第35話 土星からの猫ー1
俺が家に駆け付けた時には、当然ながらもう出産は終わっており、普通にミルアとルルアに面会できた。難産だったそうで、帝王切開だったそうだ。
こういう時の為に、腕のいい医者と契約しておいて良かった………
2人とも元気ピンピンで、手術の後も完全に消えていてホッとする。
少し驚いたことに子供は最初から言葉を話し、あっという間に10歳ぐらいまで成長したそうである。まだ0歳なのに。
まあそれは超高能力者予備軍の証でもあるので歓迎すべきことだ。
ただ、俺は成長が遅いタイプの超高能力者予備軍だったため―――というかうちの家系は大抵成長が遅いのであるが―――驚いただけだ。
ミルアの子は男の子で、名前は俺につけて欲しいと言ってきたので「アルジャン(意味は銀)」と名付けた。かなりの美形で、波打つ銀髪がもう背中までのびていて、後ろで括ってある。そして悪魔の好む紅い瞳をしている。
俺は黒髪でミルアは金髪だが、祖父が銀髪だった。そこから血をひいたのだろう。
ちなみにこの子は分家を継いでもらうと決定しておいた
ルルアの子は女の子で、やはり命名を任された。
「フロイデ(意味は喜び)」と名付けた。とても美人だ。
容姿は波打つ金髪が背中まであり、梳き流しになっている。目は紅い。
どう考えてもルルア似である。
複雑な気分だが、この娘はジークの嫁だ。写真を撮って持って行ってやろう。
ミルアとルルアは子供を教育する傍ら、もう仕事に復帰していた。
子供達は俺が自己紹介をするまでもなく「ぱぱー」と抱き着いて来た。
ミルアとルルアが記憶球で教えたらしいが、可愛いなこの子たち!
寮に戻る前に、教育係の手配もしておいてやらなければ。
あと、ミルアとルルア、他の側室、正妻のオーロにも「一応念を押すが、7万歳になったら、子供達はディアブロ学園の幼等部に入学させる」と言っておく。
将来のコネを作るためでもあり、学問も魔界で最高の授業が受けれるからだ。
貴族ならそんなものだと、自分も貴族の子女である妻たちは納得してくれた。
俺はしばし子供達と遊んで(その間にミランダも顔を見せた)たくさん写真を取った後、必要な人員の手配を済ませ、寮に帰るのだった。
もちろん一月に何日かは顔を見せる約束はした。
他の妻たちの出産ももうすぐなので、楽しみである。
ちなみに、帰ってジークにフロイデの写真を見せると「すでに美少女じゃねーか!絶対いい女になるぜ!」と大喜びであった。
出産ラッシュが落ち着いたら、紹介すると約束しておいた。
♦♦♦
5月。俺は最近の日課で、真っ直ぐ家に帰った。
用がある時は再度出かけるが、とりあえず一度帰って来なくてはいけない。
何故か?それはシルクの餌やりのためだ。
シルクは純血のペルシャ猫であり、イスカのペットだ。
毛色はブルーと呼ばれる青みがかった灰色、目は青い。性別はメス。
年少3人では甘やかすので、俺の担当なのだ。
猫語を習うのは中等部3年からなので、まだ意思疎通出来ない為でもある。
まあ、ミランダは俺が教えたので話せるのだが、一番甘やかすのでダメだ。
ちなみに当初はハート形にカットした俺製ルビーに、精霊たちの加護を貰っていたのだが、いまいち似合わなかったし、加護より精霊が宿っていた方がいいということになり、変更を加えた。
儀式までして、猫の最上級精霊を呼び出して、シルクとの契約を頼んだのだ。
宿り先は、天然物のキャッツアイを、ダイヤとプラチナの台座に嵌めたもの。
それを銀の、シルク製の首輪にぶら下げている。取れても戻ってくる仕様だ。
≪雷鳴様~お帰りニャ~≫
俺が餌をやっているせいか、いつの間にか様付けになっている。
≪お前なあ。ミランダとモーリッツは呼び捨ての癖に………≫
≪だって餌をくれるのも、オヤツの許可を出すのも、買い物も全部雷鳴様だニャー≫
確かにそうだけど。俺はため息をついて、居間にある大きなキャビネット―――居間をちょっと拡張した―――を開ける。シルク専用のキャビネットだ。
中から「プリティ・プレミアム」という最高級ブランドの瓶を1つ取り出す。
カリカリなのだが………チキン、ビーフ、サーモン、白身魚、ターキー、ダック、 ポーク、マトン………種類が多すぎて出すものに困る。全部総合栄養食だしな。
≪今日は希望を聞いてやる、何味が食べたいんだ?≫
≪ポーク食べたいニャア!≫
≪分かった≫
俺はキャビネットから猫の顔の形のガラス食器を取り出して、ポークの瓶を開けその皿に注ぎ入れる。ちょうど一食分だ。
もう一つ小さめの瓶を取り出す。
ネコミルクである。小さなボウル型の容器に注いでやる。栄養満点だぞ、飲め。
その頃、寄り道して帰って来たらしい年少3人が帰って来る。
ミランダの手にはクリスタルストリート(学園前総合ショッピングモール)の銀文字が入った紙袋。見せて貰うと、大量の折り紙があった。なるほどね。
この3人は折り紙にハマっているのだ。
というか、この3人のを見た幼等部と中等部でブームなのである。
今回のお代は「こいのぼり」だそうだ。
俺は食事を終えたシルクと一緒にあたたかく見守る事にした。
途中でミランダとイスカが「シルクにおやつをやりたい」と言ってきたので許可。
「プリティ・プレミアム・キッス」の小さな袋を2つ渡す。
味はサーモン風味とホタテ風味であった。
シルクはゴロゴロいいながらそれを食べ、満足したのか猫ベッドで丸くなった。
♦♦♦
次の日―――明け方。
俺はシルクがしきりに顔を舐めたり、頭突きして来たり、カリカリと引っ搔いてきたりするので目が覚めた。朝飯なら我慢しろと言うとシルクは
≪そんなんじゃないニャ、殺猫事件なのニャ!4回目なのニャ!≫
≪俺に話してどうするんだ?≫
≪雷鳴様は猫語が話せるニャ。助けて欲しいのニャ。何なら猫の姿になれるように魔術を使うニャ!早く今回の現場に行くニャ!≫
猫の姿になる気はないので、俺はこのままでいくことにした。
置手紙をミランダとモーリッツ、イスカのために残しておく。
俺達は(猫の)急ぎ足で現場に向かった。
その時間を利用してシルクが話してくれたことによれば―――
≪学園の猫は単なる野良猫じゃあないんだニャア。普通の悪魔の視点では分からない事まで学生を観察したり、場合によっては保護したりする役目で、セキュリティに協力しているのニャア。みんなそれでご飯を食べているのニャア≫
≪ネズミを捕るのもよく見るけど仕事の一環なのか?≫
≪害獣も、害虫も駆除するのは仕事だそうだニャ。飼い猫はまた違うけどニャ≫
≪シルクは仕事してるわけじゃないだろう?≫
≪私は飼い猫だから、私の役目は家を守る事だニャア≫
会話しながらスクエア・カット・ロードを東へ、途中キャッツアイストリートに入り、サロンF棟の大きな建物を通り過ぎ、サロンB棟の北に遺体はあった。
友人たちなのだろうか、小さな猫の集団が、遺体を囲んで悲し気に鳴いていた。
シルクはその輪に加わる。俺は猫の頭越しにそれを見た。
甘いが古い血の匂いが立ち込め、ハエが飛んだり這いまわったりしている。
綺麗だっただろう真っ黒な毛並みは今や死によって、よごれ、もつれ、ボロボロになって横たわっていた。首と四肢は異様な力で引き延ばされ、顔は絶叫しているようだった。何より、腹部が開かれ、内臓をひっかきまわした痕があるのが異様だ。
これは普通の犬の仕業とかではないな、犬だとしたらそれは犬型の下級悪魔だ。
だがこの学園にそんなものがいるわけはない。
シルクが、トムトム(この黒猫の名前らしい)の歯から、加害者のものかもしれない肉片を取って帰って来た。俺が受け取る。
≪トムトムは他の猫と同じニャア………。胸あたりの器官がないニャア。多分心臓ニャア。あと体は噛み傷と引っ掻き傷だらけニャア≫
「うーん、猫の心臓が要る儀式か魔法薬?使い魔にでも襲わせたのか?多分学内の犯行だろうなぁ。外部からそんなもの、結界があって入ってこれないだろうし」
この肉片を分析してみるしかないか?と思っていると他の猫たちが去ったあと、太った年老いた猫がやって来た。
≪老ベンジャミンだニャア≫
≪可哀想なトムトム。奴はお前の心臓も奪ったのか。これで何匹目だ?お前は4匹目だったか?可哀想な、可哀想なトムトムよ≫
≪おいシルク。こういう場合、猫にはどうやって質問すればいいんだ?≫
≪簡単ニャア。雷鳴は悪魔だから取引ニャア。材料は私のおやつかご飯で十分ニャ≫
≪なるほど。ちょっとお時間よろしいですか、ベンジャミンさん。取引しましょう。これで(とプリティ・ロイヤル・キッスを2袋手に開けて)お話を聞かせて頂きたい≫
ベンジャミンの鼻がひくひくし、小走りでこちらにかけてくる。
俺は手をそちらに差し出した。ベンジャミンは手からおやつを食べた。
取引に応じてくれるらしく、犠牲者たちの話を聞きたいと言うと彼は話し始めた。
≪トムトムは多分謎の「
そう言って彼は思い出すように頭を手でごしごしこすると
≪ちょうど9日前に最初の犠牲者を見つけた、オブシディアン・ストリートの教会の前だったよ。私はそれを近くの公園に埋めた≫
両方俺の寮からそう遠くないな。
≪その2日後に次の犠牲者が出た。ルビーストリートの川沿い。船着き場の辺りだ≫
≪おい、シルク。うちの真横じゃないか?≫
≪そうだニャ、これで私は事件の事を知ったニャ≫
俺達を気にせずに老ベンジャミンは続ける。
≪最後は3日前に、スクエアカット・ロード・ウエストにあるクリーニング店で、子猫が遊んでいて見つけた。悪魔がゴミ箱に捨ててしまったが………これらの猫たちはみんな、心臓を抜き取られていたよ。酷く傷ついてなあ………≫
老ベンジャミンは哀し気にニャオと鳴いて
≪おお、これ以上流血が起こる前に、野獣を追い払うものがいればなあ………≫
と首を振り、去っていった。
俺はガシガシと頭を書いて
≪取り合えず、犬とかにできる事じゃないのは分かった。多分使い魔とかが儀式のために心臓を調達しているんだろうが………目撃者がいないとな≫
≪あ、雷ニャ様、彼女はどうだろうニャ?≫
シルクは前足で、宿舎(ルビーストリートには寮が隣接している)の上の方を示す。
なるほど、窓際に座っている華奢な白猫がいるな。
俺は表札を見に行く。幼等部の先生のようだな。
学外だったら窓の所まで飛ぶんだが………
≪シルク、俺が先生にイスカの宿題の教え方について質問するから、お前は中に入って白猫に話を聞いて来てくれ≫
≪分かったニャア≫
≪出てこれなくならないように気を付けろよ≫
作戦は成功し、俺は熱心すぎる先生に閉口したが、時間を稼ぐ事はできた。
シルクは開けたおやつを空にして帰って来たので、取引は上手く行ったのだろう。
≪どうだったよ?≫
≪雷鳴様の言う通り、犬じゃなかったニャア。普通の猫3匹分はある、灰色の猫っぽい化け物だったそうだニャ!輪郭が変で、均衡がとれてない体だったそうだニャア≫
≪………それって≫
俺は記憶を探る。知っているような気がするのだ。いや知っている!
≪土星からの猫じゃないか?邪神系の魔女が使役する事がある。土星からの猫にしては大分小型だが………ありえない話じゃない≫
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