03 幽霊屋敷
その屋敷は、街外れにひっそりと佇んでいた。
前庭には花壇が整えられていて、小さな池まである。屋敷の背後は雑木林になっていて、夜風にざわざわと梢を揺らしていた。
明るい時に見たのなら、きっと牧歌的な風景だったのだろうが、なにせ屋敷周辺には街灯すらなく、月明かりに照らされた屋敷は、どこか不気味な雰囲気を漂わせている。これではまるで――怪奇小説に出てくる幽霊屋敷のようだ。
若干腰が引けている俺を横目に、店主は慣れた足取りで鍵を開け、扉を開けてくれた。
「水回りと客室は掃除しておきましたから、寝泊まりするのに支障はないと思います。お疲れでしょう、今日はゆっくり体を休めてください」
「ありがとうございます」
それでは、とランプを片手に夜道を戻っていく店主。その背中を見送ってから、改めてノブに手を掛ける。
ギィ、と軋んだ音を立てて開くドア。当然ながら中は真っ暗で、まずは照明のスイッチを探すところから始めなければならなかった。
「ええと、電気、電気……」
「電気ならここだよ」
白い指が壁際のスイッチを押して、リビングがパッと明るくなる。
「ああ、ありがとう――って、えええええ!?」
決して広くはないが、居心地良く整えられたリビング。二人がけのソファーとローテーブル。壁際には暖炉があって、その近くにはキッチンへ続いているのだろう扉があり。
その扉にもたれかかるようにして、白い人影が手を振っていた。
「やあ、こんばんは」
「こ、こんばんは……?」
父は一人暮らしだと聞いていたのだが、同居人がいたのだろうか?
「えっとあの……あなたは?」
「ボク? ボクは……うーん、誰なんだろうね」
不思議そうに首を傾げた少年は、十代後半くらいに見えた。透き通るような白い肌と髪、更に着ている服も真っ白で、まるでその――。
「幽霊……?」
「うん。それは間違いないね」
「間違いないの!?」
否定して欲しかった呟きを肯定されてしまい、思わず頭を抱えそうになる。
「久しぶりにこの屋敷に人が来たから、嬉しくて出てきちゃった。ねえ君、ここに住んでいた人を知らない? ボクは彼の茶飲み友達だったんだ」
「ここに住んでいた……父のことでしょうか」
「ああ、君はショウの息子さんかあ。確かに顔立ちがそっくりだ」
顔も覚えていない父に似ていると言われても、どうにもピンと来ないが、確かに母も「お前は父親にそっくりだ」とよく零していた。
「ねえ、ショウは旅行にでも行ったの? 全然帰ってこないんだけど」
せめて一言欲しかったなあと膨れてみせる少年。ああ、彼は知らないのか。そう言えば外出時に突如倒れて入院したのだと、手紙に書いてあった。
「父は、半年前に亡くなりました」
「ええっ、そうなの? なんで?」
「俺も詳しくは知りませんが、元々体を悪くしていたところに、運悪く脳卒中を起こした、と」
入院当初は意識もはっきりしていたそうだが、数日後に病状が急変し、そのまま帰らぬ人となった父。
葬儀はバーの店主が執り行ってくれたそうで、今は街の共同墓地に埋葬されている、らしい。
「そうかあ……ショウ、もう会えないんだ」
透明な涙が、はらはらと頬を伝って落ちる。床に届く前にすうと消えてなくなる涙は、彼が実体を持たないことを如実に物語っているようだった。
「ああ、悲しいなあ」
幽霊が死を悼む、というのも、何だか不思議な光景だったけれど。
未だ父の死を実感できていない自分の代わりに、彼が泣いてくれているような、そんな気がした。
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