13 アルバム
リビング、キッチン、物置小屋と片付けを進めていって、ようやく最後の難関であるところの『書斎』に手をつける段になった。
生活スペースにあるものは比較的分かりやすかったが、物置小屋あたりからは判断に困るものが多くなってきて、たびたび店主のお世話になってしまった。まして書斎といえば『趣味の煮こごり』のような場所だ。何が出てきてもおかしくない、と覚悟を決めて取りかかったのだが。
「意外とものが少ないな」
本棚もキャビネットもすかすかで、唯一残されていたのは古びたアルバムが数冊と、専用ケースに収められた腕時計が二つ。あとは事務机の引き出しに高そうな万年筆が数本入っていただけだ。
三年くらい前に大病をしたと聞いているから、その時にある程度処分してしまったのかも知れない。几帳面な人だったようだから、先が短いと悟ったならそのくらいはするだろう。
(そういえば……)
俺は父の顔を知らない。母は離婚時に写真の類は全部処分したと公言していたし、そもそも父は写真を撮られるのが苦手な人だったらしく、あの店主ですら父の写真を一枚も持っていなかった。
もしかしたら、このアルバムになら父の写真が残っているかも知れない。そんな淡い期待を胸に、うっすら埃を被ったアルバムを手に取る。
「……これ、アルバムじゃないのか」
開いてみると、そこには写真ではなく、色鮮やかな切手類が納められていた。
「切手のコレクションか……収集癖のある人だったんだな」
風景や動物、植物など、ジャンル別にまとめられた切手コレクション。中でも一番多かったのは花の切手だ。薔薇や蘭など、華やかな絵柄の切手が多かったが、サボテンや食虫植物など、変わり種の切手も混じっている。
「あれ、この花――」
目に留まったのは、白く繊細な花の切手。透けるように白い花びらが幾重にも重なり、華奢な花弁は妖精の手足のようだ。
「温室にあった花だ」
昨晩、慣れないラテン語を打ち込んで検索したので覚えている。
和名は『月下美人』――夜に咲き、一晩で散ってしまう、刹那の美。
『夜の女王』の異名を持つこの花は寒さに弱く、育てるには細心の注意が必要らしい。
苦心して育てても、咲くのはたったの一夜限り。
儚いからこそ美しいのか、美しいからこそ儚いのか。
小さな切手の中で悠然と咲き誇る姿は、どこか物悲しい。
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