09 夏祭

 店主に誘われた夏祭は、出店と盆踊りがメインのささやかな催し物だった。

「ユウくん、マンゴーとブルーハワイお願いします」

 かき氷の屋台を担当する店主は、先ほどからひっきりなしに入る注文にてんてこまいだ。

「はい、マンゴーとブルーハワイひとつ!」

 並んでいた子供達に注文品を手渡し、空になったシロップを補充する。

「マスター、マンゴーのシロップ、次で終わりです!」

「何と。来年はもう少し多めに用意しないとなあ」

 ようやく列が途切れたところで、賄いと称して作り上げた特製・四色シロップのかき氷で休憩をした。

 団扇で熱気をかき混ぜながら、店主と二人でかき氷を頬張る。

「手伝ってもらって申し訳ない」

「いえ。どうせ暇でしたし」

 誘われて顔を出してみたはいいが、祭と聞いて浮き足立つような年齢でもない。やはりこういう夏祭の主役は若者、とりわけ子供達だ。

 小さい子供達がやぐらを囲んで踊ったり、出店を回ったり。夜陰に響く笑い声や歓声は、昼間のものとはまた違う趣がある。

「あれ、この曲……」

 新たにかかった音楽は少し古いアイドルソングをアレンジしたものだった。聞きつけた子供達が我先にと輪に加わっていく。

 どんなジャンルの音楽だろうと、太鼓が加われば何でも盆踊りになるんだな、と感心していると、店主がぽつりと呟いた。

「今年はショウの太鼓を聞けないんだなあ」

 そう言えば、物置小屋には太鼓のバチや法被などが一揃いしまい込まれていた。

「去年までは、父が叩いていたんですか?」

「ええ。他の楽器は苦手だけどこれだけは得意だと言ってね」

 盆踊りを盛り上げる太鼓の音は力強く、広場を越えて町中に響き渡っている。これを父が叩いていたのかと思うと、どこか不思議な感じだった。

 この街に来るまで、具体的な印象すらなかった父の輪郭は、はっきりしたかと思えば、またぼやけて、なかなか定まらない。

「……父は、どんな人でしたか」

 初めて、そんな問いかけをした。

「そうですね。物静かで、とにかく温和な人でしたよ。自分のことを話すより、人の話を聞くのが好きなタイプでね。だから実は、私も彼のことをあまり知らない気がするな」

 でもね、と小さく笑って、櫓を仰ぎ見る。

「好きなことには黙って全力投球する、そういう人でした」

 黙って、というところが、何だか父らしい。

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