第8話 女装趣味

 中野の公務員宿舎に戻った。

 まだ午後9時。いつになく速い帰宅時間である。

 コンビニ弁当をほおばりながら伸郎はピンクの頭のパンク少女について考えてみた。


 彼女が被疑者だと仮定すると、パンクの姿は捜査のかく乱を意図した変装であることは納得できる。


 しかし、技術的なことを考慮すると腑に落ちないこと点がある。動画の女は間違いなく若い娘だ。おばさんの若作りではない。そんな人物が400メートルオーバーの狙撃をこなすのは現実味に欠ける。


 日本は世界で最も厳格な銃規制の国である。普通の生活を送る人は銃に触れるどころか本物を見ることもなく一生を終えるくらい銃砲と人間社会は隔絶されている。


 ここまでくると銃はファンタジーの世界の小道具と言っても差し支えないレベルである。

 世界基準で言えば銃が存在しない社会の方が異質であるが、一般市民はそれを常識として抵抗なく受け入れている。

 そのような社会で若い娘がどうやって精密射撃の技術を会得したのかが疑問である。



 そこで仮説を立てた。

 仮説1、娘は日本ではなく外国人、若しくは幼少期からの海外居住者。

 仮説2、大学の射撃部、実業団の射撃チームに所属する者 

 仮説3、警察、自衛隊などの実力部隊に所属するか過去に所属していた者


 この国では狩猟免許は20歳からであり、ライフルに関してはショットガン歴10年以上の経歴がなければ許可は下りないので狩猟者は除外して問題ない。仮説2・3あたりを絞り込むのが妥当な線であろう。

 

 ここ連日、午前様が続きゆっくりできなかった。ふと伸郎は久々にコレクションを身に着けたい衝動にかられた。


 伸郎には人には言えない趣味があった。女装である。しかも、女子高校生の制服が専門分野である。

 童貞ではあるが女性に興味がない訳ではない。その点はノーマルである。制服を着る事に執着しているだけでそれ以外の行為はしない。

 女装しても特にオネェ言葉になるわけでもなく純粋に制服が好きなだけである。


 事の発端は高校の文化祭の出し物で化粧を施してもらい女子の制服を着た時であった。

 完成度が高いと誰もが褒め称えた。担任は「朝ドラのヒロインに似ている。」などと言うので姿見を覗くとリアルに可愛く自分でも驚いた。


 しかし、琴線に触れたのは自分自身の見栄えではなく、身に纏う制服の方であった。こんなかわいいものがこの世にあるかと心から感動を覚えたのだ。


 大学生になってからは家庭教師のバイトが良い収入になったのでその金で全国の制服を買いあさった。今のところコレクションは43着である。


 すべて合法的に入手したものだがこれが明るみになれば人事考課に影響するだろう。知られてはならないが唯一の癒しなので捨てるつもりはない。



 元来勉強家の玉置は知識の研鑽にも余念は無かった。

 服をひとめ見ただけで学校名はもちろんのことデザイナーから製造元の所在地やその会社の資本金まで熱く語れる程制服にのめり込んだ。


 短身痩躯なので大抵の制服に袖を通すことが可能である。イチオシは大阪に所在する天王寺シュピーゲル女学院である。


 臙脂色の二つ釦ブレザーにベージュのタータンチェックスカート、胸元のピンクのリボンタイが何ともかわいらしい。


 他人から見ればただの変態に見えるかもしれない。しかし、ある者は古美術品、ある者はブランドバッグ、ある者はトレーディングカードなど人によって尊ぶものはまちまちで自分の場合はたまたまそれがJKの制服だっただけである。

 理解してもらおうとは思っていない。


 着用は自宅でだけと決めている。女装クラブにも加入していない。以前女装して外出したことがあったが、ナンパやスカウトやらで困ったことがある。


 香川の丸亀明星のストライプ柄制服に着替えて姿見の前でいろいろなポーズをとってみる。

 やっぱりカワイイ。これが現実には存在せず、鏡の中にしかいない事実が悔しくてならない。生身の彼女が欲しいとおもった。


 ふと三島主任のことがよぎったが住む世界が違いすぎる。相手はもろ体育会系。

 長身で鍛えられた体躯、強面で鋭い眼光、男社会で揉まれてきた経歴、何よりも元オリンピックアスリートの肩書。勉強漬けの人生を送ってきた玉置にとって真逆の存在だ。


 海千山千の女刑事に男として見られるのは無理であろう。ましてやJK制服マニアだと知られた日にはゴミクズを見るような視線を投げかけるであろう。



 三島と組んで10日経過した。わかったことは「見たまんまの人」と言うことである。

 体育会系で姉御肌。常に感情が顔に出て思っていることが分かりやすい。裏表がなく自分を飾らない。世間でいうところの「竹を割ったような性格」と言う表現がピッタリくる。


 困った点はいつも着てくるワンサイズ小さい服だ。パッツンパッツンで下着の線が出まくりボディラインが丸分かりである。ただでさえ鍛えぬいた抜群のスタイルなので目のやり場に困惑する。


 併せて距離感が近すぎる。偶然ではあるが肩や膝が体が触れる事がある。伸郎にとってこれは拷問にも等しい。


 当初は童貞をからかって面白がっているのだと僻んでいたのだが、彼女が裏表のないキャラだと知ってと認識した。


 三島主任は、女性ならではのたおやかさは微妙だが、気っ風のいいお姉さんと言うのが現在の感想である。


 続いてドラゴンタトゥーの女について考えた。あのへんな頭と不気味な化粧、鼻や唇のピアスはいただけないが、これだけは自信を持って言える。


 絶対にJK姿が似合う。制服マニアの伸郎は確信した。

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