仮面奇人

銀次

仮面奇人

「変面という物を知ってるかね?」老人はタバコをくゆらせながら、質問してきた。

「変面、ですか?」

「そう、マントを身につけて踊りながら、次々と異なる面を付け替えていく曲芸だ。」

 そう言われ、記憶を探ってみて、何ヵ月か前に骨董品の買い付けに市場に出掛けた時、見物したのを思い出した。

「ああ、それなら一度だけ見たことがあります。それで、それがなにか」

 商人が先を促し、老人は持っていたタバコを一息に吸い灰にすると、新しいものに火を付けた。

「君もどうだ」老人はシガレットケースを指した。

「お気遣いどうも、でもやめておきます。出すぎたことだとは思いますが、吸いすぎは体に毒ですよ」

 時に仕事で関わることも多かったが、商人はタバコの臭いや吸ったときの気分があまり好きではなかったので、出来る限り断ることにしていた。

 「そう言うな。どうせあと少しで死ぬ。ちょっとでも恐怖を紛らわしたいんだ」そう言って笑っていたが、タバコを持っていないほうの右手のひらを何度も服で拭いていた。とても汗ばんでいるようだった。

 そして老人は意を決したように座り直すと、真剣な顔で商人へと向き直った。

「それじゃあ、注文していたものを見せて貰おうか」

 商人は傍らのカバンから布で包んだ品物を取り出し、テーブルに広げた。

 中身は紙と布を合わせてできており、うずまきのような模様や笑っているようにも、怒っているようにも、泣いているようにも見える隈取りの入った、赤色と白色で着色された奇抜な仮面だった。

 老人はしげしげとそれを見つめる。

「おお、これがそうか」老人は恐る恐る手に取る。

「どこでこれを?」

「普段仕入れてる市場です。変面もそこで初めて見ました」

 老人は「そうか」とだけ言うと、しばらくじっと仮面を見つめた。

 そして、思い出したかのように、商人に報酬を渡した。

 渡された報酬を確認した商人は目を丸くした。

「最初にいわれた額の倍はありますよ。こんなには頂けません。そんな、遠慮するなといっても、」商人は少し悩み、結局素直に受けとることにした。

 

「それでは、今回もありがとうございました。またご贔屓に」商人は挨拶をして、老人の屋敷を後にした。


 数日後、商人は市場に買い付けに来ていた。市場はいつも賑わっていたが、今日は何処と無く、皆浮き足立っている様子だった。

「ようオヤジ、今日は何かあったのか?」

 馴染みの骨董商に話しかけた。

「いらっしゃい。ん、まあ、ちょいと耳を貸してくださいや」そう言って骨董商は商人に耳打ちした。

「ここいらの元締めをしてる大店の旦那、いるでしょう」

 それは、商人が先日あの仮面を売った老人のことだった。

「なんでも、亡くなったそうで、しかも顔がなかったんですってよ、顔の皮がですよ?今朝からその話で持ちきりですよ」

 商人は喉元から腹にかけて冷たいものが下りるのを感じた。

「旦那もよく取引してたんですよね。全くひどい話があるもんだ。そういえば、この間の仮面何ですけどね」

 これ以上イヤな話しは聞きたくなかった。顔が歪み、重々しい唸り声が漏れる。そんなことに気づかない骨董商は楽しそうに話し出した。

「あれ、結構な曰く付きみたいなんです。知り合いに聞いた話しだと、大昔の戦国時代のある国に、そりゃあもう強い力を持った道士がいたんだそうで、彼は」

 彼はとても優秀で、その国の王からとても信頼されていた。しかしそれを良く思わない家臣たちは、彼を陥れて処刑した。そして彼は死の間際に、その全ての力を一枚の仮面に注いだ。たとえ自分が死んでも、家臣たちを呪えるように、いつまでも彼らに復讐できるように、

 そして道士の死をきっかけに、家臣たちは一族郎党苦しみながら死に絶えたらしい。


 商人は重い足取りで市場を歩いた。骨董商の話しを聞いてから、どうにも気分が優れなかった。あんな話が本当だとしても、呪いの部分は眉唾だろう。そんなものがあるわけがない。

 ブラブラとしていると、広場に人だかりが出来ているのを見つけた。少しでも楽しいものを見て、明るい気分で帰ろう。商人は人々の歓声に誘われるままに歩みを進めた。

 人混みの隙間から出し物を覗くと、なにやら踊りが見えた。

 マントで顔を隠した人間が音楽に合わせて踊り、顔を隠したり見せたりしている。様々な奇妙な模様の仮面が顔を覆う度に現れる。12枚目の仮面が現れた時、商人はギョッとした。あの老人の顔だ。先ほど亡くなったと聞いた、あの老人の顔をした仮面が踊っていた。ぐるぐるとマントを広げながら踊り、陽気な音楽が悲しげな曲に変わると同時に踊り手がしゃがんだ。そしてこちらを向き、老人の顔をした仮面がこちらを見た。

 それに気づいた時、商人はひどく狼狽えた。叫び、走り出してしまいたかった。しかし、見物人たちに押されるばかりで動けなかった。

 あれは仮面ではなかった。記憶の中の、老人の顔のシワの一つ一つが、寸分違わずそこにはあった。雑にちぎったような端々が余計にこれが仮面ではないと思えた。あれは間違いなく、あの老人の顔の皮なのだ。

 周囲の人々は、そんなことには気づく素振りも見せずに踊りを見ていた。それがどうにも恐ろしく、人混みを何とか掻き分けて、帰路についた。

 当然ながら夜道は暗かった。人通りは少なく、街灯は所々消えかかっていて、闇が一層深さを増していた。ざわつく気持ちを押さえながら、早歩きで歩いていると、背後から視線を感じた。振り返ると、夜闇にポツンと仮面が浮いていた。

 不思議な光景だと思った。仮面は揺れるようにこちらに近付いてくる。

 少しでも距離を開けようと、さらに歩く速度を上げる。こちらが気付いていると、むこうに知られたくなかったからだ。

 しばらく前だけ見て歩いていると、笑い声が聞こえてきた。ケタケタと下品でやかましい、そんな声だ。

 背後から生暖かい吐息を感じた。振り向きたいと思った。こんなことをするヤツの正体を見てやりたいと。だが、中々決心がつかなかった。そんなことを考えていると、背後の気配が消えた。それと同時に我が家のあるアパートメントにたどり着いた。ほっと一息つく。

「こんばんは」と住人の声がした。おもわず振り返ると、

 そこには深いシワの刻まれた老人の顔がニタニタと笑って浮いていた。


「ンッ!!?」心臓が止まるかという程の驚きで、跳ね起きた。体中から汗が吹き出し、喉はひどく渇いていた。寝床から這い出ると、コップにピッチャーに入った水を注ぎいれ、一息で飲み干した。

 帰ってきてそうそうに、着ていたスーツのシワも気にせずに床に放り投げて、寝床に寝そべりそのまま寝てしまったことを思い出した。

 自分は何を怯えているのだろう。昼間のことだって、見間違いに決まっているだろうし、そもそもあのオヤジの話だって、本物である根拠はないのだ。

 イヤな考えを追い払おうと、洗面所で顔を洗うことにした。そうすれば少しはさっぱりして寝付きも良くなるだろう。

 蛇口をひねり冷たい水をすくう。顔に浴びせる度に気持ちが落ち着いていく。

 顔を上げて鏡を見ると、赤色と白色に隈取りの入った奇抜な仮面が目の前に映っていた。

 息が出来なかった。仮面を外そうとしたが、接着剤でしっかりと止めたかのようにへばりつき、剥がれない。仮面の模様が蠢くのがわかった。顔中を気色の悪い感覚が襲う。

「ンー!?んンー!!」とにかく苦しかった。なにか剥がせるものはないか部屋中を探し回る。慌てるあまり、体を引っかけた花瓶がキャビネットから落ちて割れる。手当たり次第に試してみた。だが全て徒労に終わり、最後にキッチンに置いてあったナイフを手に取った。荒くなるばかりの息と震える腕を抑えながらナイフを仮面と顔の間に、ゆっくりと差し込んでいく。




・・・今日未明、◯◯市△△の、自営業の男性A氏が、自宅のアパートメントにて亡くなっているのが発見されました。詳しいことはまだ不明ですが、A氏の顔は皮膚が切り取られていたということで、警察は殺人も視野に入れ、捜査中とのことです。


 「いや~、最近はここいらも物騒でいけない。ダンナもそう思いますでしょう?それで、本日はなにをお探しで?古い仮面ですか。それなら一ついいのがあります。ちょっとした曰く付きなんですけどね」


設定

商人(A氏)

骨董品を取り扱うフリーの商人。確かな審美眼をもつが、そのせいで今回の被害者の一人となる。


老人(大店の旦那)

一代で財を築いた大物、仮面奇人によって呪い殺された家臣を先祖に持つ。

余命いくばくもない状態で、すこしでも寿命を延ばそうと、アーティファクトに手を出して死亡


アーティファクトNo.1(仮面奇人) 

いつ頃から存在するかは全くの不明。時代により、模様や装飾に若干の変化がある。人の恐怖を食料としており、食料となった人間の顔の皮を剥いで集めるという収集癖がある。

大昔の道士が作成したと言われていたが、実際はほぼ同時期にその国に出現し、道士の呪いを恐れる家臣たちの恐怖心に誘われて、食い荒らし殺していただけ。

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仮面奇人 銀次 @Aron04

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