第4話 『滴る』 戦争の気配、直ぐそこまで

七の月四日


 私達は再び信じられないような目に遭った。


 今日見つけた日雇いの仕事は、領主の庭園の草刈りだ。ここの領主であるティドセル・フォン・ブラッドホーヴェド伯爵は庭園にこだわりのある人物なので、くれぐれも指示された草以外の植物は刈らず、刈った後も美しく見せる為に、風の魔法を使用できる者が率先して名乗り出ること、というのが採用の要件だった。

 ちょうど私は風の魔法ならある程度は使えるので、ぴったりの仕事だった。魔法を使わない者には落ちた草を拾う仕事や庭のオブジェを磨く仕事があるというので、ベルンも一緒に行く事になった。


 午前中の仕事自体は順調だった。私達の作業は庭師が監督し、言われたとおりに伸びすぎた草花や木の枝を切り、ごみを集めるだけでよかった。

 ただ、歩き回りながらの仕事では大量に汗をかいた。この国は大陸の北部に位置しているので、他国と比べそう暑くはないとは言われているが、尚も快適とは言い難い。


 そして昼休みになり、私とベルンは支給されたパンを齧りながらお喋りをした。その際に彼が、作業の合間に地下へ続く階段の入口を見つけたと話した。

 私は特に気にしなかった。ベルンは知らなかったのかもしれないが、貴族の館は戦や乱の際には砦になる。そのため、いざという時の出入り口としてこの庭作られた隠し通路の階段ではないかと考えていた。


 雲行きが怪しくなってきたのは午後からだ。

 まず、私とベルンが草を刈っているところに、一人の女性が現れた、年齢は多分私と同じくらいだと思う。彼女の服装が豪華で日焼けのない肌をしているのを見て、私は咄嗟に彼女が貴族だと判断し作業を止めて挨拶をした。

 案の定伯爵の娘トルネと名乗った彼女は、私達に助けを求めた。

「弟の姿が見当たらないのです」

 トルネ令嬢はそう言って話を始めた。前日の朝食の後から、彼女の弟ソレイユ令息が何処を探してもいないのだそうだ。館中を探し、残るはこの広い庭だけになったため、丁度草刈りを手伝っていた私達に声を掛けたらしい。

 この暑い日差しの中なので、トルネ令嬢もすっかり汗だくになり、放っておくと倒れてしまいそうだった。私達はまず彼女を日陰に連れて行くことにした。トルネ令嬢は長い髪から滴る汗を気にしながら木の陰に座り込んでいた。私達もしばらく付き合って休んでいた。

 やがて、突然地面の下から子供の笑い声がした。私とベルンはぎょっとして顔を見合わせたが、直ぐに先程ベルンが見つけた階段を思い出した。トルネ令嬢を連れて行った先が、まさしくその階段のすぐ近くだったのだ。令嬢も階段の存在を知っていたらしく、立ち上がって私達と一緒に三人で階段へ続く蓋を引き上げた。

 ソレイユ令息は地下通路に入ってそれ程経たない内に見つかった。大体五歳位の男の子で、元気が良さそうだ。これで一件落着だろうと考え、私達はトルネ令嬢を置いて仕事に戻ろうとした。

 ところが、階段に差し掛かったあたりで令嬢の金切り声が聴こえたため、立ち止まらざるを得なかった。

「貴方、一体どなたなのです! 何故こんなところでお母様と一緒にいるのです!」

 色々な要素を含んだ嫌な予感がしたが、ともかくトルネ令嬢の安全を確保しなければいけないと考えた。ベルンも同じ思いだったようだ。そして私達は引き返した。

 そこにいたのは意識もなく倒れている下男、トルネ令嬢とソレイユ令息、伯爵夫人、そして黒ずくめの人物だった。

「トルネ、下々の者と仲良くしてあげるのはよい心がけですが、本性のわからない者をこんな所まで連れて来てはなりませんよ」

 伯爵夫人はそう言ってお上品に微笑んだけれど、その口からは血が滴っていた。私は直ぐに彼女が厳密な定義としての魔族の一つ、吸血鬼族なのだろうと考えた。逃げた方が良さそうだとベルンに話そうとして、私は自分の体が動かなくなっている事に気づいた。

 そして、倒れていた筈の下男が声もなく起き上がり、私達の両手に縄をかけた。

「牢に連れて行きなさい。エフェメラントの間者かどうか調べましょう。この邪視のアマーガレスの目を欺くことができると思わない事です」

 下男はその命令に従い、私達を連行した。途中、ベルンは彼と話そうとしたが、一言も返事が返ってくることはなかった。


 それからしばらくして、私達の投獄された牢の前に先程の黒ずくめの人物が現れた。タルタラント五将の一人、魔剣士クロノと名乗った彼?(女性かもしれない)は、私達がエフェメラントの間者ではないと知っているらしかった。そして、私達を解放するよう伯爵夫人を説得してくれるという。ただし、ブラッドホーヴェド伯爵夫人の正体――同じくタルタラント五将の一人、邪視のアマーガレス――については一切公言しない事が条件だった。

 この時、ベルンはクロノに何故タルタラントでも、敵対するエフェメラントでもなく、このヴィーダルラントに魔王の腹心がいるのかと尋ねていた。確かに私も不思議に思った。

 クロノはそれについては答える心算が無いようだった。


 今、両手の縄はどうにか解けたので、こうして日記を書いている。

 先程のベルンの質問まで記録したところで、私はふと、タルタラントがヴィーダルラントとも戦争を始めようとしているのかもしれないと考えた。これは恐ろしい事だ。今まで、創造の神ブリアデウスを主祭神として崇拝するエフェメラント以外の人間の国は、タルタラントとは直接戦争をしたことがないそうだ。両国の戦争においてエフェメラントを支援するだけだと聞いている。ヴィーダルラントが戦場になってしまうなんて、考えたことはなかった。


 さて、クロノは本当に釈放してくれるのか、それとも尋問が待っているのかはまだわからない。最後に、また出会った人(と魔族)について書いておく。どんな人間や魔族でも、記録しておけば何かの役に立つかもしれない。



――アマーガレス(マルグレーテ・フォン・ブラッドホーヴェド伯爵夫人) 吸血鬼族 タルタラント五将の一人


 魔法で下男の死体を操っている。魔王の腹心ということは、他にも非常に強い力を持っているのだろう。私達も体の自由を奪う魔法を浴びたけど、どうやって機能させているのかわからなかった。


――クロノ 魔族(種族はわからない) タルタラント五将の一人


 謎の人物。タルタラント五将について、噂は聞いたことがあったけどまさか自分が出会う事になるとは思わなかった。

 そういえば、ベルンの旅の目的は邪心の神デオンハイルを討つことなのだから、タルタラント五将は敵という事になる。だけど、別にベルンは今日出会った二人に対しても敵意を持っているような態度を露にはしなかった。どうするつもりなんだろう。


――トルネ・フォン・ブラッドホーヴェド伯爵令嬢 人? ヴィスボリの領主の娘


 太陽光を防ぐ強力なバリアーの使える吸血鬼族かもしれないけれど、館からいなくなった弟の行先も庭だと考えたようだし、やっぱり人族の可能性が高いと思う。

 それにタルタラント五将のクロノを知らなかったという事は、お母さんの正体も知らなかったのではないか。もしかすると二人は実の親子ではないのかもしれない。


――ソレイユ・フォン・ブラッドホーヴェド伯爵令息 人? ヴィスボリの領主の息子


 お母さんの食事を見ているはずだけど、特に怖がる様子はなかった。吸血鬼族かもしれないし、年齢が幼いこともありお母さんはそういうご飯を食べるものなのだと思っている人族かもしれない。


――ティドセル・フォン・ブラッドホーヴェド伯爵 人 ヴィスボリの領主


 自慢の庭の世話が好きな伯爵。以前旅をしていた仲間の話では、王からの信頼は非常に厚く、そのおかげでヴィスボリの町は栄えているそうだ。ヴィーダルラントではここ数年戦や乱は起きていなかったけれど、もし戦になれば戦場でも王と共に大軍勢を率いて戦う立場になるのだろう。

……伯爵夫人の正体については知っているのかな。

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