第15話 スコーピオン
「刑事がまた来ただと、何で?安藤の件は納得したんじゃなかったのか、今更何を聞かれたんだ?」
教祖のオフィスで須藤と藤岡は栗田と相対していた。
「それが、安藤については特にほじくり返してはこなかったが、この女についてあれこれしつこく聞いてきたんだ。ガキっぽい小僧みたいな男と目つきが悪くて背が高い女だった。」
そう言うと栗田は名簿を須藤等に手渡した。大森冬子の資料である。
「ちょっといい女だな、まぁ俺の趣味じゃないが で、こいつが何だってんだ?」
「小僧が言うにはとある事件の関係者らしい、名前は大森冬子というが何の事件かまでは言わなかった。ただ、安藤とこいつの関係について聞いてきた以上この女も何か絡んでいると考えていいだろうな。で、今日はどういう用件で来たんだ?あんま派手に出歩くな。刑事とバッティングするところだったぞ。」
「ピュアが青メスって名前に化けて国内で流通している話は知ってるか?フィリピンからの逆輸入らしいのだがそのフィリピンでボスとマイスターを片っ端から殺しているプロがいるらしい。オヤジと安藤はそいつに殺られたんじゃないかと俺は踏んでる。オヤジと安藤の関係を探るとなればここしかねえから調べに来たんだよ。ここで俺たちの事を探ったやつがいるはずだ。おおかた信者あたりに化けて潜り込んだに違いない。」
「じゃぁ、この大森って女は」
「サツが調べに来たということはこの女がスパイと考えていいと思う。サツより先に身柄を押さえるのが先決だ。」
それから15分後、アジトに戻るため須藤たちはセダン乗り込んだが、砂利に転圧をかけただけの駐車場はガランとしていて他に車はなかった。
記憶を呼び戻すと確か自分たちが来た時には白い小型車が一台とまっていた事を思い出した。それが刑事の車だったとは思いもよらなかったがすでに引き上げた様子だった。
須藤たちは県道を南に下ってバイパス方面へ向うと道端に2台のパトカーが回転灯を回しながら止まっていた。
パトカーの先には白いヴィッツもとまっていてその傍らにチビと大女が立っている。
須藤は悟った。自分等のことはとうに気付かれていたようだ。路上には制服の警察官が4人立っていて紅白の棒をもって通せん坊をしている。
「…アニキ、どうする?」
藤岡は緊張した声を出した。
ただの偶発的な職質なら煙に巻ける。
これは明らかに難癖付けてパクる気満々の決め打ちに違いない。
脅し、透かしで誤魔化せる段階ではない。
刑事が須藤達に気づいて呼べた応援は今のところパトカー2台制服4人、放置すれば応援が続々来て事態は悪くなる。
幸か不幸か今日須藤はサブマシンガンを持っていた。
「お前は降りてくるな、運転に専念しろ。腹くくれぃ、兄弟!」
須藤は押し殺した声で言った。
須藤達のセダンは誘導に従ってゆっくりと止まる。運転席側の窓を若い巡査が軽くノックした。
「お急ぎのところ失礼します。検問中です。ご協力お願いします。免許証拝見してもいいですか。」
運転席の窓は下がらず、代わりに助手席から須藤が降りた。
「お疲れ様です。免許証ですね。わかりました。」
普段出したこともないような丁寧な言葉遣いとともに須藤は車外に立った。
「少し待ってください。今出します。」
助手席のドアを開けたまま須藤は大きく屈んでダッシュボードにて手を突っ込み再び上体を起こした。
差しだされ手には免許証ではなく、黒い塊が握られている。
ツァスタバM84、旧ユーゴスラビアの小型短機関銃だった。
もともとチェコのVZ61スコーピオンと呼ばれる銃で多くの社会主義国でライセンス生産されている傑作マシンガンだ。
半世紀以上前の設計だが連射性制御性に優れ、大型拳銃とほぼ同サイズの携帯性の良さから今なお現役として特殊部隊等で運用されている。
ちなみにテロリストも好んで使う。
須藤は素早くボルトを引きワイヤーストックは折りたたんだまま引き金を引いた。セレクターは既にフルオートを選択している。
タタタタ
小気味よい発射音とともにルーフを挟んだ向こう側で突っ立っていた若い巡査はもんどりうって倒れる。
続いて銃口は道路端であっけにとられて立っている残り3人の制服警察官に向けられた。
タタタタタタタ
水平掃射でたちまち20発入りの弾倉が尽きた。須藤は素早く助手席に乗り込み
「出せっ」
と短く叫んだ。
その1時間前、
箱舟の子供達の駐車場にて伸郎はこれまでの成り行きを富永一課長に電話で伝えた。
須藤と藤岡に酷似した2人が箱舟の子供達に現れたのは単なる偶然では片付けられない。
その2人は何としてでも確保したいところだが、同行を求めても大人しく従うとは思えなかった。
セダンのナンバプレートの緊急調査を依頼してみるとなんとこの世には存在しないゴーストナンバーだった。偽造ナンバーと見て良いだろう。
とりあえず運送車両法違反の現行犯で身柄を押さえることは出来そうだがあの2人が大人しく捕まってくれるとは考え難い。
命令は2人の確保だった。
富永が群馬県警に掛け合い応援の警察官を派遣するとのことで、30分後、教団から5キロ南の県道の車両待避場で所轄のパトカーと合流した。
差し当たって群馬県警が提供できる戦力はパトカー2台とその乗務員4人である。
伸郎は何が起きたのか理解できなかった。
それもそのはずで事の成り行きの序盤しか見てないからだ。
タタタタというタイプライターみたいな轟音は聴こえたが、惨劇の最中ほとんど多恵の胸に顔を埋めていたので何も見る事は出来なかったのだ。
暖かく甘い匂いがした事はハッキリ覚えている。
母以外で初めて触れた女性の胸だった。
多恵はSPとして警護の訓練を受けてきて良かったと心から実感した。
初めてリアルに凶弾から人命を救ったのだ。
須藤が銃を手にしているのが見えたと同時に思考より先に脊椎反射で体が動く、ぼさっとしている伸郎に覆い被さり転がりながらヴィッツの陰に隠れた。
自分の体を大きく使い出来るだけ伸郎の体の露出面積をミリ単位でも少なくするように、まるで親鳥が産んだ卵を守るかのように包んだ。
カッカッカッカッカッ!
二人が先程まで立っていた地点からリズミカルな弾着音が聞こえる。
ヴィッツのボディに弾がめり込んでいるのだろう。
ヒップホルスターのシグを抜く、セダン方向へポイントさせながら周囲を目視した。
須藤達の車が南へ走り去るのが見える。
「状況確認!」
上体を起こして伸郎の被害程度を確認した。阿呆ヅラっぽいがケガはなさそうだ。
続いて制服警察官達は、若い巡査は頭部から大量の出血があり四肢があり得ないほど痙攣している。
他の3人は腹部を撃たれたようだ呻き声をあげながら横臥していた。
意識はありそうだったので傷口を押さえて止血を指示した。
若い巡査の頚動脈や腋下動脈を押さえ何とか止血を試みたが既に痙攣もなくなり呼吸もしていなかった。
伸郎は呆然としていたので怒鳴りつけた。
「ボケてんじゃねぇぞ!早く救急車!」
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