第6話 はぐれ犬、須藤鋭二

 司法解剖が終わり松原の組葬は荒川区の超然寺にて盛大に執り行われた。


 当面の組織の舵取りは若頭の木下が代行として取り仕切ることになり、腕に覚えのある9人が報復チームとして編成された。


 選抜組の指揮官は須藤鋭二でチーム内には藤岡武則の姿もある。

 喫緊の課題は下手人探しだが現在のところ手掛かりは全くない。


 186センチと長身の須藤はドレッドヘアーにしているためさらに長身に見える。荒削りで野性味あふれる風貌にそのヘアースタイルは似合っていた。


 当時のことを須藤は克明に覚えている。気は抜いていない。周囲に不審な者など見当たらなかった。


 最初に松原の頭が鳳仙花みたいに破裂した。その後続いて図太い号砲が南から轟いた。


 それは拳銃の発射音とは違っていた。拳銃はもっと短く乾いた音のはずで、当時松原の頭がはじけてから一拍遅れで轟音が届いた。音速を超えた高速弾がなせる業だ。

 おそらくは大口径ライフルを使った狙撃と須藤は判断した。

 ただこのやり方は極道の喧嘩においては一般的ではない。


 ヤクザもんの殺しは拳銃が原則である。

 拳銃は携帯性に優れ隠し持ちには最適の得物である。ヒットマンたるものは確実な仕事を要求される。外せばもう次がないからだ。

 第一、遠く離れた安全な場所からコソコソと隠れて狙撃など漢の矜持が許さない。

 大物殺しの花道をいくならば、わが身を晒して華々しく散るのがいっぱしの極道のはずである。


 そのためには覚悟を決めて的にギリギリまで接近してありったけの弾をぶち込む。反撃を受けて死ぬかもしれないが相手を屠ることが最優先でわが身の事など二の次三の次である。


 それがヤクザのやり方のはずなのだが今回の松原殺しは何かが違う。極道社会の中でも名の通った松原を仕留めたのに名乗り出る者がいないことも解せなかった。

 

 事件当日、警察は事情聴取と称してやたらと任同(任意同行)を迫ってきたが完無視した。「オヤジの仇は自分達でとる。誰の手も借りない。」須藤は誓った。




 須藤は施設で育った。親の顔など知らない。自分にとっての親は松原である。十六の時に拾われて以来松原のもとで男修行にはげみ己を磨いてきた。


 松原は厳しく恐ろしかったが、漢気があり義理人情に厚く、金、力、人望すべてを持ち合わせ憧れだった。


 幼年期少年期と人間扱いされなかった自分に初めて正面から向き合ってくれたのは松原である。


 松原の指示ならどんな命令にも従ってきた。これまで4人の命を奪った。立件されたのは22歳の時の1件のみだがその時は6年務めた。

 

 松原を殺して「誰得か」を考える。

 跡目争いについてはまず無いと見ていい。たしかに直参で候補の一人ではあったものの序列的には6位がいいところだ。


 殺してまで排除しなければならないほどの立ち位置ではない。それに松原は有力筆頭の本家の若頭小堺を推していて跡目への色気は微塵も見せていない。身内に怪しいものはいない。


 迅馬組の資金源は覚醒剤である。それも日本では珍しい「完全内製化」のブツだ。

 品質は極上で、比較的評価の高い東南アジアや中米のブツと比べても数段優れている。取引先は海外で断じて国内には流さない。


 九州に似たようなシノギをしている組織があるが、そこは粗悪品で国内でさばいている。迅馬組とは競合しないので商売仇になりえない。

 一体誰が…? 現時点で須藤には何もわからなかった。


「アニキ、これからどうします?」

 細身で金髪イケメンの藤岡が訊ねてきた。

「まずは新宿中の情報屋からネタをかき集めろ。どんな些細なことでもいい。決してサツに先を越されるな。」




 5日ぶりに渋谷区のアパートに帰った。家賃12万円の1LDKだ、須藤の羽振りならもっと高い部屋に暮らせるが寝に帰るだけの所に金をかけるつもりはない。


「おかえり、ご飯食べた? チルドかレトルトでよければすぐできるけど。」

 みゆきだ、須藤より三つ年下でビーバーみたいな齧歯目を思わせる女である。


 幼い頃、埼玉にある同じ施設に育った。いつもボロボロの犬のぬいぐるみを抱きお腹を空かせていた。頭のいいほうではなかったが、愛想が良く決して他人の悪口を言わない女で3年前に道玄坂の風俗店で働いているのを偶然見つけた。


 たちの悪い男に引っかかり借金を背負わされたとのことでありがちな身の上話を聞いた。

 生き馬の目を抜く人生を送ってきた須藤にとってはみゆきの事情はさして珍しいものではない。


 ただ、犬のぬいぐるみを今でも大事に抱いているのを見た途端、珍しく心が震えた。


 多分、ぬいぐるみを須藤自身に重ね得てしまったのかもしれない。世間から不要と蔑まされたボロな犬、まさに須藤だ、そんなものを後生大事に抱えている。

 たかっていた寄生虫は簡単に型が付いた。須藤が得意の暴力で念入りに可愛がると借金はチャラになり詫び料を差しだして命乞いをした。



 みゆきは店をやめさせふんだくった詫び料を手渡して解放したが、行く当てがないと言って須藤のアパートに転がり込む始末である。


 すぐに弁当屋のパートを見つけわずかな金を生活費と称して須藤に手渡した。今の須藤にとっては端金で突っ返してもみゆきは頑として受け取らなかった。


「バカヤロウ、そんな風に人が良いから騙されるんだ、てめぇは。」


 怒鳴りつけても蛙の面に小便で須藤は根負けした。

 パッとしない女だが住み着かれてからは環境や食生活が人間らしくなり体調も良くなってきた。


 出された冷凍ギョウザをビールで流し込む。

 みゆきは今日見た韓ドラの感想とかパート先の弁当屋に最近よく来るそこそこきれいなのに目つきが悪くて損をしている女性客の事とかどうでもいい話をはじめた。

 

 須藤は完無視でギョウザをパクつきながら新聞を広げるが、みゆきは一方的にペラペラと喋り続ける。


「明日から当分帰らない。サツが来るかもしれないが相手にするな。わかったな。」

 女性客の話からペットショップの白黒フレンチブルの話題に切り替わった段階で遮るように須藤は言った。

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