大学部1年(幼1・中1・高3)
第33話 飛行するポリプ 前
えらく長く感じた、実質冬休みを潰す程度の豪華客船の旅。
帰って来るまでの懸案事項は土産物の調達だった。
なにせ突発的に乗ってしまったので、前情報がないのである。
インターネットで検索して、何とか事なきを得た。
俺が帰って、真っ先に向かったのは如月ちゃんの所だった。
彼女の寮は一軒家。シンプル(積み木の様な四角い建物に窓だけ)過ぎる黒い(魔界では普通)家である。性格がよく出ているな………とりあえずピンポン。
「如月ちゃん」
「20日ぶりです。雷鳴先輩、いえ雷鳴。ちゃんはいりません。如月と呼んで下さい」
「え?」
彼女はこの冬休みで思うところがあったのか、出てくるなりそう言った。
「私は雷鳴の
ちょっと顔が赤い。
賢魔なりに照れてるのかな………同じ賢魔のヴィクトリア(側室)もそんなところがある。まあ彼女は大人の女という感じなのだが。如月ちゃんは初々しい
「それと、記事にできそうなことに私を連れて行かないのは禁止です」
「ああーそれはゴメン。わかった、呼び捨てだね。気を付ける。それと結婚したらうち専属の広報担当にするって約束するよ」
「嬉しいです………」
これは「広報」の部分でうっとりしてるね、うん。
「そうそう、これは如月にだけ渡すお土産」
俺が取り出したのは、ローズクォーツでできた腕時計。記者に時間は大事そうだし、とても付け心地が良さそうだった。
客船の名が「ロイヤルクリスタル」だけあって、原石のショップの品ぞろえは見事だったのだ。俺が覚えている如月のサイズに調整もしてもらった。
「私にだけ?」
「そう、今回は結婚済みの奥さんたちにはチョコレートなんだ」
別に面倒だったわけではない。そのチョコはロイヤルコインといい、とても美味しい。ロイヤルクリスタルの名物だが手に入りにくい一品なのだ。
「………嬉しい」
彼女は顔をほころばせてくれた。うん、選んだ甲斐がある。
♦♦♦
如月ちゃんの寮を出て、次はジークの所へ。
「パッポーン」変な音のチャイムが鳴った。何じゃこりゃ。
ジークが気楽な感じで出てくる(カメラで見たのだろう)
「おう、いまちょっとインターホンがおかしくてな、まあ上がれよ」
「修理してやろうか?」「できるんなら頼むぜ」
あー、修理する前に土産を渡すか。ほい。
「これ!「ロイヤルクリスタル」の名を冠したシャンパンじゃないか!」
「お前にはチョコよりこっちがいいだろ、女の子とでも飲めよ。友情で2本な。チョコもいるか?シャンパンのお供に」
「いる。くれ」
俺はカチカチとインターホンをいじりながらチョコを『念動』で放り投げた。
如月との温度差があるって?いいんだよ、男はこれで。
俺はインターホンを直して、ジークの寮―――しゃれた一軒家―――を出た。
OBのエラムとレイナード(共にペイモンの息子)にはシャンパンを送付してある。
俺達身分が高い男にとっては、チョコは悪夢の産物だ。
バレンタインになると、部屋が3回は埋まるだろうという数の、チョコレートが届くのである。それをきちんとさばかなければいけない。
すなわち「毒入り(惚れ薬含む)」「お返し目当ての義理チョコ(ちゃんと返さないとダメ)」「本命(一番対応が難しい)」である。
2月はこの作業で潰れる。エラムもレイナードも抜け殻になるらしい。
俺は、この作業は毎年奥さんたちにお任せしている。見定めてもらうのだ。
ヴィクトリアなら毒物はお見通し、ミルアとルルアは的確な対応をしてくれる。
正妻のオーロも今年からその作業に加わってくれるそうだ。頼もしい。
ところで、悪魔の妊娠は長めだが、6月ぐらいには誰か出産すると踏んでいる。
赤ちゃんが生まれる前にベビーシッターを複数雇い入れた方がいいだろうな………
♦♦♦
その後同級生数名と、ミランダとモーリッツのクラスで、以前担当した子達にも配った。ロイヤルクリスタルのロゴが金糸で刺繍された、黒い絹のハンカチだ。
帰る前に、洋上から電話で頼んでおいた物が、セキュリティのオフィスに届いているので受け取る。業界でも最高級の宝石店からのものだ。
血赤珊瑚とミスリル銀で作られた、テントウムシのブローチ。
イスカのブローチは俺が適当に作ったものだったので、バージョンアップする。
イスカの部屋をノックし「どうぞ」の声が聞こえたので入る。
事情を説明し、ブローチを取り換えることを承諾してもらう。
「テントウムシ、かわいい。こっちのほうがいい」
好評で良かった。
「それと、精霊もランクアップさせるぞ下位の血の精霊から上級へ。カミラが紹介してくれたんだ。下位の精霊は、その精霊のシモベって事で」
「いいよ。名前を聞いてもいい?」
俺の差し出すブローチに話しかけるイスカ。
しばらくして、上位精霊は正式にイスカの契約精霊になった。
名前も教えて貰った「ルベル(ラテン語で赤)」というそうだ。
♦♦♦
そして、進級試験の日がやって来た。大学1年の試験だ。
俺は相変わらずの主席。Aクラスのトップで、学級委員長だ。
え?生徒会?そういうものに興味は無いな。
誰でもいいとまではは言わない。
が、よほど嫌な奴がつかない限り俺は口出しする気はない。
選挙のオファーは来ているが、いらない。
ジークは次席である。本当に頑張ってくれているようだ。
何せ娘を任せる事になるんだからな。
如月も高等部3年の10位以内に入っている。彼女は体育が難関だ。
中等部1年は、モーリッツが当然のように主席、ミランダは次席だ。
ミランダは別に手は抜いていない。モーリッツの頑張りの成果だ。
モーリッツは、特に体育の成績が伸びたようであった。
最後にイスカだが、あっさりと幼等部1年の主席を取った。
さすがはペイモン殿―――引退ペイモン領のトップ―――の子である。
生半可な教育は受けていないという事か。
♦♦♦
困った。何がって授業で出た課題である。
5日休みをあげるので「辺境」の領地に行って、調査して報告しろという。
辺境が多すぎて困っているのだ。
そこに、ジークが声をかけてきた。
「雷鳴、睡魔領にいかないか?」
「ええ?あそこの住人、1日に4時間起きてればいい方だぞ」
「美人が多いらしいぞ」
「お前なぁ」
確かに、睡魔領の女性は美しいし、都市も壮麗だ。
夢魔たちの通る「夢路」は睡魔たちのおかげで維持されており、利用は無料だが魔帝庁が夢魔領維持の報酬として、年間かなりの予算を渡している。
ちなみに現在の姫君2人のうち1人は結婚済み。
なんと、結婚相手は金魔で、魔帝城に来るがかなりのやり手だ。ノロケは多いが。
「まあ、位置は辺境で間違ってないし、いいか」
「よし!決まりな。2人で行くか?」
「いや、この課題、大・高等部全体に出てる。如月を連れて行かないと怒られるよ」
「その通りです」
「「うぉわっ!?」」
如月が後ろから(しかも至近距離)声をかけてきたのだ。何で気付けなかった!?
「私を置いていくなんて許しませんよ、雷鳴」
コクコクと頷く。ヴィクトリアもそうだけど、賢魔の女性はミステリーだ。
「おまっ、ビックリさせんなよ!」
ああ、ジークの気持ちは分かる。けど口に出すな。
「3人で行こうか。クリスマスパーティで会ったイスカは、ついて行くって駄々こねてるんだけど、さすがに入学早々に授業を休まさせるのもな。ミランダとモーリッツに任せることにする」
「おう、てか、あの子お前の所に居つくのか」
「学園とペイモン殿の許可は出た。ペイモン殿はちょっと難色を示したらしいけど」
♦♦♦
「移動手段だけど、俺の趣味で高速バスを手配したぞ」
バス停留所に向かう。ミサキバスっていうのが来るはずだ。
名前の由来は睡魔領が岬に見える地形をしていることから。
ブロロロロ
「ああ来た、アレだと思う」
「レトロだな」
バスが停留所につくと、客が降りてきた。
なんていうか、みんな時代の違う服を着てる気がするんだけど………?
『勘』が警鐘を鳴らすが、乗り込まないと次は3日後だ。仕方なく乗り込んだ。
ぷしゅーと音を立てて後部ドアが閉まる、そのとたん
「君達の中にバスを運転できる人は居ないか?」
と言われた。何やら急いで………って、運転手が居ない!?
俺達はさすがに戸惑う。
「俺が運転できるけど、何なんだ?運転手は?」
「詳しい話は後でするから、運転してよ。でないとアレがくるのよ!」
「アレ?」
怪訝な顔をしながらも、俺は運転席につき、バスを発進させる。
「どこに行けばいいんだ?バスのルートは?」
聞いた時、俺は背筋がぞわっとした「ぴゅー、ぴゅー」という音がしたからだ。
この音は………イスの偉大なる種族の天敵、飛行するポリプ!
ヤバい。マジでヤバい。
俺はバスを急発進させ、タイヤに思い切り負荷がかかったろうが、急な曲がり角を曲がる。全速力でその場から離れたのである。
しばらくすると「自動運転」というランプがついたので、運転席を離れる。
うん、大丈夫そうだな。
「で、このバスって何?」
と乗客―――自己紹介し合った―――流行遅れの貴族服で剣を持つ「ジョーイ」型遅れのスーツを着た「タイ」少し型遅れなスーツの女性「ミヤさん」やはり時代遅れな普通の恰好の小太りな男「???(喋らない。皆も知らない)」に聞いてみる。
全員の話を総合すると、こうなる。
7人の乗客を乗せて走る不思議な乗り物だ。止まらない限り不可視。
アレ(飛行するポリプの事。面倒なので訂正しない)はこのバスを狙っているらしい。
バスが新しい乗客を見つければ、俺達の時と同じように7人を超えた分だけ降りることができるが、それがいつになるかは分からない。
新しい乗客が来る以外の方法で、バスから降りる方法は見つかっていない。
ただし、バスから降りた後どうなるのかは分からない、アレに襲われるかも。
………という事だった。ひとりひとりにも聞いてみる。
まずジョーイさん。「このバスの事とアレのことを教えて下さい」
「このバスの事か………この乗り物はずっと前から「ミサキ」とよばれている。名の由来は私にも分からん。私は1億年程前からミサキに乗っているがそれ以前から客を乗せてきたことは間違いない。これまで船や列車にも姿を変えた事がある」
「アレの事か………アレこそは、人の心の弱さを狙う鬼神である。日々の精進さえあれば、いずれ心の弱さと共に、アレも消えるはず。ミサキはその修業の場なのだ」
俺はジョーイの言葉の端々に「飛行するポリプ」を崇拝するようなニュアンスを感じ取った。こっそりと「正気度チェッカー」をジョーイに向ける。
結果は………0。こいつ危ないぞ!
気を取り直して「タイ」にインタビューする。
インタビューだというのは俺の後ろで如月が、黙々と記録を取っているからだ。
「このバスのリーダーは嫌だけどジョーイだ。ここは能力制限空間で、武器を持っているから逆らえない。ああ、衛生面はバスがどうにかしてくれる。みんなでジョーイを何とかして、時代遅れの貴族から主導権を取り戻そう!」
ちなみにここにジョーイはいない。奥に部屋があり(空間がねじ曲がっているらしく広い空間だ)いつもそこの自分の寝椅子の上に居るのだという。
「アレか………アレだって生き物だ。きっと何とかなる。何とかしたらきっとバスも解放してくれる。みんなでアレを何とかしようぜ」
話には同意してもいいが、全く具体案が無いんだな、こいつ。チェッカーは56。
最後に「ミヤさん」に聞いてみる。
「このバス?ここに居れば安全よ。これまでもずっとアレから逃げ続けてきたんだから。ここに居て不自由はないわ。だから無理に下りる気はないの。外に出たらアレに殺されるかもしれないんだから」
「アレはこれから何百匹も現れるのよ。ここでのんびりしていれば、いずれ世界は綺麗さっぱり掃除されるはず。嫌な奴が居なくなり文明に汚染されていない無垢なユートピアが生まれる。その時こそ私達が新しい支配者として地上に降り立つのよ」
この人も危ないなあ。チェッカーは23。不安定だ。
一応無言を貫いている小太りの男にもチェッカーをかける。3。3!?
俺達は無言でそいつの側を離れた。
ここから先はほぼ読唇術(全員使える)で会話している。
「どうする雷鳴。お前の勘は?」
こいつ、だんだん動じなくなってきたな。如月も俺に判断を仰ぎたいようだ。
「ジョーイのさあ、寝台があるだろ?」
「ああ、あの古臭い奴か」
「古いってわかったか、正解だ。あれな、昔の家具の本で見たんだけど、下に空間を設置出来て、ベッドは動く仕様なんだよ。臭いだろ。あの下が見たいから奴が眠っているときに『教え:血族毒:即死』を盛ってあの世に行ってもらおうと思う」
「あいつが正気度0だからか?」
「そうだ。邪魔になる未来しか見えない。一応、正気度は0になっても回復する事があるらしいが、それは下りないと無理だろうしな」
「わかりました、ならその間私たちは、残りの2人を引き付けます」
「ありがとう、如月。頼むぞ、ジーク」
「わあったよ。それぐらいなら安いもんだ」
「じゃあ、行動開始」
まずは、ジョーイが眠り込むまで待つ。
寝室は合同なので、奴のベッドの近くの寝台に横になって寝たふりをする。
奴が寝たら起き上がって奴の方に。2人には視線で合図する。
毒を作り出して暗殺する。眠るように呼吸は止まった。
そして、奴の隠していたものが現れる―――
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