第17話 竜造と房子
「まっ、ほかならぬ可愛い後輩の頼みだから聞くけど、今から俺の言う話は絶対に他言無用。録音はもちろんメモも禁止、強面のお姉さん。あんたもだよ。」
伸郎と多恵の目の前にいる男は手嶋勇作、公安調査庁内部部局調査第二部局員で伸郎の大学の先輩である。二学年上で彼もまたキャリア組だ。
細身で背が高い。切れ長で鋭い目とシャープなあごのラインの造形で女性にもてそうなのだが本人は異性に興味はない。
大学当時、二度ほど伸郎に告白したが断られている。
「それと、今後大森冬子について分かったことがあれば、どんな些細なことでも最優先で俺に伝えること。自分の上司よりも先に伝えてくれ。それが条件だ」
三人がいるところは青梅市の市道に駐車中の手嶋の用意したワンボックス内だ。車に乗りこむ前にスマホは取り上げられピンカメラやボイスレコーダーはないか入念なボディチェックを受けた。伸郎は丹念にねちっこく、多恵に対しては敵意むき出しで乱暴に調べた。
「別班、その中でもイリーガルだ。大森竜造は、」
多恵はぽかんとしている。
「通常自衛隊は、首相、防衛相の指揮を受けず、国会の承認も無しに海外で活動することは文民統制の原則からも禁じられている。その中で未承認で活動する組織が別班だ。そのことは知っているな。」
「いや、何言ってんのかサッパリ。」
多恵が答える。
「バカ女は黙ってろ。俺は玉ちゃんに話してる。」
「アメリカのDIA(国防情報局)みたいなヒューミントを展開させているのが別班とは噂程度で聞いたことはありますが、イリーガルとはまさか非合法員ですか?」
伸郎がといかける。
「ピンポン、そのとおり、竜造はその中でも荒仕事を担当していたわけだ。局が把握しているだけでこれだけの出向事実がある。当然非公式の出国だ。」
手嶋はレポートを見せた。
昭和62年、フィリピン、ミンダナオ
平成2年、コロンビア、アンティオキア
平成5年、カンボジア、コトンコム
平成10年、アルゼンチン、ブエノスアイレス
平成15年、イラク、ファルージャ
平成19年、イエメン、サナア
「すべて邦人被害のテロ事件でその解決のための出向だ。フィリピンの邦人商社支店長誘拐事件に始まり、ソマリア沖でケミカルタンカーが海賊に占拠された事件が最終だ。彼の仕事で白眉なのはブエノスアイレスの日本大使公邸襲撃事件だ。」
伸郎が生まれた頃の事件であるが、概要は知っている。FARA解放戦線の武装グループ16人がアルゼンチンの日本大使公邸を3か月占拠した事件だ。
結果は武装グループ全員が射殺されて人質70人は救出されたと聞いている。作戦の手際が鮮やかすぎることから世界的にも有名な人質救出作戦であり、警大の授業でも取り扱っているが立案と指揮は国軍大佐のはずだ。
「それは表向きの話だ。現実にやったのは竜造だよ。国軍は何もしちゃいない、竜造が一人で16人片付けたのさ。」
手嶋は竜造の経歴に関する資料を見せた。
隊員名簿の写真は20代のころだろうか、精悍且つ野性味あふれる風貌を予想していたが意外に優男であった。バブル時代のトレンディドラマに出てきそうな雰囲気である。
昭和35年、愛知県生まれ
旧姓は雨宮であったが昭和49年母方の大森姓となっている。
昭和50年、中学卒業後陸上自衛隊少年工科学校に入隊。前期、中期、後期の教育課程はオールトップの成績。
ここまでの成績優秀者は推薦により士官候補として防衛大学に進学するのが通例であるが本人は辞退している。
平成29年、除隊
松本山岳レンジャーを経て習志野第一空挺団の精鋭偵察チーム「リーコン」のエースとなる。高高度降下低高度開傘の技術では他の追随を許さずヘルダイバーの異名を持つ。
また水陸機動訓練ではスクーバで300メートル、オープンウォーターで120メートルの潜水深度をほこり、冬季遊撃課程においてもクロスカントリースキーの自衛隊記録は未だに破られていない。
いかなる極地、酷所、極限空間であっても竜造が行けない場所はなかった。
レジェンドと畏敬される所以である。
続いての資料を見て伸郎と多恵は目を見張った。
写真の制服姿の女はまるで大森冬子であったがすぐに別人と分かった。母親の大森房子である。親子だから似るのは当然だがそれにしてもよく似ている。旧姓は園田
昭和40年、宮城県生まれ
昭和59年、防衛大学入学、人文社会科学国際関係学科専攻
昭和63年、陸上自衛隊札幌駐屯地 北部情報保全隊
平成9年、除隊
平成24年、死亡
資料は空白が多い。
「実はこの房子の方が竜造よりも謎が多い。自分でいうのもなんだけど調査二部の情報網は半端じゃないし、俺ってわりと優秀なわけ、その俺が調べても出てこないのだよ。この女の活動は。」
「先輩、房江も別班ですか?」
「おそらくそう考えていいと思う。相当ヤバいところまで潜って諜報活動をしていたかもしれない。」
竜造に房子、娘の冬子3人とも謎だらけの家族である。
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