11 温室
少しでも涼しい時間に、と朝から庭の草むしりを始めたものの、近年の暑さは午前中だから和らぐようなものではなく。
ものの三十分でギンギラギンの太陽が全力で地表を焼き尽くし始めたため、慌てて木陰に避難して事なきを得た。
風があるのがせめてもの救いだろうか。ざあざあと揺れる枝が地表に青い影を落とす。
そこそこの広さがある庭は、一時期はきっと丹精込めて手入れされていたのだろう。あちこちに花壇や畑を作った形跡が残っていた。
最終的に残ったのは玄関前の小さなハーブガーデンと、常緑樹の庭木が幾つか。裏庭の小さな温室も、空の鉢が幾つか転がっているだけだった。
そういえば温室をちゃんと見ていなかったな、と思い立ち、緑陰を縫って裏庭へと向かう。
家と雑木林の間に設置された温室は、ビニールではなく硝子張りのものだ。その硝子もあちこち割れており、もはや温室の役目は果たせなくなっている。
台風で倒壊したり吹き飛ばされる危険もあるから、これは早めに撤去した方がいいのかも知れない。
そんなことを考えながら、鍵の壊れたドアを開けると、濃厚な植物の香りが鼻をついた。
棚に並べられた鉢はどれも空っぽで、どこにも生命の気配はないというのに、不思議なものだ。
「……鉢を片付けないとな」
園芸を辞めたタイミングで鉢自体も処分すればいいものを、わざわざ残しておいたということは、また暇になったら再開するつもりでもあったのだろうか。
そんなことを思いながら空の鉢をまとめていると、ふと温室の隅に置かれた鉢が目に入った。
棚に隠れていたので分からなかったが、床に直置きされていた大鉢には、枯れ果てた植物の残骸が残されている。忘れ去られてしまったのか、それとも最後まで世話をしていたのか、今となっては確かめるすべもない。
乾燥しきった土に刺さっていた名札には、ラテン語らしき文字が記されていた。きっと学名なのだろう。まあ、日本語で書かれていたところで、植物には詳しくないので分からないのだが。
「……調べてみるか」
名札を引っこ抜き、エプロンのポケットに突っ込んだところで、遠くから鐘の音が聞こえてきた。
鐘の音が聞こえたら水分補給。そう店主に厳命されたことを思い出し、まとめた鉢を抱えて温室を出る。
青い空には雲一つなく、元気いっぱいの太陽がさんさんと輝いている。
「……今日も暑くなるんだろうなあ」
せめて夕立でもあれば涼しくなるのだが。
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