき大森冬子であった。


「この女は大統領の一人娘でニコル・デラクルスと名乗っているらしいけど、大森に間違いないわ。」


「他人の空似の可能性は。」


「こんなきれいな顔がそうゴロゴロいるはずないじゃない。システムで顔貌対照したけど一致したから間違いない。」


「デラクルスといえば、大統領選中に麻薬組織の襲撃で夫人が殺されたことと、就任後は凄惨な麻薬撲滅政策を進めていることで有名だね。」


「迅馬組の覚醒剤ビジネスとフィリピンの麻薬政策、イリーガルの娘にしてフィリピン大統領の娘、冬子とニコル、見た目は美少女で中身は殺人機械、事件のアウトラインが見えてきたわね。」

 多恵は得意満面であった。


「わかった。手嶋先輩に引き続き調べてもらおう。」


「あのいけ好かない公安調査庁、気が進まないなぁ。」


「あっ、ビールもう一本! フリーザーにある冷凍ピザももらっていい?」


「こら、調子に乗るなよ。用が済んだのなら帰ってよ」


「見たよ、…クローゼットの中」

 伸郎は凍りついた。


 多恵は意地悪そうに笑っている。

 普通にしていても意地悪顔なのに意地悪く笑うと相乗効果でハイパーイジワルビームがそのツリ上がった目から発射される。


「ごめんネェー、見ちゃった。」


「ちっともゴメンとは思ってないだろ。」


「あんなにたくさん、どうしたの? 盗んだの?」


「ち、違う! ちゃんとしたところから買ったんだ。全部購入記録もとってある。何も後ろ暗いものはない。いいだろっ、個人の趣味にとやかく言うな。」


「ねぇ、」


「なんだよ?」


「着て見せてよ」


「えっ?」


「ウイッグもあったから普段着てるんでしょ。見たいなぁ、お姉さんは。」




 …伸郎は久しぶりに人前にこの姿をさらした。不思議と気分が高揚する。


「ワァ、すごく似合ってるじゃん。やっぱり思った通りだ。係長は小っちゃいし、おめめ大きいし、肌きれいだし、現役女子高生って言っても通用するぞ。次、これ着てみようぜ。」 


 グラビアカメラマンみたいな多恵の合いの手に乗せられてこの奇怪なファッションショーは続いた。

 多恵はもう8本空けているせいか相当回って上機嫌である。


「よしっ!お姉さんも10年ぶりにJKになっちゃおっと」

 多恵は何着かを見繕って隣室へ入った。


「じゃーん。」

 上機嫌のかつてJKだったアラサーが現れる。

 岐阜県立金華高校の制服が悲惨な有様になっていた。


 サイズが合っていないのでパッツンパッツンである。

 殊更にボディラインが強調され、スカートが短すぎてパンツが見えそう‥って言うか見えていた。

 JKというよりはAVにしか見えない。


「あぁ、なんて可哀そうな制服。だが、これはチャンスだ。この制服を冒涜する悪辣女に正義の鉄槌を下してやる。」

 伸郎もデジカメを構えて多恵を煽る。


「いいよ、主任、全然似合っているよ。昔を思い出して可愛いポーズ取ってみよう。」


 乗せられた多恵は両手のひら広げて昔懐かしい『雑誌egg』の表紙のポーズをとる。


「いつの時代の人間だ、お前は。古過ぎだ、まぁいい。ばっちり撮ってやった。この資料は後で強力な武器になるはずだ。」

 伸郎はこの画像をネタに高級焼肉プレミアムコースの喝取を画策した。

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