02 Bar『金魚』

 朝から晩まで汽車に揺られ、更に終着駅から乗合馬車に乗り換えて、小一時間ほど。

 目的地である《黄昏の街》へ辿り着いた頃には、すっかり夜が更けていた。

 月明かりに照らし出された駅前広場はひっそりと静まりかえっていて、その中で一つだけ灯りがついている店こそが、待ち合わせ場所に指定されたバーだった。

 ウインクする金魚が描かれた看板を横目にドアを開けば、カランと軽やかな鐘の音が鳴り響く。

「いらっしゃい。ああ、君がユウ君ですね。はじめまして」

 柔和な笑顔で出迎えてくれた初老の店主は、なんでも父の釣り仲間だったらしい。

「遺産管理人なんて大層なことを書きましたが、単に家の鍵を預っていただけでね」

 街外れに一人で暮らしていた父は、週に一度ほど店へやってきては、店主と釣りの話で盛り上がっていたそうだ。

「実は私も独り身で、しかも数年前に一度倒れたことがありまして。その時は君のお父さんが医者を呼んでくれて事なきを得たんですが、その時に「お互い年だし、何かあったら後を頼む」なんて言って、鍵を預け合っていたんですよ」

 まさかこんなにも早く、約束を果たすことになるなんてね、と寂しげに笑って、店主は胸ポケットから一本の鍵を取り出した。

「まあ、詳しい話はまた明日にでも。今日は遅いし、家までご案内しましょう」

「ありがとうございます。でも、お店はいいんですか?」

「なあに、ご覧の通り」

 ガランとした店内を指し示し、店主はぱちりと片目を瞑る。

「開店休業中ですから、お気遣いなく」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る