第28話 お誘い
「夏祭り?」
既に夏本番となった8月上旬。大学のテスト勉強を本格的に始め日々困憊している中で塾のアルバイトをしていた俺に、雲母はそんな話を切り出してきた。
「そーそ。明々後日にこの塾の近くにある神社で夏祭りするんだって。あ、センセはこっちが地元じゃないから知らなかった?」
「そうだな、初耳だ」
「あたしはあんま行かないから知らないけど、毎年盛り上がるんだって」
夏祭り。7月上旬から8月下旬にかけて行われる日本の祭りで、確か本来は害虫や自然災害、疫病から人々を守るために行われるものだったらしい。時期や場所によっては縁日と呼ぶほうが正しいこともあるそうだ。
もちろん俺も言ったことがあるが、確か高校二年のときに宮子と行ったきりだな。人ごみにわざわざ飛び込むことが億劫になりいつしか足を向かわせることが無くなっていた。
「センセはどうするの? 多分、センセの忙しい時期とはかぶってないと思うけど?」
「そうだな……」
大学で俺のテスト期間が始まるのは来週の半ばから。すでに前期の総復習を始めており、レポートや授業内課題なども遅れず提出しているためそこまで切羽詰まっているわけではない。だが奨学金をもらうには大学で上位50%以上の成績を維持しなければいけないため、侮れないのも事実だ。
そして夏祭りがあるのは今週末。最初のテストがある三日前だ。確かに用事といっても大学の授業とテスト勉強があるくらいだし参加する余地はあるだろう。だが
「多分行かないな」
「えっ、なんで!?」
「いや、絶対混んでるであろう所にわざわざ行くのは面倒くさいだろ」
高校時代はアウトドア派だった俺だが、大学生となって少し落ち着きを覚えてからはすっかりインドア派なのだ。この前はデートと言うことで綾瀬と遊園地に言ったりしたが、普段なら絶対にそんな場所には近寄らない。それと同義で、夏祭りも似たようなものだ。
「えー、せっかくセンセ誘って夏祭りに行こうと思ってたのにぃ!」
「テレビで見る分にはともかく、実際に参加するのは気疲れの次元が違いそうだしな。イマドキは花火だってネットで配信してるし」
「センセ、そういう現代っ子みたいな考え方はいくないと思う」
ようはテレビの録画と同じなのだ。花火だってあとで見ることはできるし、屋台に売っている商品もあとから探して買うことができるし、場合によっては自分で作ることができる。金魚すくいだって、ペットショップに行けば無限に金魚が手に入るし。
「論理的かもしれないけど、いいの? センセが学生でいられるのは残りもう数年だよ? 大人たちが羨ましくて仕方のない貴重な時間だよ? それを贅沢に使おうとは思わないわけ?」
「雲母、なんか今日しつこいな」
「……むーっ!」
俺がそう言うとすっかり拗ねた様子で器用にペン回しを始める雲母。左手から右手にペンを移動させたり、曲芸と言っていいくらいペン回しのレベル高いなこいつ。もしかしてこれが学校の授業内容がつまらなさすぎて暇を持て余した天才の行きつく姿か?
「もしかして、俺を誘って夏祭りに行きたいのか?」
「まぁ、そんな感じかな?」
「いやいや、学校の友達とか誘えよ」
「誘おうと思ったけど……」
「けど?」
「……」
雲母は今日の学校での会話を思い出す。
『ねぇ雲母、あんたは夏祭り行くの?』
『どーしよーかなー』
『私たち、女子四人で夏祭り行くことになったんだけど、雲母も一緒に行く?』
そういわれて雲母は一瞬迷ったが、その日は予定が特に入っていなかったので普通に承諾して友達と一緒に参加しようとした。実はなんやかんやで雲母は夏祭りを毎年楽しみにしている。友達と過ごしたり、場合によっては一人で露店を回ったりと、根っからのアウトドア派なのだ。それに仲の良い友達からのせっかくの誘いを断る理由もない。
だが、そこで余計な横やりが入る。
『いや、雲母は行けないでしょ。塾の先生と一緒に行くだろうし』
『……へ?』
『あっ、そういやそうだった! ごめん雲母、今の忘れて』
『そうだよね、雲母ちゃんには私たちと違って男の人がいたもんね』
そう言って雲母はグループから自然な流れで外されてしまった。しかも、事態はそれだけでは収まらない。
『あっ、せっかくだから今度その先生とどういう風に夏祭りを回ったのか教えてね』
『うわ、何それめっちゃ気になる!』
『雲母、頼んだよ』
そう言って、雲母のことを誘ってきた女子たちはなぜか溜息をつきながら席に戻っていった。そしてその一連の流れをみていた楓は……
『あはは……大変だね、雲母ちゃん』
そう言って苦笑した。
(というか楓っちも用事があるとか、マジでセンセを誘うしかなくなったじゃん)
あんな風に言われてしまえば、今更自分をグループに入れてくれと言い出しにくいのでこんな行動を取るに至ったのだ。一人で夏祭りを巡ってもいいが万が一学校の友達に見つかると気まずくなるので誰かしらを誘いたい。楓を誘おうと思ったが用事があると断られてしまったので、頼れるのはとうの奏真本人しかいないのだ。
「なんだよ、そういうことなら素直に最初からそう言えよ」
「え……」
俺がそういう風に答えると、雲母は目を見開いて素直に驚いていた。まさか素直に俺が首を縦に振るとは思わなかったのだろう。少し呆けた顔をしているので、それを正す意味でもちゃんと理由を説明する。
「ほら、雲母にはこの前綾瀬との遊園地デートでめちゃくちゃ世話になっただろ? だからそのお返しに、祭りで何か奢ってやるよ」
「えっと……ホントにいいの?」
「いや、いいって言ってるだろ。ったく、余計な言い回しを挟みやがって」
確かに人混みの中に行きたくないのは事実だが、雲母が一緒に行きたいというのなら話は別だ。こいつのは本当にお世話になったし、こういうところでちゃんとお返しをしておかないと年上として示しがつかないのだ。だからこそその誘いを了承したのだが……
「もっ、もう、行きたいなら最初から素直にそう言ってよ~このこのッ!」
そう言ってペンで俺の腕をつついたかと思えば明後日の方向へ顔を逸らしてしまった。心なしか、肩が少しプルプルと震えているような気がする。よっぽど夏祭りに行くのが楽しみなのだろう。それとも俺を誘うのに緊張していたのだろうか?
(ま、なんであれ俺も祭りに行くのは久しぶりだな)
宮子はおそらく行くのを面倒くさがるだろうし、行くとしても俺以外の友達と行くだろう。恐らくだが、それは綾瀬も同じだ。だからこそ気兼ねなく雲母の誘いを受けることができるのだ。
(いや、万が一綾瀬が俺に連絡を入れて来た場合のことも想定しておかないとな)
もしかしたら綾瀬が俺のことを夏祭りに誘い、無理やりデートをしようとする可能性もあるかもしれない。さすがに先約である雲母のことを優先するが、言い訳などはきちんと考えなければならないだろう。
(その時は、朝比奈あたりにお願いするか)
綾瀬の友達である朝比奈なら、お願いすれば何かと行動を起こしてくれるかもしれない。その時は申し訳ないが頼りにさせてもらおう。さすがに俺も直接綾瀬の誘いを断るのは怖いので、こういうときは他人を巻き込むに限る。きっと朝比奈がヘイトを分散して受けてくれるだろう。
……こういう思考をしてしまうから親しい人たちからクズと呼ばれるのだろうか?
——キーンコーンカーンコーン……
俺がそんなことを考えていると同時に塾のチャイムが鳴り授業時間の終了を知らせる。塾を出る人や逆に入ってくる人たちがざわざわと騒ぎ始めるなか、雲母も立ち上がって身支度をしながら。
「じゃっ、決まりね! 楽しみにしてるから!」
そう言って雲母はとびきりの笑顔で俺にそう言うのだった。その後、笑みを浮かべ鼻歌を響かせながら夜道を歩く金髪女子高生の姿が目撃されたとかなんとか。
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