第5話 『線香花火』 町の光遠く

七の月五日


 結論から言って、私達はほぼ無傷で牢から釈放された。

 まず、魔剣士クロノがアマーガレスと共に再び姿を見せた。

 その際、クロノはベルンに関心を持っていると話した。彼の持っている聖剣ブランスレートにも特別な力が宿っているけど、まずはベルン本人の実力を知りたいと言って普通の剣を渡し、二人は一対一で一勝負することになった。

 正直言って、勝負を見ていた私は驚いた。剣の流派についてはよくわからないけど、ベルンは斬りかかる時に猛烈に勢いをつけていたように見えたから、それが功を奏しているのかもしれない。とにかく、彼はよく耐え、何度も相手を押し戻した。

 だけど、それもクロノが魔力の籠った黒く細い剣に持ち替えるまでの話だった。

「あまり圧されると、タルタラント五将として示しがつかないな」

 クロノはそう言って笑っていた。多分、魔剣士と名乗るだけあって、本来はこの振ると同時に魔法が発動する剣で戦っているのだろう。剣を持ち替えてからのクロノは俊敏な動きで、ベルンの攻撃を軽くあしらうように弾き返しては攻め続けた。

 そして、ついにクロノの魔剣が壁際に追い込まれたベルンの喉元に突き付けられた。ベルンは愕然とした表情を浮かべていた。

「教育は十分受けているようだな、聖剣士。だが君の心はまだ定まっていない。邪心の神デオンハイルを討ち、君の望みを叶えたいならば、まずは世界の理を知る事だ。時が来れば、その心が自ずと剣を動かすだろう」

(この時のクロノの発言は、直接言われたのではない私の耳にも不思議とよく残っている。)

 そして、驚いたことにクロノはそれ以上何もせず、アマーガレスに私達の釈放許可を取ってくれた。

 この時は困惑したけれど、結局明確な理由はわからない。ベルンに関心があるとはいえ、自分達に仇なす存在を放っておいていいのかな。強いて言えば、伯爵夫人の方は娘のトルネ令嬢が私達と顔を合わせている以上、私達を自分の城の中で殺すのは躊躇ったのかもしれない。

「1時間だけ留まることを許します。私がいる限り、町には二度と立ち入れないものと思いなさい」

 伯爵夫人は苛立ったかのようにそう言い、二人は牢を後にした。私はこの時、持っていた時計を取り出した。夕刻の4時だった。

 1時間の猶予が与えられたとはいえ、勝負で受けた傷を魔法で治療するにも時間はかかる。私はひとまず傷を塞ぐ魔法を唱えた。

 旅を始めたばかりのベルンがタルタラント五将にここまで抵抗できると思わなかったことを伝えると、ベルンは憮然とした表情を浮かべた。

「俺、旅は初めてだけど、この前話したとおり剣の使い方はわかるし、山仕事で体は鍛えてるから。……正直、人を斬ったことも何度かあるし」

 ベルンは最後の一言については口籠りながら喋った。もしかすると、やむを得ず斬ってしまった、というのが事実に近いのかもしれない。

「それと、あいつが貸してくれたの、鋭牙族がよく使う剣なんだ。母さんと修行する時、いつもああいう飛び込みやすい剣を使ってた」

 確かに、狗人は人族よりも短い剣を使う事が多いらしい。彼らは口の牙も武器とするため、戦い方の切り替えを容易にする武装が好まれるそうだ。

 魔術での初期治療が一通り終わった後も、ベルンは顔を顰めていた。二人で歩きながら、彼はぽつぽつと色々な疑問を口にした。クロノの魔剣で斬られた時、何故か傷口の生まれた場所ではない部分に激痛が走ったこと、タルタラント五将が人間を滅ぼす気でいるのなら、何故彼から聖剣を取り上げなかったのかということ、そして伯爵夫人はトルネ令嬢をどう考えているのかということ、などだった。

 太陽の射す庭に戻ってきたとき、私は安堵した。そして、再び時計を取り出した。4時25分だった。残り35分で町の外に出なければいけない。庭を出るだけでも20分はかかったけれど、本来はどうすればよかったのだろう。

 この時、館の門の前でクロノに再び会った。どうやら私達を待っていたらしく、約束どおりヴィスボリを出る気があると判断してくれたのか、転移の魔法で町の門まで送り届けてくれた。

 ただ、そこからは手荒な追い出し方が待っていた。クロノは私達に背を向けると、門番に向かって大声で叫んだ。

「見つけたぞ! 宝石泥棒だ!」

 私達は顔を見合わせた。成程、これでヴィスボリの町からは離れざるを得ない。それにしても一週間に二度も泥棒扱いを受けるなんて中々にない体験だ。私達は慌てて走り出した。町を出ても街道を歩いていたら追手は来る。急いで道から外れ身を隠せる森を目指した。


 そうして今、日が完全に沈み、町の衛兵が探しに来ている気配もないので日記をつけ始めた。

 ヴィスボリの町で打ち上げられている花火の光と音が、私を不思議な気分にさせる。今あの平和な町では夏のお祭りの最中なのだろう。伯爵夫人はこれからあそこで何をするつもりなのか。彼女の正体を知っているのは私達だけなのか。王都まで行って真実を伝えるべきだろうか。だけど、私達を生かして帰した以上、魔族達は先手を打っているかもしれない。

 私はふとベルンを見た。彼は目を輝かせて花火を眺めている。荷物の中に「せんこう花火」があったことを思い出した。以前の日雇い仕事の報酬で貰ったものだ。家族や恋人と一緒にどうぞ、なんて言われながら。

 折角だからこれに火を点けてしまおう。私はベルンにも「せんこう花火」を手渡した。とても小さな火が、まだとろみの残る茹でた卵黄のように丸くなって震えるように発光している。小さな命が宿っているかのようだ。これもこれで面白い、とベルンは喜んでくれた。

「夏に上がる花火は全部、終の大河の向こうから来た東方人が作っているの。「せんこう」は、東方人の使う、糸みたいな形をした香りの練り物のことよ」

 私はベルンにそう説明した。案の定、彼は東方人の存在は知っているけど、実際に会ったことがないらしい。確かにヴィーダルラントに住む東方人は少ないけど、こんな変わった旅だから、きっとその内出会えるだろう。


 今日は新しく出会った人はいないので、記録はできない。明日はどんな旅になるのかな。

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