14 幽暗

 夏の日はひたすらに長くて、少し早い夕飯を食べ終えて家に戻っても、まだ空が明るい。

 日中はひたすらに家の片付けをしているから、街中に出るのは昼と夕方の二回だけ。その僅かな時間で食事と買い物を済ませ、日が暮れる前に帰路に着く。そんな日々を、もう十日以上続けていることになる。

 夕暮れの空を背に佇む父の家は、どこか寂しげだ。裏の雑木林からはセミに取って代わってカラスの声が聞こえてくる。

「ただいま」

 応えがないことは分かっているが、ついそう声をかけてしまう。

 薄暗いリビングを通り抜け、風呂場へ直行して汗を流してから戻ってくると、ようやく夜の帳が降りていた。心なしか気温も落ちて、だいぶ過ごしやすくなった気がする。

 リビングの中央、二人がけのソファには、ぼんやりと光る白い人影。

「おかえりなさい、ユウくん」

「ただいま、シロ」

 どこかほっとしながら、改めてリビングの照明をつける。

「帰ってきたらすぐに電気をつけていいのに」

「シロは暗い方がよく見えるから、つい……」

 夜になると姿を現し、明け方には消えてしまう、白い少年。

 暗闇の中でほのかに光る姿は、幽霊というよりは精霊や妖精といった、そういう類なのではないかと思ってしまう。

「片付け、随分進んだね。あと残ってるのは書斎だけ?」

 すっきりとしたリビングを見回すシロに、それがさ、と頭を掻く。

「盲点だったよ。屋根裏が残ってた。何が入ってるか分からない段ボールがあって、ちょっと怖いから、シロに付き合ってもらいたくて」

「ユウ君は怖がりだなあ。いいけど、7時からのクイズ番組を見てからでいい?」

 シロは意外にもテレビが好きで、特にクイズや旅番組がお気に入りのようだ。

「いいよ。まだしばらく汗引かないし」

 シロのためにテレビをつけてやり、扇風機の前に陣取る。レトロなデザインの扇風機は首振り機能が壊れていて、ぐぐーっと回った後に最後にがくんと首を落とすので、見ていて危なっかしい。

「扇風機、やっぱり買い換えた方がいいよな……」

「ちょっと怖いよね。首もげちゃいそう」

 こんな、何でもないことを話せる相手が、この家にいてくれて本当によかった。

 たった一人で家の片付けをしていたら、きっと今頃、色々なことに耐えきれなくて、投げ出してしまっていたと思う。

 この家は――一人で暮らすには、少し広すぎるのだ。

「ありがとう、シロ」

「何が?」

 不思議そうに首を傾げて、シロは笑う。

「あーほら、始まっちゃうよ。音量上げて」

「はいはい」

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