第12話 広域重要指定133号事件
浜松市中央区の事件は県警の懸命な捜索により銃弾の一部が発見された。
弾道検査の結果、射出点は東に約320メートル位置する15階建て雑居ビルサンフラワービル屋上であることが特定できたが、ビルには防犯カメラの設備はなくこれといった目撃情報もなかった。
銃弾の鑑定結果がでた。径約7.8ミリメートル、重量150グレンと推察され、狩猟用ライフルの弾頭である。
ライフルマークが検出され照合結果、4月に新宿区歌舞伎町の事件現場から発見された銃弾と同一と断定された。
従って、東京、静岡の一都一県の地域をまたぐ同一銃による殺人事件であることから警察庁は広域重要指定をした。本件は133号事件として警視庁、静岡県警の合同捜査本部が編成され多恵と伸郎は捜査のため浜松に飛んだ。
二人は一帯のコンビニ、商業施設、自治体設置の防犯カメラの映像を取り寄せ手掛かりを探る。またドラゴンタトゥーがいるかもと目を皿にして探したがそれらしい人物は映っていなかった。
新宿よりは人流が少なかったがこれはと思える者は見つからない。いつまでこの不毛な作業が続くのか伸郎はうんざりしてきた。気が遠くなるほど映像を確認していると集中力も散漫になり眠気が襲ってくる。
玉置は気分転換にと映像内を行き来する制服姿のJKを愛でることにした。
途端に脳細胞に濃厚な酸素がめぐり気分が高揚する。
ほとんどが金の4つ釦のダブルの紺ブレザーで地元の峰澤女学園の娘たちであった。
そこに遠州大付属と浜名湖商業の制服もちらほら見える。至福である。
突如伸郎はマウスをクリックした。画像停止のためである。そして逆再生させた。
「えっ、なんかありました?」多恵が近寄り聞いてくる。
同じところを何度も再生逆再生を繰り返した。伸郎は画像の人物を穴が開くほど見た。
画像の中には4つ釦の紺ブレザーに短めのタータンチェックのプリーツスカートのJKがいる。
その子は右手にスポーツバッグ、背中にギターケースを背負っていた。
伸郎の厳しいマニア目線でも理想の着こなしで完成形と言っても過言ではない。
ショートボブの黒い髪、首から肩のライン、
スカート丈と白い生足の黄金比も完璧だ。少なく見積もっても股下85センチはある。
可憐さの中にも何とも言えない色香を感じる。
顔が見えないのが玉に瑕だが、その分想像力を掻き立てられ玉置チェックは細部まで及ぶ。
何かが引っ掛かった。
「……ちょっと違う。」
玉置は頭をフル回転させた。
脳内フォルダを検索すると回答が出るまでにさして時間はかからなかった。
かなり似ているが、このギター女子のブレザーは峰澤ではない。
これは横浜の光岡国際高校に間違いなく浜松市内でお目にかかることはあり得ない。
「係長さっきから何を見ているのですか?」
質問する多恵に伸郎は
「この子どう思います?」
と言いながら画面を指さした。モニターをのぞき込むと多恵は、
「ドラゴンタトゥーだ! この前と格好が違うけど間違いないですよ。」
と食い入るように画面に顔を近づけた。
「係長よく見抜きましたねぇ。立ち姿や歩き方間違いないですよ。ナイス観察眼です。お見それしました。」
「この女の制服、横浜の光岡国際高校の制服なのですよ。浜松で歩いているのは不自然だと思いませんか?」
「おっしゃる通りなら確かに不自然ですね。でも係長はなぜ横浜の高校の制服をご存じなのですか?」
「えっ、それはですね、従妹がそこの生徒だったからですよ。」
ごまかした。
画像の女は映像角度と距離から顔までの判別はつかない。
「もっとはっきりとした映像があるといいですね。」
せっかくの手がかりもこれでは人物の特定までには至らない。せめて顔だけでも判れば。
「三島主任、行きますよ。」
伸郎が嬉しそうな表情で早口に言った。何かを見つけた様子だった。多恵はポカンとしている。
「わかりませんか?ここからの映像を見てください。」
多恵は女が現れるところからの再生映像を見た。自治会の電柱取り付けカメラが、女が歩道を南下通過する状況を映した映像だ。斜め上方からのアングルなので顔までは見えない。画像粒子もそれほど鮮明とは言えない。
「私にははっきり見えませんが。」
「そこじゃないですよ。女がフレームアウトしてからです。タクシーですよ。」
女がモニターの下へ消えていなくなってから2秒後にタクシーが画面下から北上通過したのだ。フレーム外ではあるものの、女とタクシーがすれ違っていることは間違いない。
「ドラレコ、ドライブレコーダーですよ。急ぎましょう。上書きされる前に映像を押さえに行きますよ。」
タクシーはすぐに特定できた。「HMTトラフィック」という会社の車だ。
タクシーには業務用ドライブレコーダーが搭載されている。
高画質モードで30時間
低画質モードで105時間
常時録画かイベント録画の設定でも内容が変わる。
件のタクシーが高画質モード若しくはイベント録画設定だとしたらもう女の画像はない。
低画質の常時録画で何とか間に合うかどうかだったが運はこちらに味方した。
その女の映像は残っていた。僥倖である。
「こいつが例の女か」
富永捜査一課長はモニターをまじまじと見つめた。
伸郎と多恵は神妙な面持ちで直立不動である。
画面に映った制服姿のショートボブ娘はどこから見ても高校生にしか見えない。
顔貌部分の拡大画像を見ると若干粒子が荒くはなったが目鼻立ちの判別はできた。
化粧気は無く幼さが感じ取れた。見た目だけならとても人殺しのスナイパーとは思えない。世間の価値基準に照らせばかなりの高得点を得られる容貌だろう。
荒唐無稽な話だ。しかし、もう一方の科捜研の映像分析結果書を見ればあながちそうとも言い切れなかった。
これは歌舞伎町の容疑者、すなわちドラゴンタトゥーと浜松の女子高生の対比に関する内容であった。
結論として二人は同一との見解であり、根拠として
・顔認証で目、鼻、口の位置が合致
・身長、肩関節間の距離が合致
・歩幅が同一
・歩行周期が酷似
・歩行時の上体の振動周期が酷似
の5要件があげられた。
このことから、女は同一人物で二つの事件現場に不自然な扮装をしたうえで存在していたことになる。見た目が小娘でも大いに疑わしい。
「学校への捜査は?」
「もちろん横浜に行き写真を見せて確認しました。在校生卒業生とも写真の人物の在学事実はありませんでした。
それとは別に顔貌データベースに照合しましたが過去に登録した犯罪者と適合する者はいませんでした。随時他の情報も集めて照合中ですが現在のところ網にはかかりません。」
「これほどの若さで精密射撃の殺しができる人間だ。絶対に特殊な訓練を受けている。外国人も視野に入れて入管記録を調べろ。それとこの国でそんな教育が可能なのは我々警察と自衛隊くらいかもしれんな。あらゆる先入観を払拭して捜査範囲を広げてくれ。」
翌日、刑事部長執務室で浜本は捜査一課長富永から手渡されたレポートに目を通した。資料には若い女の写真がある。
陸上自衛隊の常装制服姿で無表情な顔写真は下手をすれば高校生に見間違えるほど幼く見える。
さらに五輪のエンブレムに日の丸をあしらった白いトレーニングウェア姿の写真もあるがこちらは不自然にひきつった笑顔だ。
大森冬子 北海道留萌市出身
平成9年11月29日生まれ
平成27年陸上自衛隊入隊
冬季戦技教育隊所属 三等陸曹
バイアスロン日本代表候補
平成30年平昌冬季五輪
女子15キロ 11位
女子7.5㎞スプリント 6位
平成31年自主除隊
「…これが例の女か、普通の娘さんにしか見えないがね。ウィンタースポーツは暗いので恐縮だがバイアスロンとは?」
「単純に言えばクロスカントリースキーとライフル射撃の複合競技で身体能力と射撃技術の両方を要求される過酷な競技です。」
「元自衛官でオリンピック選手か、経歴だけなら狙撃が上手いのも頷けるが実際どうなのかね?」
「彼女を割りだしたのは玉置警部補です。浜松の事件で女子高生に扮した大森を看破したのは彼です。」
そういうと富永は制服姿の数枚の写真を浜本に示した。浜松市中央区の防犯カメラ、ドライブレコーダーなどの写真ですべて紺色の制服だった。粒子は荒いがレポートの大森冬子と同一人物であることは間違いない。
「嫌疑は考えられるが、令状請求するのかね?」
「いえ、現段階の資料で求令はさすがに無理があります。ですがこの女は引き続き追う必要はあると考えます。」
「この女をあぶりだしたのは玉置君だったな。たしか東大法学部で総長賞を取った秀才と聞いている。明日からは大森の追跡に専従させてくれ。あと相手が女性である以上こちらも女性捜査官を用意せねばなるまい。」
「それについては問題ありません。奇しくも玉置の相棒は女性警察官です。」
富永は職員名簿を差し出した。
三島多恵 階級 巡査部長
平成5年7月12日生まれ
平成23年拝命
平成24年第四機動隊特殊訓練中隊入隊
近代五種選手として登録
平成28年リオデジャネイロ五輪
近代五種26位
平成29年警備部警護課警衛係配属
平成31年刑事部捜査一課強行3係配属
拳銃 上級
逮捕術 上級
剣道 二段
「三島です。彼女も元オリンピック選手でSPの経験もあります。戦力的にも大森に十分対抗できると存じます。」
伸郎と多恵に新たな任務を付与された。映像の女、冬子の追跡である。
会議室壁面大型モニターに女が映し出されたた。
・自衛官の制服姿
・胸に日本代表エンブレムの付いたトラックスーツ姿
・浜松で撮影の女子高校生のブレザー姿
自衛官は正面からとらえた証明写真でおそらく隊員名簿の写真だろう。
トラックスーツはオリンピアンの選手紹介の写真だ。
楽しくもないのに無理矢理作り笑顔をさせられた思い出が多恵にもある。
女子高生姿はでデジタル画像を引き延ばしたものらしく粒子がやや荒い。
顔立ちから三つの写真は同一人物であることは間違いなかった。
「今回浮上した被疑者は女性だ。名を大森冬子という。一枚目は陸上自衛隊時代の隊員名簿の写真だ。次は平昌五輪バイアスロン日本代表時代。そして君たちが入手した浜松のドライブレコーダーに撮影された画像だ。」
「見ての通り大森は若い女性だ。年齢は現在24歳。男性捜査員が近づくには何かと制約が多すぎる。従って女性捜査員を投入したいところだが被疑者は既に2件の殺人容疑がある。一般的な女性警察官では到底太刀打ちできそうにもない。であるので三島君のような精強な元SPの活躍に期待する。玉置警部補の指揮のもと是非とも奮起を願いたい。もちろん万全のサポートはする。」
そういうと富永は紙の資料を二人に差し出した。
多恵はまじまじと資料を見た。
大森冬子は多恵と同じ元オリンピアンでバイアスロンの代表選手だった。
退役自衛官でライフル射撃に精通している。
自分より4歳年下らしいが写真を見る限りでは10歳差でも通用するほどのあどけなさだ。
女の自分から見ても顔立ちが美しい。
多分こんなのが男にモテるのであろう。
警察学校でかわいいと騒がれた西野より数段可愛い。
多恵は思った。
どの世界にも上には上がいる。
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