第32話 その3「キョーナス島にて」

 晴れてドリームランドからイスカを取り戻した。

 いつの間にか白いペルシャ猫である「猫」も帰って来ている。

 俺は特に動物好きではない。が………イスカを好むこの猫には好感を持っている。

「イスカ、猫に名前を付けてあげたら?純血のペルシャ猫のようだし、お父さんや兄弟も怒らないと思うよ。精霊もね」


「僕はよく精霊たちの遊びに巻き込まれるけど、大丈夫かな?」

「カミラ(最上位複合精霊、象徴は女の情念と死と血)とレニー(上位精霊)の護りをつけよう。それだけあれば誰も手出ししてこないだろう?」

「分かった、ありがとう!」


 俺はイスカが考え込んでいるうちに『物質創造』で猫の首輪を作り「亜空間収納」に納めてあったピジョンブラッドを取り出し、ハート形に加工する。

 それに、腰に下げている精霊封印具を押し当て、精霊たちの一部を移す。

 これで、この首輪は「加護付き」となった。


「名前はシルクにする」

 イスカがそう言ったので、首輪の素材はシルクにした。銀色だ。

 イスカが嵌めてやると、飼い猫になるのに抵抗はないらしく、シルクはゴロゴロ言っていた。うん、よく似合う。


 ちなみにミランダとモーリッツは、水玉様と一緒にダンス教室へ行っている。

 2人共もう教育は出来ているけど、遊び感覚なんだろうな。

 夜には全員で、ダンスコンクールに出場予定だ。

 俺の相手は水玉様で、勿体なくも女性役になって下さる。


 朝にはキョーナス島に上陸だ、今日が最後の楽しみとみんな楽しみにしている。

 帰りには島がなくなっていない事を祈るが………別に沈んでも、住民を避難させるので気楽にしていいと言っておいた。ミランダは何か考えているようだったが。


 ちなみにダンスコンクールは俺と水玉様の優勝。当然と言えよう。

 ミランダとモーリッツは「愛らしい」と審査員特別賞を貰った。

 イスカは不参加だ。さすがに身長的に問題がある。


♦♦♦


 キョーナス島についた。

 いかにも「南の島」という感じで、確かに魔界では大変珍しい。

 魔界は早春にもかかわらず、ここは常夏のようだった。

 そしてキョーナス島は「能力制限空間」だった。やはり魔界では珍しい。


 そして普段はそうではないだろうが、港に100匹以上の猫が集まっている。

 彼らは避難民だ。申し訳ない。

 キョーナス島が沈んだら、彼らは保護しないとな。

 それに関係があるのか、ミランダは「カラカルのブローチ」を俺にねだった。

 構わないけど、何に使うんだ?

「猫たちを「宿なし」にはできないよ!」


 ロイヤルクリスタルはキョーナス島に辿り着き、検問が始まる。

「石の声が聞こえるのですよ、死の木と呼ばれる石の声がね」

 水玉様の言葉に従って、取り合えず車を探す事にする、が。

 ランダルが素直に行かせてくれるわけもなし、か。


 港を出たところで、黒服の集団に取り囲まれた。

 背には固いモノ。そんなものでヴァンパイアを足止めできると思うのか?

 俺は自分ではなく、横にいたモーリッツに貼りついついていた黒服に、バックハンドをくれてやる。ヴァンパイアの筋力を舐めるなよ。


 水玉殿下は

「ダイアモンドに銃など通用するとお思いで?」

 と、丁寧に黒服の首を曲げていた。ミランダも脱出済みだ。

「奴らの残した「くるま」に乗りましょう。運転はお任せします」

 そう言って助手席に滑り込む。


 キャデラック・カレー(1965)の黒。正にリムジンだ。

 水玉様を乗せるには丁度いいと言えるだろう。

 その水玉様は「石の声」を聞いて、俺たちに伝えてくれる。

 死の木(石だ―――)の声も聞いており、俺達に伝えてくれる。


 こっちですよ、とナビゲートしてくれる。

「ここから、強く石の声を感じます」

 そこには、一軒の家があった。

 水玉様の感覚によると、玄関に「石」のなにかがある。


 小鳥の水のみ台。花こう岩でできたものだ。セレファイスの奴とそっくりだな。

 水玉様の導きに従い、水皿を外すとそこには地図があった。

「石はそれが「死の木の契約の位置を示す」と言っています」

 岬の先のようだ。そこが死の木のある部分だ。

 俺の『勘』がうるさくいうので、俺は水玉様に矢を渡す。


「契約に縛られていないものが必要だと思うんです。付いて来てくれますか?」

「もちろんです、冒険だなんてワクワクしますね」

「水玉様、付いて来てくださいますか?」

「勿論。久しぶりの冒険で心が躍りますね」


 死の木のある場所まではすぐだった。だが石に閉ざされている。

 水玉様が「キラキラしたものが必要だと、入口の石は言っています」

 あ………もしかしてこれか。

 俺は、水玉様に、ルビーのない純金だけのブローチを渡す。後一個になった。


 ブローチは本物の蜘蛛ように這い、石垣の隙間に到着するとムクムクと大きくなり、人が通れるのだけの隙間を、石垣に開けた。

 補強は必要だが、いつの間にか木材などを集めていたミランダによって、それは成された。気の付くいい娘だ。

 俺も―モーリッツは幸せだと思う。


 その先は洞窟だったが、水玉様もついてくるという。

「何かね、役にたてる気がするのですよ」

 俺も全く同感であ。


 洞窟内は、ヴァンパイアでないときびしい

 俺でも首まで水につかるのである、他の面子はあにからはんや。

「私の首にしがみついていいですよ」

 と、水玉様が言ってくれなかったら、全滅だったろう。


 ほどなく、俺達は巨大な地下空洞に出た………。

 なるほど、壊れたら地上の一部は壊滅するな。出来ればない方向で。

 俺は、地上にあった環状列石が、これに似ていることに気付く。

「いっぱい作ったら、死の木の代わりになるかな?」

「誰が作るのかが問題ですね」


 軽口を叩きながら洞窟を進む。白骨死体があるな。

 これは………ほとんど天使の死体だな。後々交換資料になるか。


 さて、とうとう「死の木」に辿り着いたがアトラック・ナチャが出た。

 八本の鋭い足は折れ曲がり、地下空洞の天井が不吉に蠕動している。

 布陣は、水玉様と俺が前衛(アトラック・ナチャのかけた橋のたもと)残りが後衛だが。ミランダはこっちに来ようとしている。カラカルのブローチを持って。

 何か考えがあるらしい。


「アトラック・ナチャは、「これ以上、深きものどもの無能に付き合わされるのは耐えがたい」「契約の生贄如きが小賢しくも運命を退けようとするならば」と言った。

「契約に関係ない私が、契約を破棄してしまえばいいのですよね」

 ありがとうございます、水玉様!


 ミランダは、カラカルのブローチを取り出して、用意している。

 俺は最後に残った「蜘蛛のブローチ」を(オリジナルはまだある)アトラック・ナチャに投げる。時間稼ぎだが、今はそれが何より必要だ。

 貝のやじりは水玉様によって、「死の木」に打ち込まれた!

 

 蜘蛛の神は、まるで水玉様を初めて見たかのように振り向き―――

「死の木の契約に縛られぬものが紛れていたとは―――お前は何故ここに居る?」

「「借り」を返す為です。それ以上でもそれ以下でもありませんよ」

「先ほどあなたは『契約の生贄如きが小賢しくも運命を退けようとするならば』と言った。………ところで彼は生贄ですか?」


 そんな俺の言葉をアトラック・ナチャはすぐに理解したようだ。

 むき出しの牙をギシギシギシときしませる。

 もしかして笑ってるのかもしれない。

「小賢しい悪知恵よ!」


 そう言いながらも彼女(彼女で間違ってないよな?)はどこか感心したようなそぶりを見せる。

「お前の言う通り契約は破棄された。ならば私は仕事に戻るとしよう」

 と自分の姿が刻まれた「死の木」にすうっと溶けて消えていく。


 だが俺は、海水の湖に、深きものどもが群れているのを捕えていた。

 そして深きものの群れの中には、あのランダル=レスピシオの姿もあった。

 彼は今までのしゃれた服装ではなく、深きものたちと同じく全裸で泳いでいる。


「まさか、あの気難しい蜘蛛の神を大人しく退散させるとは!」

 興奮のあまり頭をかきむしる。頭の皮膚はびりびりと破れ、つるりとした頭になる。全員が正気度を喪失した様で、俺達は吐き気を覚える。


「永遠なるものへの奉仕!我らのイデアこそが真実!そしてこれが神の力です!」

 巨大な生物が水中から全身をあらわにする。

 魚の頭部と人間の体を持った巨人、ダゴンだ!

 精神異常だろう、水玉様がいきなり爆笑しだす。ちゃんと「教え:癒し:精神治癒」で治しておいたが………入院だな。


 姿を現したダゴンはなんと、死の木に体当たりを始める―――が。

 ここでミランダが動いた。

 蜘蛛のブローチの代わりに貰った、カラカルのブローチを「死の木」に押し当て「永遠など望まない!」と言い放ったのである。


 カラカルのブローチは、ムクムクと大型犬ぐらいの大きさに膨らんで、ひょうたん型の体は黒い固まりかけの溶岩のようになり、内部では紅い閃光が発されている。

 ミランダはこれをおそらく『予言』として受け取ったのであろう。

 そして、イナズマ型の装飾は本物の放電現象になり、バチバチと音を立てている。

「ああ、いいな。稲妻こそ我が家の伝統だ!」


「な、何故ここにカラカルの手下が!?」

 動揺するランダル。

「ダゴンが出てくるなら、これもまた神の力です!」

 水玉様がそう言い放つ。気分良くしてるようだし、そっとしておこう。


 ミランダの手を離れたカラカルの手下は、そのまま地底湖へ落下していく。

 カラカルの手下が水面に触れると、超高熱により水蒸気爆発を起こす。

 その衝撃によって、死の木に体当たりをしていたダゴンは大きくのけぞり、仰向けになって地底湖に倒れてしまう。

 「スゲーな、あのダゴンが転倒するとは」

 ダゴンが引き起こした大波に、深きもの達は木の葉のように流れていった。

 帰って来るなよー。


 地底湖に落ちても、カラカルの手下の超高熱が冷める事は無い。

 爆発的な水蒸気を出しながら湖底に沈み、さらに地面まで溶かして地中まで潜っていく。凄いパワフル。

紅龍ホンロンのようにパワフルなクリーチャーですね」

 というのが水玉様の感想だ。確かに「兄ちゃん」に似ている。


 溶岩の勢いを見ると、これは火山の爆発という訳ではない。

 それどころか、このままゆっくりとマグマが噴き出せば、この地下空洞全体を塞いでくれるだろう。つまり空洞ごと死の木を「鋳掛けて」くれるという事だ。

 とりあえず、逃げた方がいいだろう。「能力制限空間」だし。


 イスカは水玉様が引き受けてくれた。

 背後からずっと、深きものが追って来る気配がしている。

 ―――っ。モーリッツが岸辺で捕まったか。

 ミランダは先に逃がした。水玉様とイスカは勿論脱出している。


 『剛力5』で、モーリッツを捕まえた深きものを薙ぎ払う。

 モーリッツは悔しそうに「ありがとうございます」と言った。


♦♦♦


 ロイヤルクリスタルに戻って来た。

 ランダル?影も形もないよ。多分溶岩にのみこまれたんだろう。


「先輩………」

 何やら深刻そうな表情で、モーリッツが寄ってくる。

 ミランダから貰ったらしい「何でもいう事を聞く券」を持っている。

「ヴァンパイアにしてください!」

 深々と頭を下げる。


「それがどういう事か、ミランダを見て分かっているな?」

「はい!俺は(いつの間にか一人称が俺になったな)能力制限空間で動けない。役に立てない事に我慢がならないんです。ミランダを守りたい!」

「俺の氏族の戒律もよく理解していると思うが」

「①助けを求められたら断ってはならない②相手の同意なく血を飲んではならない

 ③相手より先に攻撃してはならないですよね、分かってます」


「いいだろう、だが姿は姿形変化メタモルフォーゼで俺と同じぐらいにするぞ」

「はい!もちろん構いません!」

「大丈夫だと思うが、失敗の可能性も考慮に入れているな?」

「………!覚悟の上です」

「ミランダはどう思ってるんだ?」

「モー君の覚悟は受け止めるよ。ヴァンパイアになったら、ヴァンパイアのHをしようね、モー君」

「………(ゆで上がりモーリッツの出来上がりだな)」


「じゃあ、別室で抱擁を行う。誰ものぞくなよ?」

「ダイジョーブだよ。イスカちゃんと遊んでまーす」

 ちょっと怪しいがまあいいか。


 極上の(俺の)タキシードを着せて、メタモルフォーゼを行う。

 うん、こいつやっぱり、16歳にしたのにガタイがいい。服は作り直しだな。

 ベッドの上で手を組んで、目を閉じ、楽にしているように告げる。

 寝ているときの姿に響くから、と。


 ミランダなんか、割れかけの鏡人形だ。

 本人は「寝室は誰とも一緒にしない、棺桶で寝る」と言っている。

 抱擁されるときのポーズはそれだけ大事なのである。


 俺?俺は手を組んだ定番の就寝ポーズだ。

 モーリッツにもそうさせる。

 俺の大事な「子」になるのだから。


 「抱擁の儀」はしめやかに行われた。

 モーリッツの血を吸いきって、俺の血を(一応多めに)与える。

 俺は「血の樽(人工血液)」を置いて部屋を出た。


 数刻後、ミランダとイスカが心配そうに扉を見ていたが。

「なるほど、これがヴァンパイアの「血」の感じ方なんですね、先輩」

 と言って「スポーツの出来そうなカッコいい男子」が現れた。

「モー君、カッコいい!」

 ミランダは好みのようだ。良かったな、モーリッツ。


 ありゃ、俺の服だと全然だめだな。

 とりあえず、『物質創造』でスーツを作って渡す。目算だが。

 モーリッツの服は、責任持って俺が買います。


♦♦♦


 それから、ロイヤルクリスタルで、南の島を旅行して帰った。

 かなりセレブな休暇の使い方と言えるだろう………超セレブだけどな!


 とりあえず、モーリッツには『フルタイム(昼でも起きていられる)』を教えた。

 でないとミランダと海水浴が楽しめないからである。

 他には『人工血液』と『血液増量』と『保存石(これは魔法)』を急ぎ教えた。

 これがないと『癒しの氏族』はやっていけない。


 首への吸血衝動は、イスカに頼み込んだ。

 本人は「モー君なら、いいよ」と実に軽いノリで引き受けててくれた。

 普段精霊に好きなように扱われているので、ぞれぐらいは軽いモノらしい。


 南の島でのバカンスを堪能したのだった。


 (ちなみにマグマを引き起こしたことで陛下に謝る必要があるかと思ったのだが、水玉様が「注射程度の痛みですよ。私が母上にとりなしておきます」と言ってくれたのだ。ありがたい)


 当然バカンスは水玉様も一緒に堪能し、子供たちが懐いていた。

「これを見ると、子供もいいものかと思いますねぇ」らしい。

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