第31話 その2「ドリームランドー2」

延々と続く田園風景。

この辺りはドリームランドの中でも、中世ヨーロッパに雰囲気が似た、穏やかな土地なのだ。猫に導かれ、穏やかな田園風景を旅した。

途中、農夫の牛車に乗せて貰い、猫の都市ウルタールに立ち寄り。

オウクラネス王国の首都スランの巨大な城壁を見物し、船に乗って目指すのは、その名も高き壮麗都市セレファイス。


 俺たちはセレファイスの波止場に到着した。

≪この町にレディ・ロデレールがいるニャ。きっとイスカちゃんも一緒だニャア≫

 突っ込んで聞いてみたが、細かくどこにいるとは分からないようだ。

 ルイ・ロデレール・クリスタルがあれば出てくるだろうと言う。

≪あと、ここまで連れてきたのがバレたら恐ろしいから、案内はここまでニャア≫

 ………まあいいだろう。


 この港街は城下町である。シャンパンのこともレディ・ロデレールの事も聞き込みするしかなさそうだ。俺たちは二手に分かれる。年少組と俺だ。

 残念ながら情報はなかったが、俺は道端に座り込む薄汚い身なりの老人に気付く。

 古びたものの存在しないセレファイスには珍しい姿だ。


 老人は曲がった背中にフード付きのマントを羽織り、小さな炉のようなものを地面に置いて何かしている………これは鋳掛屋という商売のはずだ。

 鍋や釜を修理する仕事で、ハンダとか銅を溶かして、鍋の底にある穴とかを塞いだりする。店は持たず、こうして出張修理する事が多かったらしい。

 ただ見たところ全く繁盛している様子はない。

 このセレファイスでは、物が自然に壊れる事は無いからだ。


「全く嘆かわしい事だ、この町は間違っておる」と鋳掛屋は言う。

 俺は「俺もまるですべてが作り物みたいで落ち着かないね」と返した。

 老人は「なかなか見る目を持っておる」と返してきて、その後は黙り込んだ。


 俺はそこを離れ、2人と合流することにした。

 すると情報があった。

 ルイ・ロデレール・クリスタルはクラネス王に献上されたという情報だ。

 覚醒の世界の飲み物なため、その1本以外は無いのだと。


 俺たちは、今度は同時行動で、クラネス王の事を調べ始めた。

 クラネス王は元々(俺達もだが)夢見る人で、彼の夢から「永遠のセレファイス」は作られたのだが、今彼はホームシックにかかっており、故郷である地球テラのイギリスのコーンウォール(年代は第2次世界大戦前)を模した「海辺のコーンウォール」に引きこもっているのだという。


「「海辺のコーンウォール」に行ってシャンパンの事を聞いてみるか?」

「そうだね、賛成。クラネス王に会いに行って直接聞こうよ」

「クラネス王ならレディ・ロデレールの事も知っているかもしれませんね」


 宮殿に向かうと、ほどなくレンガ造りの小さな番小屋のある大きな生垣と門の前に達し、鈴を鳴らすと野良着姿のずんぐりとした老人が足を引きずりながら現れた。

「どなたかね?」

 ご丁寧にコーンウォールなまりの英語である。

 姉ちゃんに仕込まれてなければ、何を言っているのかさっぱりだったろう。

 ミランダとモーリッツは???という顔をしている。


「こんにちは、私達は夢見る人なのだが、クラネス王にお目通りを願いたい」

「普通ならお目通りはかないませんが、あなた方が夢見る人ならお通ししましょう」

 老人は生垣の門を開けてくれた。

 クラネス王が居るのは、灰色の石造りのゴシック様式の屋敷の前にある、大理石の椅子の上だった。ロンドン風のスーツを着た王が物憂げに座っている。


 クラネス王に普通に話しかけたが振り向いてくれなかったので、俺はコーンウォールなまりで喋ってみることにした。

「おや、そなたもコーンウォールにいたのか?」

「幼少の頃に暮らしていました」

「そうか、そうか。お前は何処にいたのだ?」

「西の方だよ」


 俺は、クラネス王が望郷の念を持っているコーンウォールについて完璧に話を合わせて見せた。勿論年少組はポカーンである。

 姉ちゃん、教育してくれてありがとう、だ。地球の『記憶球』は痛かったけど。

 クラネス王は、自分の隣に座るように言ってくれた。

 悪いが年少組は、大人しくしててもらおう。何喋ってるか分からないだろうし。


 クラネス王は、話が途切れる度に庭の方へ物憂げなまなざしを送っている。

 視線の先には美しい庭園に置かれた黄金の餌台がある。

 鳥を集めるためのエサを置く台と、水飲み場を兼ねたものだ。

 凝った作りだが、これ、支えの台が華奢でちょっと危なっかしい。

 奇妙な事に、時間の止まったセレファイスであるにも関わらず(また黄金にもかかわらず)根元がだいぶ錆びていることに気付く。


「クラネス王、あの餌台が気になるのですか?」

「うむ………あれは以前ここを訪れたタペルという夢見る人の彫刻家からの贈り物なのだが、最近何故かあのように朽ち始めてな。タペルの身が無事ならいいのだが」

「あれのせいで憂鬱なのですか?」

「あの朽ちていく餌台を見ると、セレファイスを否定されている気分になるのだ」

「王よ、あれを修理したらルイ・ロデレール・クリスタルというシャンパンをいただけないでしょうか?探していたのです」

「構わんよ」


「ミランダとモーリッツ。港に行って鋳掛屋酸を連れて来てくれないか?」

「そうなの?何で?」

 俺は事情を説明する。

「分かりました、了解でーす。モー君、行こう」

 ………モー君!?モーリッツの事か?思わず吹きそうになったわ!

「行ってきます」

 本人がいいならいいか………今代のマモン殿は牛の化身だしな………。


2人はすぐに鋳掛屋さんを連れてきた。

ちなみに、クラネス王は執務があるため、後の事を先ほどの野良着姿の老人に任せて屋敷の中に引っ込んでいる。

お礼のルイ・ロデレール・クリスタルは先に貰ったので構わない。


「………これを治すには黄金が必要だな」

「ああ、じゃあこれを」

 俺は何故か持ち込めた黄金の蜘蛛のブローチの一つを鋳掛屋さんに渡す。

 ブローチを受け取った鋳掛屋さんは、おもむろに指でこね始めた。

 彼の指は高温を帯びている様で、黄金はまるで粘土のように柔らかくなっていく。

 そして柔らかくなった黄金を、エサ台の朽ちた部分に塗り付け修復していく。


 鋳掛屋さんは、修理をしながら重々しい口調で訪ねてくる。

「あらゆるものが風化する事のない、永遠のこの町を、お主たちはどう思う?」

 俺の答えは「あまり好きではない」だ。

 ミランダは「ちょっと気味が悪い」と。

 モーリッツは「永遠などありえないと思う」と答えた。


 鋳掛屋さんは大きく頷き、「永遠など―――?」とまた問いかけてくる。

 3人で相談して出した答えは「永遠など望まない」だった。


 鋳掛屋さんは残ったブローチの黄金をこね、稲妻のような形にすると

「永遠など望まない………悪くない。有限の中で生きる者らしい答えだ」

 そう言って、稲妻のブローチを俺に渡してくれた。

「鋳掛屋さん、あなたは一体?」

「私の名はカラカル」

 確かドリームランドの神の一柱だ!


 カラカルはこれまでとは違う腹の底に響く管楽器のように張りのある声で

「永遠など望まない………面白い答えだ。ゆめゆめ忘れるでないぞ!」

 そう言ってマントを翻す。

 すると彼の体から巨大な火柱が上がり、そのまま天空へと消えてしまった。


♦♦♦


 ちょっと呆気にとられたが気を取り直す。

「ルイ・ロデレール・クリスタルを開けるか」

 緊張した面持ちで2人が頷く。しゅぽーん、と栓を開けた。

 4人分のグラスにシャンパンを注ぐ。

 レディ・ロデレールはすぐやって来た。当然の様な顔でシャンパンを舐めている。

「うにゃあ~、ドリームランドでも、この香りは素敵ニャア………」


「イスカは何処だ?」

「こんな所にまでやってくるとは、やはりあなた方は私が見込んだ通りの人物だったようね。あなた方の知恵・勇気・行動力には感服させられます」

「あの子を助けるためだから来たんだ」

「そうでしょうね。あなたたちは、あの深きものどもと契約を結ぶ気などさらさらないのでしょう?そしておそらく、あなた達ならあの少女を「死の木の契約」から守り通すでしょう。だからこそ、アトラック・ナチャに捧げねばならないのです」


「どうしてそうなるんだ」

「私が心配しているのは、あなた方が「死の木の契約」を破棄して少女を守り抜けば、あの蜘蛛の神は深きものとの契約に不満を感じて、死の木を破壊してしまうかもしれないという事です」

「………死の木が破壊されたらどうなるというんだ?」


「あなたたちは忘れてしまっていますがキョーナス島に伝わる創世神話があります。アトラック・ナチャが島を創造し、死の木を土台としたのです。もしもあなた方がイスカを守り抜き、怒ったアトラック・ナチャが死の木を破壊すれば………島は沈み余波はレヴィアタン領だけでなく隣の領地まで及ぶでしょう」


「ねえ「死の木の契約」を破棄しても大丈夫な方法はないの?」

 ミランダがレディ・ロデレールに訪ねた。

「それは私にもわかりません」

「そう。それならそれを探すよ。イスカは返してもらう。そうでしょ2人共?」

「そうだな、俺もそれしかないと思う」

「先輩に従うまでです」


 レディ・ロデレールは、この突発的な会談を打ち切ることにしたようだ。

 ぴょんとテーブルから飛び降り―――地に着く前には消えていた。


♦♦♦


 レディ・ロデレールの真意は分かったが、結局イスカがまだ見つからない。

 俺の『勘』もあり、波止場での情報収集を強化する。

 クラネス王は快く協力してくれた。


 そして市場で、ロデレールの使いという人物から、特注の大きな鳥かごを依頼されたという情報が入った。奇妙な事に鳥かごには鍵をつけるように言われたそうだ。

 おそらくその鳥かごはイスカの輸送用だと俺とミランダは感じた。

 なので、その納品先である船着き場で張り込みをすることにする。


 俺とモーリッツは、鳥かごに一番近い船に潜伏。

 ミランダは鳥かごの影で気配を断っている。見事だ。


 2晩すると、鳥かごに向かう5つの影が確認できた。

 アラブ風の恰好で半月刀を持った4人の男と、踊り子の服装のイスカである。

 イスカは拘束されていないが、ショック状態なのか呆然としている。

 俺とモーリッツは、船から岸に跳躍した。ミランダも動く。


 戦闘でこちらが負けるはずはない。

 相手を翻弄し、ミランダがイスカの確保に成功。

 イスカに『教え:癒し:精神治癒』をかけると正気に戻り泣き出した。

 全員がまとまったところで、水玉すいぎょく様に届くように強く「今!」と念じる。


 ブラックアウトした時、レディ・ロデレールの声が聞こえた。

「呆れてしまいますが、こうなってしまったのなら仕方ありません、後はあなた達に運命をゆだねることにしましょう」


 目が覚めた。よし、イスカも含めてみんな目覚めているな。

 イスカはミランダにしがみついてはいるが、しっかりした表情になっている。

 さすがペイモン殿と昴さん(先代ベフィーモス)の娘だな、肝が据わっている。


水玉すいぎょく様、ありがとうございました」

「少しでも役に立てたなら重畳です。私も空きがあったので、船に乗って行くことにしますから、何かあったら言いなさい。邪神には慣れているのです」

「本当ですか!では今は眠るのはまっぴらなので、遊びに付き合って下さい。細かい事は現地でいいように思いますので」


「それでは皆でガラスのアート作品作りにでも行きませんか?私は透明でキラキラしたものが大好きなのですよ」

「行きたーい!」「(無言で頷く)」「殿下のお心のままに」「殿下が仰るなら」


旅は、終盤に差し掛かろうとしていた―――

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