第34話 飛行するポリプ 後

 ベッドの下には引き戸。開くと梯子とやや小さい部屋(3m×3m)がある。

 壁は継ぎ目のないつるつるした素材で、いかにもイス人の好みそうなやつである。

 部屋は赤い光に照らされているのだが、出所は中央に据え付けられたブロンズ色の奇妙な装置だ。大きさは50㎝ぐらい。

 精巧な彫り物がされた金属パーツをモダンアートのように組み上げた、不思議なデザインで、頂点には宝石のようなものが取り付けられている。

 ボタンのようなものがいくつもついているが、機能を説明する文字はない。


 あと、その脇の床には2mぐらいの細長いものが4つ、無造作に転がされている。

 ややこしいのは装置の方だろうから、先にこの細長いものを調べてしまおうか。


 ああ、やっぱり死体だったか………誰か記録でもつけてないかな。

 しかし全く腐ってないな。このバスの機能か………

 ん、古風な貴族服の男性から、手帳と暗号を発見!解読する!


 ええと、アレに落雷あり………アレの動き鈍くなる………強い電気が弱点。

 しかし雷がどこに落ちるか予測できない。もう一度ジョーイと話し合う。

 話し合った挙句がこれか………多分知り合いか友人だろうけど救われないね。

 他の人は服以外のものを持っていなかった。


 装置の方を調べてみる………うん、たぶんこれはバスのマニュアルだ。

 起動方法は見当がついた。起動するとどうなるかは分からないが―――

 ええい『勘』を信じて起動だ。


 脳裏に膨大なイメージが浮かんでくる。イスの偉大なる種族の文明の情報。

 さすがに結構きついな………あの2人が居なくて良かった。

 俺できついんじゃあ、あの二人は脳が焼き切れかねない。


 情報を探る………飛行するポリプを撃退出来たら、このバスから出られる可能性は高いな。落雷は俺の『教え』で何とかするとして。


 なるほど、ここはイスの偉大なる種族の移動シェルターか。

 飛行するポリプはイス人の天敵だからな。

 マニュアルには飛行するポリプの危険性が嫌というほど書いてあった。

 

 この「ミサキバス」は、救助するに足る知的生物を、飛行するポリプから守り、撃退できる設備のある場所まで護送する移動シェルターだ。

 だが、護送先ははるか前に破壊されていて、行き場を失くしたミサキバスは(魔界が以前別の惑星だっだ頃から)運行しつづけているみたいだな。

 そんな前から魔界にいたのか………なんか、壊して出たりするのは可哀そうになって来たな。まあ内側からは破壊出来ないみたいだけど。


「ジーク、如月、タイさん!話がある!」

………

「ええっ!ジョーイを殺した!?本当だ、息をしていない!君たち凄いよ!僕は怖くてできなかったんだ。ほら、急に目とか開けそうなタイプだったじゃない?」

「それはちょっと思ったけど………やらないとやられそうだったから。ほら、この暗号書いた人とか、相談でもめて殺されたんだと思うよ」

「ひええー。そこまで見境ない奴だったなんて」

 正気度0だからな。


 俺は得た情報をかみ砕かず―――親友と彼女のことぐらい信用している―――3人に話した。タイさんは度々質問してきたので、彼にはかみ砕いたが。

 如月は「少し怖い」と言っている。多分イス2022の後遺症だろう。

 

「で、どうするかなんだけど」

「「「はい」」」

「ちょっと待っててね、マニュアルによるとできるはずなんだが………」

 俺は運転席に座る。3人もぞろぞろついて来た。

 運転席で強く念じると―――


 操縦席は、現代の地球のものと寸分たがわぬ形になった。

「これなら誰か、運転できないか?」

「私できます」

 なんと!如月が運転できるとは。そう言えばお掃除ロボットとか持ってたもんな。

「俺は雷に集中するから、その間任せていい?」

「はい、できます」

「頼んだ!」


 話を続けることにする。

「まず、バスをゆっくり走らせて飛行するポリプを引き付ける。奴が見えてきたら、俺は『教え:血の魔術:轟雷』っていうのに全力を注ぐ。充分引き付けて―――バスにダメージが入っても構わない―――撃つ。万が一仕留めきれない場合はもう一度使うけど、この『教え』はタメがいるから―――10秒ほどで良いから時間が欲しい」

「私が何とか逃げ切ればいいんですね」

「うん、もし大ダメージを与えられてたら、突撃してもらうかもしれないけど」

「………私、大丈夫です」


「ジークとタイさんは、いまちょっと窓とかに手を当てて、雷の精霊とコンタクト出来ないか試してみてくれないか?」

………2人は集中している。

「「できた!」」

ジークは中級、タイさんは下級とコンタクトできたらしい。


「じゃあ、追撃を頼むな」

「「わかった!」」

 タイさんも、指示があれば動けるのな。

「まさかこんな方法で外とコンタクトできるなんて………」

 タイさんは感動している。まあ10万年(悪魔の感覚で10年ぐらい)この中にいたらしいからな………悪魔でなければ今頃正気度は0だ。


「あと、機動力・攻撃力・防御力をイメージで上げておく………よし。見えないけど大丈夫だと思う………ん?如月?」

「バスの正面にトゲができてますよ」

「ああ、攻撃力のイメージだな。成功しててよかった」


「よし、確認はこれぐらいで良いか。総員配置に!如月はスピード落として!」

「はい!」

 俺は両手を前に突き出し轟雷をため始める。

 俺の家系はいかづちの家系でもある。代々当主は、比類なきいかづちの使い手であった。

 なので俺とこの『教え』は相性抜群なのである。


「ぴゅー、ぴゅー」

 ………笛の音のような音が聞こえてきた。飛行するポリプが近い。

 やがてそれは目に見えだして―――


 それは、たくさんのポリプの集合体のようにも見えた。

 全体像ははっきりしない。

 瞬くように体が現れたり、透明になったりするからだ。

 たくさんの丸い目と、イソギンチャクの様な触手をはやした口を持っていた。

 とりわけ長い触肢で地面を這っているのだが、そのスピードは風のようであった。

 我々がよく知る生き物のようなものとはかけ離れたモノである。

 その精神構造を理解する事など不可能であると直感で来た。

 (引用:マレウス・モンストロルム)


 正気度が減った時特有の吐き気がするが………誰も精神異常に陥らなかった。

 ああ、蚊帳の外だったミヤさんが何か騒いでいるが―――

 ガクガクとバスが揺さぶられ、屋根がはがれて飛んだ。今だ。

 「『教え:血の魔術10:轟雷』!!」


 音もなく雷撃は落ちた。

 そして次の瞬間凄まじい轟音が鳴る。

 飛行するポリプは―――瀕死だ。

 飛行するポリプの事は分からないが『勘』がそう言う。


『如月!突撃!』

 屋根が飛んだ事で、解放空間になったので、念話でそう言う。

 みんな、耳が聞こえないだろうからだ。

『了解です』

 こんな時でも冷静な如月の声を頼もしく受け止めつつ―――

 「ミサキバス」は突撃した。


月明りの下。飛行するポリプはもう動かない。

全員が車の外に出て来ていた。タイさんは飛び上がって喜んでいる。

ミヤさんが「そんな、私はどうすれば―――」と呟いて両ひざをついているが、俺は彼女に『デイスリープ(深い眠り)』をかけて、異世界病院に託す。

そのままにしておくと、ロクな未来が見えなかったからだ。


タイさんは家族の元に帰るという。

まあ10万年なんてそこまで大した時間ではないからな、悪魔にとっては、だが。

人間なら国がなくなるだろう。下手したら絶滅しているかも。


 さて

「おい、2人共」

「「はーい」」

「宿題どうする?」

「荷物はありますから………」

「雷鳴、お前テレポートできないか?」

「地図見て、座標転移で空に出るなら、まあ大丈夫」

「それなら頼むわ」

「了解」

 宿題を投げ出すのだけは名誉にかけてできない3人であった。


♦♦♦


 宿題を終えて帰ってきた俺を、ちびっ子―――中等部はもうチビではないか―――たちが、暖かく出迎えてくれた。

 そしてミランダから急報も。

「ミルアさんとルルアさんが、子供生まれたって!いったん家に帰ろっ!雷鳴!」

 ええっ!?しまった、睡魔の領域には念話もケータイも通じないから―――

「今すぐ帰る!ミランダたちは後から来い!」


 俺は慌ただしく『テレポート』したのであった。

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