第3話 『謎』 本当かどうかもわからない夢で、いきなり世界を担がせるなんて!

七の月三日


 ヴェステルからちょっと変わった方法で南に下った私達は、一日かけてヴィスボリの町に辿り着いた。この町にはその名のとおり白い城がある。この町を統治している伯爵の城だそうだ。

 宿は空いていたので、少なくとも今日は安心して疲れを取ることができる。ただ、流石に金魚泥棒くらいでは起こらないないと思うけど、ヴェステル市から私達の指名手配が各地に配られ始めたら話は別だ。ここで長居せずにもっと遠くへ離れる必要がある。

 今日はベルンと一日目よりも沢山話した。突然の逃避行にも関わらず、ベルンは「そんなこともあるのか」といった様子で驚くだけで誰に対して怒ることもなかった。何となくだけど、私もこの子となら当分上手くやっていけそうな気がした。

 そもそも、彼が旅に出た目的というのが、実に変わっていた。ベルンがそれなりのお歳のお母さんを置いて家を出たのには、次のような経緯があった。

 まず、先日の日記に書いたように、ベルンの家はアスガルズ山の修道院ともそれなりに交流があった。その上で六の月末日に、ベルンは修道院長に、夢で見た創造の神ブリアデウスのお告げを聞かされたのだそうだ。

 修道院長の聞いたお告げは途方もないものだった。そのまま繰り返しただけでは、後で読み返した時に困惑すると思うので、私の言葉で補足しながら書いていこうと思う。


 まず、『天地創造記』にあるとおり、創造の神ブリアデウスは邪心の神デオンハイルと長きにわたって戦いを繰り広げてきた……と、夢の中でも創造の神は修道院長に語ったという。

(こんな風に書き始めたのは、私はこの話が本当にお告げだとは信じきれていないから。もっとも、私も夢に関する魔法を使えるわけではないので、予知夢や預言夢をそうでない只の夢と区別できない。)

 創造の神は更に、永遠に続く両神の争いに終止符を打つため、修道院長に聖剣を授けた。この剣を山の老女モードリッドの息子ベルンハルト・グルドエクセに持たせ、邪心の神を討つ旅に出せと言った、そうだ。


 私が突拍子もないと思った部分はここだった。神に向かって討つ、滅ぼすという言葉なんて、普通は使わない。人間と魔族が神殿を破壊し、僧を殺し、書を燃やしても、信じる者がいなくなるだけで、神は傷つかない。(神話や伝説が正しければ、悲しむ、という意味での「心が傷つく」は神にもある。)

 じゃあ何故、修道院長はそんな夢を見たのだろうか。誰かが彼を騙す為に魔法で夢を操った、又は現実の出来事が夢の中で分解され神の声として再び固まったなどがありえるかもしれない。

 昨月、ブリアデウスを主祭神とする教会が大きな権力を持つエフェメラント王国と、魔族の国タルタラントとの間で戦争が始まったと聞いている。ヴィーダルラントは田舎なので、大陸中央からの情報が届くのが遅いため、実際はもっと前からかもしれない。

 そして、邪心の神デオンハイルはタルタラントの住人にとって唯一の神だ。デオンハイルがいなくなれば、タルタラントの魔王による統治は成り立たなくなると言われている。だから、戦争の噂が修道院長に神々の争いの夢を見せたとも考えられる。


 修道院長の話を信じる理由があるとすれば、夢の中で彼に託された聖剣が実際に現在ベルンの手元にあるということだ。ただ、私は武術に全くもって明るくない。その剣がどれ程素晴らしく希少で、切れ味の良いものであるのか、本当は鍛冶屋に頼めばすぐに作ってもらえる程度のありふれた物であるのかはわからない。また仮に神が斬れるとして、ただの旅人に、邪心の神と対峙する術はあるのか。


……と、こんな風に私も信じられていないけれど、ベルンの前ではそれを表には出さないようにしている。理解できないことが沢山あるけれど、本当のことはいつかわかるのだろうか。


さて、今日は……宿屋のご主人達とは世間話もしなかったので、出会った人についての記録はできない。しょうがないので、ベルンから聞いたお母さんと修道院長の話を書いておこう。


――フィオレ修道院長 人 サルヴァ国出身(らしい)


三十年程前に修道院に来て、修道士として真面目に暮らした結果今の地位に上り詰めたそうだ。真摯な僧侶にとって、神の声を聴けるというのは無上の喜びだったのだろう。

だけど、もう少し預言の真偽を確かめるとか、準備できなかったのだろうか。


――モードリッド・グルドエクセ 狗人 出身不明


聖職者ではないけれど、修道院長の夢の話は直ぐに信じてしまったようだ。

ベルンにとってはいいお母さんで、家事全般、山仕事、それに武術も教えてもらっていたそうだ。ベルンは「今でも俺より強い」と言っている。……そんなことで、邪心の神に勝てるのかな?

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