第57話 俺と宮子(BAD END?)


 冬休み明け早々、俺は職員室に呼び出されていた。学校に着いた途端に担任から放課後になったら職員室に来るようにと呼び出しを食らい、周りの奴らがケタケタと笑う。そんな友人たちを嗜めつつも、呼び出される心当たりは特になかったので俺は困惑していた。



(……というか、宮子は休みか?)



 休み明けの登校初日だというのに、教室に宮子の姿はなかった。先生が言うには体調不良とのことらしいが俺には特に連絡が入っていない。念のためメッセージを送ってみたのだが一向に既読が付かないし、少し心配になってきた。



「なのに、職員室に呼び出しかよ」



 本来なら宮子のお見舞いに行きたいが、こんな時に呼び出しを食らってしまえば従わざるを得ない。というかそもそも、俺は宮子の家に遊びに行ったことがないのでお見舞いに行こうにも目的地が分からないのだが。



 そうして放課後になったら部活に行く友人たちと別れを告げ一人で職員室へと向かった。そうして廊下を歩いている間に想定される呼び出し理由について思考を巡らせてみる。


 進路に学業に部活に……あれ、案外どれも中途半端だし呼び出されても仕方がない? 自業自得とも言えなくもないが、それにしたって職員室にわざわざ呼び出すほどのことだろうか。しかも担任は少し強面の男の先生なので圧迫感があって嫌になってしまう。


 俺は緊張に包まれながら、職員室のドアをノックし中へと入る。そして担任が手招きしているのを見つけてそちらへと駆け寄った。するとご丁寧に椅子が用意されており、そちらへ座って少し待っているように言われる。


 何を言われるのかわからず心臓の鼓動が早くなり始めたころ、一瞬だけ席を外していた担任がタブレットを持って自身の椅子へと腰かけた。



「さて冨樫、お前を呼び出した理由だが……」


「はい(ごくり)」


「休み明け直前に、学校宛てにメールで桐谷のことを名指しした苦情が入った」


「……はい?」



 予想していた内容のどれとも違うことを言われ俺は困惑してしまった。だが担任は俺の困惑など知る由もなく話を続ける。



「なんでも桐谷がクラスの男子を誑かしているという内容だ。ご丁寧に、画像付きでな」



 そうして担任はタブレットの中身を俺にだけに見えるように表示した。そうしてその画面を覗き込んだ俺は……驚愕した。



「これ……って」


「まぁ、そう言うことだ」



 その画像には、キスをしている俺と宮子が写っていた。しかも一枚だけではない。写真は複数枚に渡っており、どれもこれも俺と宮子が密着していたりキスをしているものばかりだった。



(というか……この背景って)



 そして俺たちがキスをしている場所に注目する。その場所はどう見ても見覚えしかなく、学校以外のほとんどの時間を過ごしている場所。



「とりあえず、体裁的にはお前は被害者ということになってる。ただのいたずらメールならまだしも、このような画像まで添付されては学校として動かざるを得なかったからな」


「じゃ、じゃあ、今日宮子が来てないのは……」


「いや……大きな声では言えないが、実は登校してはいる。もっとも、別室に待機して生徒指導の教諭と経緯について話をしているところだがな」



 自分に関することなのに、俺は一体何が起きているのか理解できなかった。宮子が加害者で、俺が被害者? いや、いったい何をどうしたらそんな風に……



「それで、お前からも話を聞くことになっててな。まず、この画像は捏造ではないな?」


「ええ、間違いありません」



 俺は心を整理することができなかったため、とりあえず担任の質問に嘘偽りなく丁寧に答えることにした。クリスマスのことや、冬休みのことなど。そして、誓ってキス以上のやましい行為やまだしていないということも。



「先生、確認なんですけどこの学校では交際って……」


「ああ、別に交際そのものを禁止する校則はない。その点は安心してくれ」



 そう言われるものの俺は全く安心することができなかった。自分の恋人があらぬ疑いで加害者扱いされているのだ。宮子自身には自分の潔白を証明する手立てがない。だから被害者となっている俺が必死になって宮子の無罪を証明しなければならなかった。



「うん、とりあえず冨樫の言いたいことは分かった。桐谷と話している教諭とも確認をしなければならないが、それなら特に処分は何もない。安心してくれ」



 まだ仮とはいえ、担任のその言葉を聞いた俺は深く息を吐いて安心する。とりあえず宮子の潔癖は証明できたし明日から宮子は通常通りに登校してくるだろう。そこからはいつも通りに接してやればいいのだ。



(…………)



 そして安心したのも束の間、俺にはふつふつと怒りが湧きあがってきた。一体だれがこんな画像を添付したメールを? いや、あの場所であんなことができるのは一人しかいない。俺は職員室の一室で、拳を強く握りしめてその人物への怒りを何とか抑えていた。



「あー、冨樫。ここからは担任という立場に加えて男として話す。いいか、今お前は非常に危うい立場にある」


「えっと、どういうことですか?」



 これ以上悪いことがあるのかと内心イライラしてしまったが、担任の表情が真剣そのものだったので俺は何とか感情を抑えてその話を聞くことにする。



「今回の件について、実は桐谷の保護者にも連絡が行っている」


「……え?」


「お母さまの方は分からないが、お父様は相当ご立腹されてる。被害者としてならまだしも、加害者として連絡されたんだからな。ちなみに先日連絡をして、今日の放課後に桐谷と一緒に話をするということになっている。もうそろそろ向こうも終わるころだと思うんだが……」



 俺はその言葉を聞いて今すぐにでも頭を抱えたくなってしまった。何せまだ会ってもいない恋人の親を怒らせたのだ。しかもその責任の所在が不明だからこそ、より怒りをヒートアップさせる恐れがある。



(というか、娘がどこの馬の骨とも知れない男とキスをしてる画像をいきなり見せつけられるんだろ?)



 きっとショックを受けるはずだ。そしてそのショックに畳みかけるように自分の娘が加害者だと言われているのだ。一体どんな心境なのか想像することさえ恐ろしい。少なくとも、この時点で俺に対して良い印象は一切ないだろう。


 そんなことを考えていると、他の先生が担任の元へとやって来て何かを耳打ちする。すると担任は目を閉じ俺の方へ向き直り内容を伝える。



「どうやら桐谷の方もひと段落ついたそうだ。少なくとも、桐谷に関して何かの処分が科せられることはない」


「そ、そうですか」


「しかし、改めて今回の件を確認したいとのことだ。とりあえず、冨樫は指導室の方に向かってくれ。桐谷もそこにいる」


「はい、わかりました」



 俺はそう聞くと一目散に生徒指導室へと向かった。俺が最初にするべきことは宮子への謝罪だろう。担任が見せてくれた画像を見るに、どうやら今回の発端はうちの家族にあるらしい。だからこそ俺が代表して宮子……ひいては今回の関係者に謝罪して回らなければならない。


 どうしてこんな面倒な事態になってしまったのだろう。ただの悪戯にしては質が悪すぎるし、他の家庭を巻き込んだ時点で明らかに度を越している。いや、そもそもこれは誤って済むことなのだろうか。

 俺は様々な感情に悶々としながら駆け足で生徒指導室へと辿り着いた。とりあえず、細かいことを考えるのは後にしよう。



 そして、俺が指導室のドアをノックして中に入ると……



「失礼しま……」


「お前かぁぁぁ!?」



 知らない男の人がいきなり胸倉をつかみ、鬼気迫る表情で俺の顔を覗き込んでくる。その様子を見て男のことを宥める指導部の先生たち。中には、彼の腕を掴む宮子の姿もあった。どうやらこの男の人は宮子の父親らしい。


 大人たちの手によって、俺と宮子の父親はいったん引き剥がされる。



「落ち着いてください。冨樫くんも来たことですし、とりあえずまずはお話を……」


「ふざけるな! こっちは娘にあらぬ疑いを掛けられたんだぞ!」



 もしこの場に先生がいなかったら俺は殴られるどころでは済まなかったかもしれないと肝を冷やす。俺は一瞬だけ呆然とするも、すぐに切り替えた説明をしなければならないと思った。


 そして宮子の父親が落ち着くまで数分ほどかかり、ようやく話し合いが始まった。赤裸々な話を根掘り葉掘り聞かれるが、疑いを晴らすためにも正直に答えるしかないと担任に答えた時のようにもう一度俺は聞かれたことに真摯に答えた。

 宮子の父親は俺のことを睨みながら膝の上で何度も指をトントンと叩いていたが、次第にそのペースは落ちていった。



「つまり、今回の件は全くの出鱈目だったということで間違いないですか?」


「はい」



 生徒指導室の中で一番の権力を持っているであろう指導部長の先生に聞かれ、俺はまっすぐ顔を上げてそう言った。すると空気が少しだけ緩み、無事に宮子は無罪放免と言うことになる。


 だが、当然気になることがあるようだ。



「なら、学校に送られてきたあの苦情のメールは一体?」


「先生、それについてなんですが……」



 俺がそれについて言及しようとすると、大きな音を立てて宮子の父親が立ち上がり、宮子の腕を掴んだ。



「話が済んだのなら、これで失礼します。この件は最初からなかったことに、万全のフォローをしていただきたい」


「え、ええ。我々一同、惜しみなく生徒のフォローをしておりますので」


「……ふん」



 そうして父親に釣られれて半ば強引に生徒指導室を退出することになった宮子。



「あっ、ソーマ……」



 別れ際、何かを言いたげな宮子の表情が俺の脳裏へと深く刻まれた。

















 そして夕暮れ時、俺はいつも以上に急いで自宅へと帰宅した。急いでいた理由はもちろん、今回の犯人を問い詰めるためだ。


 俺は家の玄関を勢いよく明けて



「蒼空っ! どこにいる!」



 家の中に向かって思いっきり叫んだ。そうして靴を脱ぎ捨てリビングの方へ向かうと、蒼空はソファーの上でスマホをいじりながら転がっているのが目に入った。



「蒼空」


「あっ、兄さんお帰りぃ」



 俺が怒っている事など気にもせずに、なぜかご機嫌そうな蒼空。こいつの様子を見て確信した。あの写真を撮って、学校に苦情のメールを送ったのは蒼空なのだと。



「お前、何してくれてんだよ」


「何の話?」


「お前以外にいないだろ。学校に、あんなふざけたメールと写真を送れるやつは!」



 そうして俺は蒼空のスマホを取り上げた。蒼空からは悲鳴が上がるが、運がいいことにパスワードが解除された状態だったのでそのままメールを開き、送信フォルダに目を通す。すると、俺が学校で見たものと全く同じフォーマットと内容で、苦情のメールが送られた履歴が残されていた。



「お前、なんでこんなことをした」


「兄さん、何怒ってるの?」


「このふざけたメールを、どうして送ったんだと聞いてるんだ!」



 妹相手にこんなに怒鳴ったのは初めてかもしれない。そのせいか、蒼空は少しだけバツが悪そうに震え始めた。俺は蒼空のスマホをソファーの方へ投げ捨て、彼女の目を見て問い詰めようとする。


 だがその途端に、蒼空が笑った。



「だって、しょうがないじゃん。兄さんが彼女なんて作るのがいけないんだもん」


「……はあ?」


「あんなわけわかんない人より、私の方がいいに決まってんじゃん! どうしてそんな風に怒られないといけないわけ?」



 開き直ったうえに逆ギレだろうか、訳の分からないことをつらつらと喋りだす蒼空。その瞳は真っ暗で、蒼空のことを逃がさんとまっすぐに見つめていたはずの俺の瞳が逆に飲み込まれてしまうようだった。



「だって、私の方が兄さんに相応しいもん。ずっと一緒にいるし、私より兄さんのことを理解できる人もいないし。そうだよ、だからあんな痴女紛いの女は兄さんに相応しくない。兄さんこそ目を覚ましてよ。なんであんな雌豚に簡単に惑わされてるの? こんな近くに、兄さんのことを大好きな女の子がいるんだよ? 私の方が兄さんのことこんなに愛してるのに、どうしてあっちに行っちゃうの? 私が愛してるんだから、兄さんも同じくらい愛してくれないとダメじゃん。私は兄さんのことを淫れたクソ女から救ってあげただけ。むしろ感謝してよ。私のおかげで兄さんはあの女とすぐに別れることができたんだよ? それなのに怒るなんて、兄さんはどれだけ私に意地悪するの?」


「おっ、お前、本当に何言ってんの?」



 説教をするはずだったのに、蒼空はどんどん挙動不審になっていく。少なくとも、まともな会話ができていないことは確かだった。そして言葉の節々から嫌でも聞き返さなければいけない言葉がいくつかある。だが、そんなことより……



「なぁ、蒼空」


「なに兄さん?」


「今回の件で、俺は完全に頭にきた」



 今まで……正確にはこの17年間、俺はずっと我慢してきた。妹の意見ばかり優先されたり、率直に言ってこいつに色々なものを奪われてきた。そして今度は、大切な恋人が奪われようとしている。



「俺は一年後、家を出る」


「……え?」


「お前との縁を完全に切るし、今から一切俺に干渉してくれるな。俺はお前のことをずっと無視するし、お前のことを考えないようにする」


「ちょ、ちょっと兄さん!?」



 さすがにその提案は想定外だったのか、こんどは打って変わり慌て始める蒼空。するとちょうどいいタイミングで両親が仕事から帰ってきた。



(……マジで、許せない)



 俺は両親に、今日あったことをありのまま報告した。蒼空が学校にふざけたメールを送り、学校や他人の家庭に多大な迷惑をかけたこと。何よりも自己中心的な理由で一人の人間を追い詰めようとしたこと。


 これで蒼空のことを可愛がる両親も、一緒になって怒ってくれると思ったのだ。ずっと甘やかしてしまったからこそ、やってはいけないことをしてしまった際には怒らないといけない親の義務があるのだから。


 だが、俺は絶句する。



「それは、お前が蒼空のことを悲しませたのが原因じゃないのか?」


「ええ、もうしょうがないお兄ちゃんね」



「……は?」



 何を言われたのか、俺は理解するのに数秒かかった。しかも口を開けば、両親は俺に対する愚痴ばかりを言い始めた。



「だいたい、兄貴なら妹の我儘を黙って聞いてやるのが筋ってもんだろ。男が勝手に甘えてんじゃねぇ」


「そういえばこの前預かってるお金を下ろしてくれって言うから何かと思えば、彼女ができてたの。なら、今の内からお金を無駄遣いしないためにもうちょっと厳重に管理しないと」


「そもそも、進学とか何ふざけたこと言ってんだ。大学に行くのは蒼空だけで手いっぱいだ。お前は男なんだし、高校で就職しても食えんだろうが」


「あっ、ちなみに今日の夕飯は蒼空の大好きな……」





 もう、限界だった。



「ふざけてんじゃ、ねぇよぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!!!!!!」



 俺は叫んだ。この部屋だけじゃない、近所中に聞こえるくらいの声量で。父やギョッとし、母親はビクッとし、蒼空は先ほどから目を合わせない。

 だが、この家族のことはよーーーーく分かった。いや、ずっと前から気づかないふりをしていただけだ。この家庭は狂ってると。



「お前らのことはよくわかったよ! 最初から俺のことを家族として扱ってないのも、蒼空が犯罪紛いのことをしても怒らないのも!」



 そんなもの、家族とは言えない。いや、家族だと思いたくもない。だから、俺は……




「お前らとは、縁を切るっ!!!」



 俺は吐き捨てるようにそう言った。










——あとがき——

あともうちょっとだけ続きますが、次回で本編に戻りますので。


追伸:ちょっとコロナになって寝込んでました。回復したので執筆は再開します。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る