07 願いごと
Bar『金魚』に顔を出すと、店先には笹が飾られていた。折り紙で作った七夕飾りは店主のお手製だろうか。
「今日は七夕ですからね」
賄いのカレーにまで、星形にくりぬかれた野菜がトッピングされている。何ともまめな人だ。
「そういやそうでした」
大人になると、どうしてもこういった季節行事を忘れがちだが、商売ごとには季節感が重要なのだろう。
「お客さん達にも願いごとを書いてもらっているんですよ。ユウくんもどうぞ」
すっと差し出された短冊に、思わず苦笑いを浮かべる。まさか、この歳になって短冊に願いごとを書くことになるとは。
「マスターは何と書いたんですか?」
「『湿気退散』です。珈琲豆は湿気に弱いので、死活問題なんですよ」
いかに織姫や彦星が有能でも、さすがに除湿機のような役割は果たせないと思うのだが、そこはまあ店主の茶目っ気ということだろう。
「皆さん色々書いてますが、一番多いのは『家内安全』でしたねえ」
バーの客層を考えると、初詣の願掛けのような内容になるのはさもありなん、というところだ。
はてさて、自分は何と書こうか、と悩んでいると、ふと店主がこんなことを言ってきた。
「そういえば、知ってますか? あの家、二階のバルコニーから梯子がかかっていてね。屋根に上がれるんですよ」
あのあたりは街灯もなく、他の家の灯りもほとんど見えないから、天体観測に最適なのだそうだ。
「そういえば、物置に錆びついた望遠鏡がありました」
どうやら父は「広く浅く」な趣味人だったらしく、始めてみてはいいが続かなかったらしい趣味の品々が山のようにしまい込まれていた。望遠鏡もその一つだ。
「今年の七夕は珍しく晴れましたからね。今夜は夜空を眺めて過ごすのも乙だと思いますよ」
梅雨らしい梅雨もなかった今年は、天帝の涙雨すら枯れ果てたらしい。
「天の川も干上がってないといいんですけどね。そうなったら織姫と彦星にとっては好都合かもしれないけど」
何気なくそんなことを口にしたら「おやおや、ユウくんはロマンチストですね」とからかわれてしまった。
「カササギが商売あがったりだとぼやきそうですね」
「あれは善意でやってるんじゃないんですか」
「私なら通行料を取りますね」
他愛もないことを話しながら、のんびりと過ごす昼下がり。
窓の外はからりと晴れて、雨の気配もない。
今夜はシロを誘って、天の川でも眺めて過ごそう。そう心に決めて、ペンを走らせる。
『晴れますように』
これなら、織姫と彦星にとっても損のない願いごとだ。叶え甲斐があっていいだろう。
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