第11話 青メス

 安藤が殺された翌日には群馬の教団に飛びピュア・ブルー工房の処分に着手した。

 石鹸工場地下の機材は一切合切撤去して床、壁、天井をクリーニングした後、地下出入り口はコンクリートで固めて封印した。


 撤去した機材の内、焼却可能なものは灰にしてそれ以外は組織が運営している破砕業者のところで粉砕後にサイコロプレスで固めた。これでガサが入っても何も出ないはずである。


 今のところ教団にガサ入れはなかった、安藤の生前の状況を調べに刑事が訪れたがその点は教祖の栗田が上手く対応したので問題はなかった。


 情報屋からありったけの情報をあつめたところ一つの興味深い話が耳に入った。

 一部のIT社長連中の間で最近「青メス」というネーミングの覚醒剤が出回っているとの話である。


 メスとはアメリカでの覚醒剤の略称でMETHAMPHETAMINE「メタンフェタミン」の頭のMETH部分をとってメスと呼び日本でいうところの「シャブ」というスラングと同義である。

 この青メスはかなりの上物らしく話を聞く限りではピュアに勝るとも劣らないネタだ。


「アニキ、これってまるでピュアにそっくりじゃないですか。」


 ビジネスホテルの一室にて須藤と藤岡はまじまじとその結晶を見た。

 上質なアクアマリンの貴石のごとく透き通ってきらきらと輝いている。


「そっくりなんてもんじゃない、ピュアそのものだよ。」


「でも、見た目は似ていても効きは違うかも。」


「それは既に俺が試した。これは間違いなくピュアだ。遊び人の間じゃこいつは青メスと呼ばれているらしい。」


「青メス?変ですよ。俺たち以外で誰がこれを捌くんですか?」


「たしかにな、商品管理は徹底しているしピュアは海外にしか流していないはずだ。

 まだ大量の在庫はあるが、それはきっちり隠してあって誰にも触れねえようにしてある。場所は俺しか知らないから身内がこっそり横流しなんて出来っこねえことは確かだ。あと考えられるのは逆輸入しかない。」


「逆輸入! じゃあ誰かが海外から俺たちが売りつけたピュアをまた日本に仕入れて捌いているってわけですか。ならば納得です。何処の組織ですか?」


「ディーラーを手繰ってみると台湾系の獣吠会がネタ元だと分かった。本国の幇とも強いつながりを持っていて横浜を拠点とする組織だ。」


 獣吠会がピュアを捌いているのは事実だがそれが迅馬組への攻撃と関係あるか否かは謎である。

 しかし目下のところ突破口はそこしかない。



 深夜保土ヶ谷八王子街道、デイビッド張はボディガードの陳が運転するミュルザンヌの後部座席に座っていた。


 隣には名前も知らない若い女が座っている。大手音楽会社の受付とか言っていたが本当かどうか怪しい。


 いわゆる港区女子という人種で、今日はエンタメ業界主催の船上パーティーへギャラ飲みに来ていた中の一人だ。


 張は表向きIT起業家としての肩書があるが、実際は台湾マフィア獣吠会のドラッグディーラーである。

 今日も幾人かのセレブ客と大口契約を取ることができた。


 それとは別に文科省初等中等教育局参事官とも顔つなぎができた。日本の官僚は簡単に金や女で転ぶ。正直チョロすぎる。

 以前ひっかけた経産省製造産業局の課長補佐なんか今ではジャンキー一歩手前だ。

 だから日本はスパイ天国だなどと揶揄される。「これが敗戦国の悲しさだ。」海外ヤクザの自分にまで同情されるこの国を張は心から憐れんだ。


「青メス」の人気は上々で相場の3~5倍の値でも飛ぶように売れる。

 商売相手も上流ばかりだから足がつきにくい、中には著名なタレントや代議士もいる。

 このところ儲かりすぎて笑いが止まらない。




 ミュルザンヌは勢いよく急停止し張は前のめりになる。

「なんだ、一体。」


「すいません、前の車が急に、」

 運転手兼ボディガードの陳が言いかけた時、轟音とともに前のめりになっていた頭が今度は思いっきり後ろにのけぞった。

 黒い国産の大型SUVがミュルザンヌのトランクスペースにめり込んでいるのが見え追突されたことが分かった。



「すみませーん、まさか急に止まるとは思いませんでしたので。」

 SUVの運転席と助手席から若い男が下りて間延びした声で歩み寄ってきた。


 運転席から降りかけ睨め上げながら陳は怒鳴った

「てめぇ、幾らすんのかわかってんのかぁ、この車はな!」

 言い終わる前に陳は胸ぐらをつかまれ車内に押し込まれた。何が起こったのか理解する前に車内に炸裂音が響く。

 陳は頭を撃ち抜かれ即死した。シートやウィンドウに血が飛び散り女はキャーキャー悲鳴を上げる。


 ミュルザンヌ前に止まっている急停車のセダンから4人の男が下りてきた。

 須藤グループによる襲撃だった。




 船橋市の貸倉庫で張は全裸にされステンレス製の作業台に縛り付けられていた。

 手術台程度の大きさで両手両足、腰部、頸部、頭部をベルクロで固定できる仕組みになっている。明らかに拷問用に作られた特注ベッドであることは明白であった。


 張と一緒にいた女はさんざん慰み者にされた挙句首を絞められて絶命した。

 そのさまを見せつけられても張は精一杯虚勢を張ったが、足の親指の爪をはがされた段階で音を上げて降参した。



 張の吐いた内容によると「青メス」はフィリピンから輸入のブツということだった。

 かつてはアジアでも最悪の麻薬汚染国であったが、二年前大統領に就任したジョシュア・デラクルスの麻薬撲滅政策が功を奏して多くの密売組織が壊滅した。


 そのため需要を失った大量のドラッグが国内にだぶつくことになり結果的に多くの組織は輸入したピュアの大量在庫を抱え海外に安売りせざるを得ないに事情になった。


 それをアジア各国の組織が受け皿となり一部が日本に逆輸入の形で流入したわけで、結局のところ松原の死に台湾マフィアは絡んでいないことははっきりした。

 しかし、それとは別に気になる話を張はした。


 フィリピンでは大統領令により強引な方法でドラッグの取り締まりを進めている。

 それは取り締まりと言うよりはジェノサイドと表現しても過言ではない程凄惨なもので、命を落とした者は万にも届きそうな勢いから国際刑事裁判所が捜査を始めたほどである。


 そうやって大鉈を振るっても始末できるのは末端の小物がほとんどで首魁クラスの大物は重武装の護衛に囲まれ接近が難しく摘発までには至っていないのが現実であった。


 だがやがて元締めクラスやお抱えマイスターが次々と殺される。

 一説では政府が外注で雇った専門家の仕業だとの噂が暗黒街では囁かれているらしい。


 その専門家の正体は謎であるが、黒幕やマイスターがいくら護衛でガードを固めても狙撃で仕留める凄腕で、今やフィリピンのボス連中の中には軍警察に出頭して命乞いをする者さえいるらしい。

 黒幕とマイスターを狙撃、迅馬組の状況にぴったり当てはまる。


 須藤はフィリピンといえば原田という組の中堅幹部が一昨年にバキオで命を落としたことを思い出した。

 これ以上張からは有効な情報は引き出せそうになかったので頭を撃ち抜いて殺した。

 一撃で済ませてやったのはせめてもの恩情である。

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