第51話 大学生の夏休み⑥
「おいどういうことだよ!?」
受付から急いでダッシュしてきた俺は先ほどの楽しい感情から一転、何が起きているのかわからずパニック状態になりかけながら綾瀬のもとへと走ってきた。
一方の綾瀬はアスレチックとやらに挑戦している宮子と朝比奈のことを少し離れた場所からベンチに座り見ていた。宮子はちょうど空中でブランコのように吊り下げられている木製の床(子供用のためかかなり低い)に足を伸ばしているところだった。なにあれ、ちょっと楽しそ……って、そうじゃなくて!
「おい綾瀬、今日のグランピングは日帰りじゃなかったのか?」
「うん、そうだよ」
「嘘つけ! さっき受付のお姉さんに『男女二名が宿泊するとのことだったのですが、お帰りになる方はできれば夕方頃にはチェックアウトを……』とか言ってたぞ!」
「いやだから、私は日帰りで帰るって」
「お前、意地悪な国語教師でも目指すつもりか?」
もしこんな奴が国語教師になったら、漢字の細かいハネや払いで大減点をしてきそうである。って、今はそんなくだらない想像をしている場合じゃない。
「それよりも、いったいどういうことだ? 男女二名ってことは、俺が泊まることになってるってことだろ」
「うん、そうだよ」
しれっと認めやがった。
「ほら、私言ったじゃん。この前のお礼でプレゼントを上げるって」
「それがこのグランピングと、さっきのバーベキューだろ?」
「私、そんなこと言ったっけ?」
どうやら乃愛の本命は俺がこのグランピング施設で宿泊することだったらしい。しかも受付のお姉さんによると、すでに宿泊分の差額が二名分先払いで支払われているらしい。今更キャンセルなどもできないらしく、決して安くない金額が乃愛から支払われていることになる。
「というか二名分、お前が泊まらないなら女子は誰が……」
「言わなくても、わかるよね?」
「……」
そういえば、今日は一名ほどやけにかさばった荷物を持ってきている奴がいた。今思えば、朝の集合に遅刻したのも慌てて宿泊の準備を整えていたからかもしれない。なんなら俺の荷物が少ないことを疑問に思っていたし。
「俺と宮子を、ここで一泊させようとしてるのか?」
「ふふふ、それが本命のプレゼントなのだよ!」
「お前、マジでさ……」
何がしたいの? 呆れてしまったためかそんな言葉を投げかけようとするも言葉が続かなかった。金銭的にかなりの負担になっていることもわかるが、どうしてわざわざそんな意味の分からないことを?
「とりあえず、二人はここに泊まって日々の疲れを癒してよ。うわぁ、私ってガンディーやテレサが土下座して崇めるくらいのことしてるんじゃないかな?」
「その二人を引き合いにするな。というか、本当に何がしたいのお前?」
「言ったじゃん、私は二人によりを戻してほしいんだ」
「……初耳なんだが?」
俺と宮子に、よりを戻してほしいだと?
喧嘩別れをしたわけでもなければ何なら今でもそこそこ仲の良い俺たち。だがとある事情があって付き合うことが叶わなくなってしまった。そんな俺たちに、よりを戻せだと?
「お前、いい加減にしろよ」
「あは、やっぱり桐谷さんが絡むと顔つきが変わるよねぇ」
「いいから質問に答えろよ」
「ん~……やだ」
結局綾瀬はニヤニヤ顔を変えることなくそれ以上のことを語ろうとはしなかった。この時点で俺もイライラしていたのだが、宮子や朝比奈の手前こいつに怒鳴り散らかすこともできなければ勝手に帰ることもできない。
「とにかく、桐谷さんは泊る気満々でいるから奏真はそれに付き合ってあげて。なんなら誰も見てないし、ヤっちゃえば?」
「余計なお世話だ。クッソ、今からでもキャンセルできねーかな?」
「無理って言ってたよ。お金は返ってこないって。あっ、ちなみにどれくらいの差額を払ったのか聞きたい?」
生々しい話を聞かされそうになるので遠慮しておくことにする。だが、どうやら俺が宮子と一緒にあの施設に泊まるのはどうやら確定してしまったようだ。乃愛曰く、寝巻やアメニティは無料で置かれているらしい。
「私と美月はあと数時間もすれば帰るから。あっ、帰り道と交通費は問題ないよね?」
「一応大丈夫だけどさ」
「ヨシ、なら問題なし」
そう言って乃愛は気分が変わったのか逃げるように朝比奈たちが遊んでいるアスレチックに飛び入りで参加しに行った。俺は一人で先ほどまで乃愛が座っていたベンチに腰を下ろす。さすがにこの心持でみんなの前に顔を出すのは避けたかったのでここで頭を一度冷やすことにした。
そして、先程乃愛が言ったことを再び考える。
「俺と宮子のよりを戻す……か」
あいつがどうしてそんな結論に行きついたのかは不明だが、それが叶うのなら是非やってみてほしいものだ。叶うことのなくなってしまった理想的な幻想に、ついつい思いを馳せてしまうがすぐに泡のようにはじけてしまう。
「大丈夫、ソーマ」
「っ!?」
宮子のことを考えていたら本人がいつの間にか隣に腰を下ろしていたので俺の心臓は飛び跳ねる。だがそれを顔にするのを何とか堪え、何とかこの感情を落ち着けるためにあえて宮子と話すことにした。
「そっちこそどうした? さっきまで朝比奈とアスレチックで遊んでたんだろ?」
「もう全部制覇した」
「野生児かよ」
どうやらこのアスレチックを制覇してしまって手持ち無沙汰になってしまったらしい。どうやら宮子にとってはかなり見かけ倒しのアスレチックだったらしい。こいつ、運動とかはそこそこなのに体幹とかは妙にあるからな。
「それよりどうしたの? なんかソワソワしてるし」
「気のせいだ」
「嘘」
「うおっ!?」
宮子は俺の顔を両手で掴み自分の顔に無理やり合わせて来た。どうやら俺が顔を逸らさないようにしたいらしい。
「何か、嫌なことがあったの?」
「その言葉、そのままお返しするよ」
「ソーマ、本当に心が乱されているときはそう言って会話を明後日の方向に持っていこうとする癖がある」
どうやら俺のことは何でもお見通しのようだ。ここはあえて、ちょっと話してみるか。
「どうやら俺とお前が二人きりで一泊することになっていたらしいんだけど、お前知ってた?」
「うん、綾瀬さんに言われてた」
「なんで了承したんだよ」
「……」
俺がそう言うと先ほどまで俺の頬を掴んでいた手を離し体を正して違う方向を見る宮子。どうやら俺には話したくない理由らしい。
(これで俺と泊りたかったからって言ってくれると可愛いんだろうけど)
だが、そんなことを言われても俺が宮子に手を出すわけにはいかない。一緒のベッドで昼寝したりしている時点で色々と怪しいが、これ以上のステップに進むわけにはいかないのだ。まぁそもそも、昔はともかく今の宮子が俺のことをどれくらい想ってくれているのかは計りかねるのだが。
「ソーマは嫌? 私と泊るの」
「嫌だと思うか?」
「……そう」
すると宮子は黙って俺の手を自身の手で重ねてくる。今日の宮子はいつもより随分と積極的だ。もしかしたら乃愛の影響が表れているのかもしれない。
そうして、宮子に続き朝比奈がアスレチックを制覇するまでの間、俺と宮子はそのまま一緒の時間を過ごすのだった。そうしてしばらくする頃にはあっという間に時間が過ぎ、乃愛と朝比奈は俺たちより一足早く帰宅することになる。
朝比奈は俺たちが残ることに驚いていたが乃愛が何かを耳打ちした後そのまま笑顔で黙って帰っていった。
「面白い話があったら、後で聞かせてね」
そうして乃愛も朝比奈に続き施設から離れる。どうやら乃愛は俺と宮子に今晩の間で何かが巻き起こって欲しいらしい。それを望む乃愛の心中は、一体どんなものなのだろう。
かくして、宮子と本当の意味で二人きりの夜が訪れた。
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