第19話 殺戮姫

 群馬から戻った須藤と藤岡は船橋市の貸倉庫に潜伏していた。

 栗田からもらった資料の女、大森冬子はサーフェイスウェブをなぞっただけでもオリンピック選手の自衛官だったことはすぐに分かった。

 バイアスロンの選手なので射撃の腕はあるのは納得できたが小娘すぎたことに驚きを禁じ得なかったが相手が何であろうとも締め上げてその背後にいる者を炙り出さなければならない。


 幽霊でもない限り現れたり消えたりなんて芸当はできるはずがない。

 人は必ず痕跡を残すものだ。ゴンと呼ばれるヤクザご用達の情報屋に追跡を依頼した。

 ゴンは裏社会では名の通ったクラッカーであらゆるシステムに侵入可能な凄腕である。

 ネットワークにさえ繋がっていれば盗めないデータはないと豪語する男でその分金もかかる。


 4日後の午後10時20分、渋谷区神南のビジネスホテル前にて1台のワンボックスカーがエンジンかけ放しで路上駐車していた。中にはヒットマンチーム4名が待機して女が現れるのを待っていた。

 運転手は本田、後部の座席には篠田、稲垣、荻田が座っている。


 チームリーダーは篠田で4人とも須藤の配下である。写真を見ながら荻田がつぶやく、


「中々来ないっすね。この女は一体なんすか?可愛い顔はしてますがヤクザ者の女って雰囲気じゃないっすね。」


「何でも元自衛官とかでオヤジ殺しに関係がある女らしい。舐めて掛かるなと須藤のアニキからのお達しだ。」

 篠田が答えた。


「こんなん楽勝っしょ!舐めてはかかりませんよ。ナメてはもらいますけどね。」

 荻田は下卑た笑い声をあげた。


「来たぞ!」


 西からコンビニの袋を提げた女がこちらに向かってきた。

 想像より背が高くスタイルが抜群に良い。念のため双眼鏡で確認したが写真の顔に間違いない。

 ショートボブの黒髪にシンプルな白無地のカットソー、ブルーのスキニージーンズ姿だ。

 女がワンボックス脇を通り過ぎる瞬間、荻田は勢いよくスライドドアを開き両手で抱きすくめ力いっぱい車内へ引き込んだ。


「おぉ、こいつ細い割には胸あるっすよ。」

 荻田は乱暴に女の胸を鷲掴みにしながら大声ではしゃいだ。


「ばか、最初は須藤のアニキからだ。お前の順番は後のほうだよ。」

 篠田は荻田を窘め女に向かい押し殺した声で言った。


「騒げば殺す。大人しくしていれば命だけは助けてやる。」



 首都高湾岸線を飛ばし30分程度で船橋のアジトにつく。女は泣きも騒ぎもせず大人しかった。

 荻田がちょっかいをかけても完無視だ。

 持ち物は財布だけで1万円と少々の金が入っているが免許証やクレカの類は一切入っていない。コンビニの袋は拉致ったときにビジホ前に落としてきたようだ。

 貸倉庫に入ると須藤ほか4人の仲間がスタンバっていた。


 小型のベッドほどの大きさの作業台がおいてあり台面には両腕、両足、腰と胸と頭を固定できるようにベルクロのナイロンベルトが生えている。

 一旦固定されれば屈強な男でも身動きは取れなくなる。

 作業台脇の事務机の上にはヤットコ、電極棒、スパイク付棍棒、スキナーナイフ、剪定鋏などの見るだけで痛そうな道具が整然と並んでいる。前の台湾マフィアは3分持たなかった。

 須藤が口を開いた。

「ひん剥いて縛り付けろ。」


「そんなぁ、ちょっと楽しんでからにしませんか」

 荻田が情けない声を出した。




 ホテルから出るときには見なかったワンボックスがとまっている。冬子は異変に気付いていた。

 運転席には男が座っているが意識してこちらを見ないようにしている様子がかえって不自然だ。

 ナンバーは品川、後ろに3人乗っているのは匂いでわかる。エンジンはかかっている様子だ。十中八九拉致が目的だろう。

 敵もこちらの情報が知りたいだろうからここで銃撃はしてこないはずだ。

 冬子は決断した。あえて捕まる。

 待ち伏せされているということは、こちらの正体がばれたと考えていい。

 残り時間は少ない。ピュア・ブルーの隠し場所にたどり着くためにはここはリスクを取る。



 冬子は分析する。

 運転手含め4人、車内のリーダーはシノダと呼ばれる男、このオギタという軽い男は脇が甘い、腰にナイフ差しているのがまるわかりである。

 仕事の最中に軽口をたたくようでは長生きできない。最も今夜死ぬことになるのだが、

 行先で待っているのはスドウというリーダー、方向的には千葉に向かっている。向こうは何人いるのか?


 シノダのジャケットの左脇内側に銃把が見えた。ハンドガンを忍ばせている様子だ。

 序盤は優先してシノダを殺る必要がある。

 オギタは軽口をたたきながらやたら冬子の胸や腿をまさぐる。


「あんまり調子に乗るとお前だけ痛い殺し方にするぞ。」

 冬子は小声でつぶやいた



 冬子は抵抗することなく船橋の倉庫にはいった。

 結構な広さがあり身を隠せる場所は大して無い。倉庫の中には須藤、藤岡を含め5人の男が待ち受けていた。

 敵は全部で9人。


 倉庫中央には拷問用の作業台とその道具が鎮座している。須藤はありったけの殺意を込めて冬子を見据え

「ひん剥いて縛り付けろ。」

 と静かに言う。


 後ろから冬子の両肩をつかんでいた荻田が、

「そんなぁ、ちょっと楽しんでからにしませんか」

 と言った瞬間、冬子はダンサーのように右にターンをして素早く荻田の背後を取り腰に差してあったナイフを抜いた。

 革シースに収められている全長30センチ弱程度のありきたりなハンティングナイフだ。


 まずは荻田の背後から肩甲骨と胸椎の間に水平にした刃を滑り込ませ時計回りに抉って左心房と大動脈切り離す。

 刃の手入れが良くないせいか抵抗があり大動脈が板ゴムみたいにビヨーンと伸びる手ごたえを感じたが一気にひねって切り離した。荻田は文字で表すのが難しい呻き声をあげて腰を折りうつ伏せに倒れた。

 背中の血のシミがどんどん大きく広がってゆく。


 冬子はついうっかり荻田を楽に死なせたことを反省する間もなくその後方であっけにとられている篠田にダッシュで体当たりした。

 ボディコンタクトの際、切っ先を鳩尾にあて自分の体重をすべて預けて刃体が全部入るように押し込んだ。

 鍔に阻まれブレードがとまったのでそのままねじり上げて右心室を破壊した。

 すぐさま篠田のジャケットの左脇をまさぐるとショルダーホルスターに収まった銃把があったのでそれを握りながら器用に人差し指でスナップを外して引き抜いた。

 S&WのM40センテニアルだ。

 ハンマー内蔵型の38口径5発のリボルバーである。

 まず一番近い本田と稲垣の頭を撃ちぬいた。

 本来であれば頭2心臓1で確実に処理するのが理想だが今は弾数に余裕がない。


 このころになるとヒットマンチームの面々も自分が置かれた状況を認識する。

 一番早く対応できたのは須藤でスコーピオンを抜きボルトを引く

 冬子が先に撃った。

 須藤の右上腕に命中しスコーピオンは床に落ちる。

 冬子は落ちたスコーピオンに向けて再度一発撃ちスコーピオン須藤の後方10メートルまではじき飛ばした。

 残りの一発は須藤の左膝に向けて放ちセンテニアルは残弾ゼロとなる。

 腕と脚を撃たれた須藤はそのまま動けなくなった。

 冬子は銃を捨て全力で走る。


 そのころになると、体勢を立て直した藤岡たちが撃ってくるが狼狽えながらの乱射なので走る冬子には当たらない。

 拷問台を飛び越え事務机上のスキナーナイフを手に取ると身をかがめながら手近な男に接近した。

 男の手にはリボルバーが握られていたがもう弾がない様子だ。

 一生懸命ポケットをまさぐりスペアのスピードローダーを取り出したはいいが指が震えてうまくリロードできずにいる。

 直前まで近づきナイフを横一閃に払いまずは両目を潰した。

 更に後ろに回り喉に腕を回しワンハンドスリーパーホールドを極めながらナイフを逆手に持ち替え、男の胸元に小刻みに何度も刃を突き立ててそれを藤岡たちに見せつけた。

 意図的に心臓を避け肺を穴だらけにした。男はせき込みながら口から血の泡を吹く。

 多数を相手に優位に立つ方法として手近な一人を執拗に痛めつけ周囲に見せつける。その場にいる者に恐怖心を植え付けて戦意を削ぐためだ。

 胸をザク切りされた男はごぼごぼと口から血をまき散らしてその場で崩れた。肺が血で満たされているから放っておいてもすぐに溺れ死ぬ。

 彼が握っていた銃はコルトダイヤモンドバックというリボルバーだ。銃身に放熱リブが付いた名銃パイソンの小型版みたいな銃である。

 残り3人、

 藤岡ははまだ闘志が残っているようだが他の二人は戦意を失い腰を抜かしてへたり込み呆けている。

 冬子は素早くダイヤモンドバックにリロードして呆けている二人の頭を抜いた。

 藤岡はUSSRマカロフをこちらに向けているがすでに弾はなくスライドオープンの状態だ。


 冬子はその下腹部に2発撃ちこんだ。

 藤岡はうつ伏せになって悲鳴を上げたがまだ死んではいない。

 冬子はカエルのように這いつくばった藤岡の背の中央の急所『活殺』の位置を渾身の力を込めて踏み抜いた。音を立てて脊椎は砕け藤岡はウシガエルの鳴き声みたいな声を出す。

 そのまま藤岡を踏みつけながらダイヤモンドバックの銃口を撃たれて動けなくなった須藤の眉間にポイントした。


 須藤は死を覚悟する。女の瞳は銃口よりもなお暗く深い黒曜石のようである。

 冬子は須藤の目をじっと見据え艶然と微笑みながら須藤に向けた銃口をゆっくりと下して喘ぐ藤岡の後頭部に向けた。その間も須藤を見つめ視線をそらさない。

 乾いた炸裂音とともに藤岡は喘ぎを止めた。


 藤岡を嬲り殺しにする間、冬子は絶えず須藤から視線を逸らすことはなかった。

 返り血を浴びたその顔は妙に艶めかしく蠱惑的で須藤に避けがたい『死』を連想させた。

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